春も終わりの星月夜。  
出雲崎のある廃寺では珍しい、というより腐っても鯛、朽ちても寺ならば有り得ない客人を迎えていた。  
真っ白な異国の婚礼衣裳をまとった小柄な娘と、全身痣だらけの大柄な男である。  
二人は灯りも点さず、どこからか逃れてきたようないかにも訳有な様子に見えたが、さりとてこれから心中するという雰囲気でもなかった。  
その日は新月、室内を照らすは朽ちた屋根からのぞく星の光ばかりであったが、娘のまとう白い婚礼衣装はその淡くてたくさんの光を集めて凝縮したかのように、闇から浮かび上がっていた。  
 
娘は男の足を組んだ上にふわりと腰を下ろすと、男に寄りかかった。さきほど傷薬を塗ったから、男は諸肌状態である。傷薬と男の匂いが娘の鼻をくすぐった。  
「私が乗ったら痛いですか、弥兵衛さん」  
「ちっとも。倫さ…、倫は軽いから」  
「それなら良かったです…でも、どうして弥兵衛さんばかり酷い目に遭わなくちゃいけないんでしょうか」  
倫は弥兵衛の体をそっとなでた。  
現在の出雲崎を支配している柳組が立場的には弥兵衛と敵対する佐幕派ということは知っていたが、愛する人をこんなに痛めつけるような輩は主張が何であれ許せることではなかった。  
「こんなに痛めつけるなんて、柳組は本当に酷い人たちです」  
「酷い人間ばかりというわけでもない。相談に乗ってくれた男もいた」  
「そ、相談って何をしたんですか」  
倫が驚いて顔を上げると、微笑む弥兵衛と目が合い、そのまま口を吸われた。  
それは一回だけでは終わらず、角度を変えて何回も吸われ、やがて深く深く口内に割って入ってきた。  
口内を優しくくまなく他人の舌がまさぐられると、体が内側からぞわぞわと揺さぶられるようで、庵から「常に冷静であれ」と言われて育ってきた倫は、冷静とは正反対に位置するその初めての感覚に困惑する。  
しかし、困惑するのはそのことだけではなかった。  
(馴れている?)  
 
正直言って、弥兵衛が他の女を知っているとは思っていなかった。  
倫とて経験はないが、門前の小僧ならぬ島原の小娘と言うべきか、恋仲の男と女が何をするのかという知識はそれなりに耳に入っていた。  
もちろんそれは、弥兵衛を好きになるまでは馬の耳に念仏ごとき代物ではあったけれど。  
だから、(経験もないのに)自分がどうにかしなくてはならないのだろうと思っていた…ものの、それは何とも恥ずかしいものがあるので、とりあえず弥兵衛の上に座ってもたれかかってみたわけだが…。  
本当はこういう場面で聞くようなことではないだろう。  
しかし、倫はよく辰巳や咲彦にも指摘されることだが、疑問に思ったら自分が納得できるまで突っ込んでしまう性質だった。  
あるいは、無意識に冷静であろうとしたのかもしれない。  
「弥兵衛さんはその…女の人を抱いたことがあるのですか」  
唇が離れた隙に、倫は弥兵衛に尋ねる。弥兵衛は流石に少し困った顔をしたが、  
「新選組にいたときに何回か…島原で…」  
と答えた。弥兵衛も弥兵衛で馬鹿正直に答えなくてもよさそうなものだが、良くも悪くもそういう男であった。  
「島原…」  
島原では新選組の隊士をよく見かけた。  
毎日、と言ってもいいかもしれない。  
弥兵衛は決して断らない男だから、「島原へ行こうぜ」と言われれば行き、「女を抱こうぜ」と言われれば抱き、「口を吸うて」と乞われれば吸い(以下、省略)。  
倫は弥兵衛に抱かれた、見知らぬ女郎を思い浮かべて眉をひそめた。  
 
「もう駄目ですからね」  
「え」  
「弥兵衛さんには妻がいるんですから、誰に誘われてももう島原へ行っては駄目ですからね」  
「それでは花柳館にも行けなくなってしまう」  
「花柳館はいいんです。島原へ行ったら、花柳館以外の場所へ行っては駄目ということです」  
弥兵衛は可愛い嫉妬に顔をほころばせると、耳元で「分かった」と囁いた。  
耳をくすぐる息に倫は息をのんだが、声を上げるのはどうにかこらえた。  
しかし、さらに耳の中を舐められ、耳朶をかまれては我慢もきかなかった。  
「んんっ」  
それから、首筋を吸うように舐められた。  
自分の口から零れ落ちていた唾液を舐め取ってくれているのだ…と、しぶとく保たさせている理性で倫は考える。  
けれどそれを笑うように、体の中のぞわぞわとした感覚が熱を帯びてきて抑えきれないほどだ。  
咄嗟に手で口元をぬぐったら、その手を弥兵衛がつかみ、自身の口元へ持っていってしまった。  
そうして自分の唇で、倫の手を丁寧に拭う。  
その瞬間、手から体の内部へ突き抜けるような快感が伝わった。  
 
「あぁ…」  
倫は大きく息を吐いた。  
と、また口を吸われる。内部を舌がなぞる。  
その感触にくらくらしていると、着ている婚礼衣装を弥兵衛が脱がし始めた。  
「あ、あの、脱がし方は…」  
「才谷さんが教えてくれた」  
才谷さんはいつの間にそんなことまで教えていたのだろう。  
倫の頬がかぁーと熱くなる。  
暗い室内なのに弥兵衛はあまり戸惑う様子もなく(慣れているかのように?)、レースとレースの触れ合う澄んだ音を立てながら、倫の体から婚礼衣装が取り去っていく。  
倫は弥兵衛の作業の邪魔にならぬよう、しかし出来る限り体を曲げて隠す。  
弥兵衛は片手に倫を抱いて座ったまま、少し離れた場所に衣装を置いた。  
それから倫の腰巻を解き、倫はとうとう生まれたままの姿となった。  
 
「衣装と同じくらい肌が白いのだな」  
倫は返事が出来ず、弥兵衛の胸に顔を埋める。  
弥兵衛は倫の頭を優しくなでると、倫の胸に触れた…が、何か考えるようにその手が止まった。  
「触ってしまっても良いのだろうか」  
「どうして」  
散々口を弄っておいて、触ってしまっても何もないものであるが、  
「俺が触れたら何だか壊してしまいそうで」  
「壊れませんよ」  
緊張していた倫はそれを聞いて少しほぐれた気がした。なんて弥兵衛さんは可愛いの。  
「それに弥兵衛さんは旦那様なんだから、私のどこを触ってもいいんです」  
倫は弥兵衛の手を取ると、自分の胸の上へと導いた。  
胸がすっぽりと包みこんでしまう大きな手のひらだ。  
熱くて、弥兵衛も自分と同じように興奮しているのかと思うと、とても嬉しかった。  
 
「柔らかいな。羽二重餅のようだ。いや、饅頭だな」  
弥兵衛は堪能するように、ゆっくりと胸をもみしだす。  
きめ細かくすべらかな肌だ。先端はもっと艶々としている。  
揉めばやすやす形が変わるのに、放せば張りがある肉は微かに揺れながらすぐ元の形に戻る。弥兵衛は感心した。  
思い出してみれば以前も女の胸に触ったことがある筈なのに、ひどく新鮮な気がする。  
じれったいとさえ感じるその動きは、倫の冷静さをやわやわと溶かしていく。  
 
やがて尖ってきた先端をこりこりと指の腹でいじられ、つままれ、倫は大きく体を逸らしながら喘いだ。吐息が弥兵衛の胸にあたる。  
体がずり落ちそうになったので、弥兵衛は慌てて倫の腰に手をまわして自分の方に引き寄せた。  
(ん?)  
腰をもった親指に濡れた感触が残っていた。  
親指をずらし、濡れた場所を触る。繁みの奥から熱くてねっとりした水がじんわりと出ていた。  
「―――んっ!あぁ」  
倫の体がびくりと動く。息が荒くなっている。今度は他の指もそこに触れてみた。熱い。  
胸にしたように、ゆっくりとそこを襞にそってなぞる。襞はびくびくと動いて、指をしとどに濡らした。  
水の出る繁みの奥に親指を入れると、きゅっとしまる。それを何度か繰り返すうちに、  
「あぁぁぁ」  
倫の体から力が抜けた。弥兵衛はそんな倫を抱き上げると、自分が脱いだ着物の上に仰向けに寝かせた。  
 
自分の上に座らせるのはそろそろ限界だった。もう一人の自分が自己主張をし始めている。  
倫は小さいから(弥兵衛がやたらでかいというのもあるが)、着物からそれほどはみ出ない。  
廃寺だけあって床板の状態はところどころささくれ立っているが、これなら何とか平気そうだ。  
「弥兵衛さぁん…」  
倫が聞いたこともない、蕩けたような声を出した。  
明かりがつけられないという状況は、かえって良かったかもしれない。  
もし顔がはっきりと見えていたら、どうしようもなく暴走してしまった気がする。  
 
体の両側に手をつき、慎重に上に覆いかぶさると、倫の小さな手のひらが弥兵衛の両頬に触れ、彼の顔を引き寄せ、口を吸った。  
ぎこちないが、気持ちいい。倫の行為が終わると、彼も同じように口を吸う。ひとしきりそれが終わると、  
「大好き」  
と倫の小さな声。  
「俺もだ」  
と弥兵衛は答えると、今度は上下に大きく動く倫の胸を吸った。  
むしゃぶりついた、という方が正確かもしれない。もちろん痛くないように加減しながらだが、唇と舌で味わう胸は手とはまた違った味わいがあった。  
膨れた先端を舌先で転がすと、倫は「ぁあっ」と声を上げ、彼の下で柔らかな腰がくねくねと動いた。  
熱っぽい倫の指が彼の髪に絡みつく。今すぐにも倫の中に入れてしまいたい衝動に駆られるが、彼は堪えた。  
なるべく痛い思いはさせたくなかった。それに、まだし足りないことがある。  
 
弥兵衛は体を起こすと、倫の体の両脇を両手の平で足へ向かってゆっくりとなぞった。  
女というには肉付きがまだ成熟しきれていないし、並みの男以上に鍛えていることが分かる体だが、それでも女性しかもち得ない滑らかな曲線を手のひらに感じる。  
手のひらが足の付け根に到着すると、手のひらを内側に移動させた。  
閉じようとする倫の足を優しく押さえつけると、体を伏せ、先ほど水が流れ出していた場所に口をつけた。  
水と一緒に女の匂いが溢れ出していた。倫の体が強張る。  
 
「だ、だめ、そんなところ」  
「どうして」  
倫は答えられなかった。弥兵衛の息が触れただけで、そこから水が零れ落ちるのを感じたからだ。  
我ながらなんと淫らな体なのだろう。とても恥ずかしい。  
足をどうにかして閉じたいのに、弥兵衛の手が内腿を押さえているから閉じることも出来ない。  
「自分の体のどこを触ってもいいと言ったのは倫、君だ」  
弥兵衛はそう言うと、思いっきりそこを吸った。  
「は、あぁぁぁん」  
 
先程の指と同様、舌を入れると倫の蜜壷の入り口はきゅっと締まる。  
いやいやをするように腿を閉じようとする。それを押さえつけるようにさらに吸い、なめる。  
水は後から後から溢れ出してきた。これだけ潤えば大丈夫かもしれない。というより、もう彼自身も限界も限界だった。  
下帯をもどかしくはぎとり、反って先走りしつつある先端を繁みの先につけた。  
粘り気のある水同士が触れ合い、ぐちゃぐちゃとあからさまに淫らな音を立てる。  
その刺激に甘い声を出した倫だったが、弥兵衛の体勢を見て、これから何が起こるのかを悟ってぎゅっとしがみつく。  
 
「耐えられなければ言ってくれ。無理はさせたくない」  
「へ、平気です。私はあなたの妻ですもの」  
震える声で倫が健気に答える。弥兵衛はその頭をなでると、出来る限りゆっくりと進入していく。  
というより、狭い上に四方から柔らかな肉襞が彼を強く包み込むから、中々奥へ進まない。  
「んんっ…んぅっ」  
痛いのか、背中にしがみつく倫の手に力がこもる。  
可哀想に思ったけれど、喘ぎ声としがみつく手は彼を追い詰め、そして四方から彼を特に激しく包みこむ柔らかくて熱い肉襞に煽られ、  
「すまない、もう…」  
最後は焦れるように中へ進めてしまった。  
「あぁぁあっ」  
倫が悲鳴のような声を上げた。弥兵衛も息を吐く。  
好きな女の、倫の中に入るということがここまで安らぐ、気持ちいいことだとは思わなかった。  
もっともっと倫を感じたい。だが、彼女はどうなのだろう。  
浅く荒い呼吸を胸伝いに感じている。少し体を起こして、頬に触れた。涙で濡れていた。  
「痛むか」  
そう問うと、倫は弥兵衛の手の上に自分の手を重ね、握り締めた。  
「でも、幸せ、です」  
 
本当に、心からそう思っていた。  
体の中が大きなもので圧迫されている苦しさや痛みが辛くないわけではなかったが、それと同じぐらいの喜びが倫の中に湧き上がっていた。  
「さようなら」と他人の口を通して別れの言葉を告げられ、京に戻っても会いに来てもくれず、一人見知らぬ敵地へ行ってしまった弥兵衛が今、自分の中にいる。  
熱い体が自分をすっぽり抱きしめてくれている。  
この痛みは弥兵衛が傍にいるという証なのだ。ならば、もっともっと私の中に刻みつけてほしい。  
倫は弥兵衛の足に自分の足を絡ませ、その名前を呼び、ねだる。  
それが合図となり、弥兵衛は腰を動かし始めた。  
引き出しては入れて、引き出しては入れて。次第にその動きは早くなり、ぐちゅぐちゅという卑猥な水音と互いの呼吸、喘ぎ声が廃寺に響いた。  
太腿や下腹までもぬらす生暖かいぬるぬるとした水の感触に内心赤面しつつも、快感と痛みがない混ざったどうしようもない感覚に突き動かされ、倫はあられもなく声を上げる。  
もはや理性も冷静さも彼女の中から消え失せ、ただただ弥兵衛との快楽だけを求め、感じる。  
弥兵衛の動きが一瞬止まり、  
「倫」  
と苦しげに名前を呼ぶ。その直後、倫は体内にはじける熱さを感じた。  
「――あぁぁぁ」  
誰も触れたことのない場所が、好きな人の熱さと欲情に染まっていく。  
内部では弥兵衛のものが激しく脈打っている。  
弥兵衛の汗ばんだ体を抱きしめながら、倫はうっとりとその感覚に浸ったのだった。  
 
 
事が終わった後、弥兵衛に髪や背中、濡れている場所をなでられることはとても気持ちよかった。  
何しろ余韻の残る体は感じやすくて、濡れた場所を懐紙で拭かれたらあんまり気持ちよくて、そうしたらまた舐めてくれて、もう一度拭かなくてはならないことになってしまったくらいだった。  
 
京から最低限の休みだけ入れて出雲崎まで来て、休む間もなく今度は弥兵衛と逃避行、そして廃寺で交わって…という展開は、鍛えているにも程がある強行軍で、  
疲れきっている倫はその幸せを感じながらそのまま眠りに落ちてしまいそうになるが、眠る前に絶対言っておかなくてはならないことがあった。  
(目覚めた時はきっとこの廃寺は囲まれていて、話なんて何にも出来ないだろうから)  
もう逃げられないことは分かっていた。  
そもそも、二人とも逃げられる可能性が少しでもあるのならば、廃寺でこのような一夜を過ごしはしない。  
だが、この土地の地理に詳しい男達が集団で山狩りをしており、彼らは少なくとも弥兵衛は逃がすつもりも生かすつもりもなく、  
そして弥兵衛も倫もこの土地に不慣れで、加えて今夜は新月なので夜目も効かない。  
逃げられるわけがなかった。  
倫一人ならばあるいは逃げられるかもしれないが、弥兵衛を置いて逃げるという選択肢など考える価値もないことだった。  
(でも)  
 
「弥兵衛さん」  
弥兵衛に寄り添うように横になっていた倫は、体をくっつけたまま少し上半身を起こし、弥兵衛の顔を見つめた。  
「どうした、倫」  
「最期まで一緒ですからね」  
「倫…」  
「約束して下さい、もう一人だけでどこかへ行ったりしないって」  
弥兵衛の目と空で合う。なんて優しくて…悲しそうな目をしているのだろう。  
「置いていかれるのは嫌なんです。だから」  
約束をして下さい、という言葉が言葉になる前に、弥兵衛の体が上にのしかかり、そのまま口を吸われた。  
まるでその言葉を恐れるかのように、何か言おうとする度に口を塞がれる。  
その愛撫は執拗で優しくて気持ちよくて、同時に明確な拒絶だった。  
「どうして約束してくれないのですか」  
弥兵衛の頭を優しく抱きかかえながら涙混じりに詰ると、首筋を強く吸われた。弥兵衛は唇を離すとそのまま、  
「…分かった」  
と答えた。観念したかのようなその返事に倫はようやくほっとし、腕を伸ばすと弥兵衛を引き寄せ自分から口を吸った。  
今日で終わる命だとしても、最期までこの男と一緒にいられるということが倫は嬉しかった。  
 
弥兵衛は倫が完全に寝入ったことを確認すると、起こさぬようゆっくりと体を起こし、倫をそっと抱きかかえた。  
それからゆっくりと立ち上がると、自分がさきほど脱がした婚礼衣装の上に静かに寝かせた。  
これら一連の行動はかなり気を遣うものだった。目を覚まされたら彼の計画が全て破綻する。  
しかし、倫はよほど疲れきっているのだろう、「ううん…」と寝息を立ててヒヤリとさせられたことはあったものの、目を開けることはなかった。  
それから、物音を立てぬよう自分の身支度を整える。  
情事の名残か何となく上着が湿っぽいような気がしたが、構わなかった。  
むしろ、あと数刻も発たぬ内に切り裂かれ、血で染まるであろう衣に最後にいい思い出を作ってやったような気がしないでもない。  
 
支度が終わると、弥兵衛は寝ている倫の傍らに跪く。  
白い婚礼衣装の上で何もまとわず、体をややくねらすように仰向けに寝ている倫の姿は艶やかで、それでいて蓮の上でまどろむ観音のように清らかにも見えた。  
この観音は弥兵衛を「人間」にしてくれたばかりでなく、弥兵衛のことを好きだと言い、「旦那様」とまで呼んでくれた。  
自分は何と果報者なのだろうと思う。  
なのに、かくも愛しい妻との約束を反故にし、置いていかなければならない。  
これは本当に身が切り裂かれるように辛いことだった。  
 
(だが、俺は他の男に君を斬らせたくないし、君の体から血が流れているのを他の男に見せたくもない)  
倫の中で果て、それからゆっくりと腰を引いたとき、彼自身のものと一緒に朱が流れ出し、倫の白い肌を汚した。  
それは倫の体に彼を刻んだという証であり、倫の夫である弥兵衛の特権であった。  
心中も考えたが遺体はひんむかれて検分される恐れがあるし、廃寺に火をつけて燃やそうとしてもそれなりに大きな寺だ、火が回る前に柳組に気付かれてしまうだろう。  
だから、自分が囮になり、廃寺から出来る限り離れて倫を逃がすのだ。  
 
(でも、倫。これっきりという訳ではないのだから)  
弥兵衛は心の中で倫に切々と語りかける。  
(最初に会ったとき、君は俺を探し、見つけてくれた。だから、次の生では俺が必ず君を探し、見つけてみせる)  
倫の胸元に散らばる花びらの跡を見つめる。彼女の存在は自分の心に、魂に深く刻み込まれた。  
だから、きっと分かる。容姿は変わっても、時代は変わっても、きっと彼女を見つけられる。  
(その時は君をこんなに悲しませることのない男でありたいものだ)  
 
その想いが伝わっているのかどうか、倫の口元に優しい微笑が浮かぶ。  
弥兵衛は目を細めながら、それでも網膜に焼き付けるかのように倫を見つめていたが、やがて彼女の衣類をとると、そっと上にかけて体を覆う。  
それから刀を掴むと立ち上がり、腰に大小刀を差すと足音を立てずにまっすぐ扉へ向かった。  
入り口にたどり着き、朝まだきの暗い外に出ると倫の様子をそっと伺う。  
倫が変わらず眠っていることを確認すると、弥兵衛は淡い微笑みを浮かべ、扉にかけた手に力を込めた。  
扉はゆっくりと閉じられ、彼の視界から彼女を隠していく。  
「愛している」  
その声は扉の閉まる音に紛れて消えた。  
 
かくして、扉は閉められた。  
弥兵衛は石段を駆け下りると、山狩りをする男達の声が聞こえる方向へと走り出したのだった。  
 

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