寝覚めの気分は最悪だった。  
 闇に深く沈んでいた意識が浮上し、五感が戻ってくるに伴い、今自分をとりまく環境を伝える様々な情報が頭に届いてくる。  
 背中には砂利の感触。全身に等しく纏わりつく、重力の感覚。  
 どこに流れ着いたのか、俺は陸に仰向けに寝ている。…体の節々には痛みを感じる。全身がところどころ痛いが、後頭部が特に酷い。ずきずきと、鼓動にあわせて頭骨の内側から鈍く響いてくる。どうやら流されるうちに派手にぶつけたらしい。  
 体についた水気がまだ飛んでいないことから、陸に上がってからあまり時間は経っていないようだが…。  
「―――ビュウさんっ!…ビュウさんッ!!」  
 徐々にはっきりしてくる意識で、遠く、自分の名前を呼ぶ声を認める。声の主の気配はすぐ傍に感じる。…酷い矛盾だ、と他人事みたいに呆れながら、俺は右手を上げてみる。  
「ビ…っ!」  
 ゆっくりと目を開ければ、空から注ぐ陽光を遮り、俺を覗き込む人影。フレデリカが目に涙を溜め、それでも俺に意識が戻ったのを喜ぶような笑みを浮かべた、泣き笑いの表情で俺を呼ぶ。  
 意識が途切れる直前、急流に流されながら、彼女に追いつき何とか抱き込んだのを覚えている。その後、彼女を庇う内どうも岩肌か何かにぶち当たったらしく、前後不覚なのが何とも情けない。幸いにして、彼女が俺を介抱する程度には健常であることが救いだ。  
「ビュウさん…?」  
 …彼女に頭突きをしないよう、右手で制しながら半身を起こす。  
 辺りを見回す。俺たちが今いるのは見覚えのない川辺―――というには、あまりに狭い陸地。サラマンダーを三体も入れれば満席になる広さだ。  
 正面には穏やかにせせらぎを刻む川、背後には木々が生い茂る崖。流れが速い川の外周部の丁度死角になり、川底の大小の石が削り取られることによる水位の低下に伴い発生した天然急造の地面は、砂利とごろごろとした石ころが埋め尽くす。  
 地形の性質が随分変わっている。結構、流されてしまったようだ。  
「………ビ…っ」  
 空を見上げ、太陽の位置を確認する。…やはり、それほど長い時間は経っていない。  
 マハールはそれほど国土が広いラグーンではない。あまり長いこと流されていると、年に何十人か出るという、ラグーンから落下した行方不明者に仲間入りする羽目になる。こうして川縁に引っかかったこと自体が、結構な幸運であるといえる。  
 俺に抱えられたフレデリカが、俺を引きずりながらここまで漕ぎ着けられるとも思えないし―――あ。  
 
「………いつまで泣いてる」  
 俺は内心で、長年磨いた自分の生存技能の空気の読めなさを嘆きながら、脇で嗚咽を漏らすフレデリカに漸く初めて声をかける。  
 泣いている女子にかけるモノとしては、我ながら気の利かない台詞だ。  
「だっ…ビュウさん…わ……で…!ごめ……ざいっ…!」  
 俺が覚醒一番、彼女を放置して現状把握に突っ走ったせい、なのは最早疑う余地はない。  
 無言の俺が、川に落ちたフレデリカに腹を立てて気を悪くしたと勘違いしたか、或いは打ち所悪くて俺の身体機能に何らかの障害が出たものと思ったのか。いずれにせよ、俺の態度が彼女の不安を、覚醒前より更に煽る結果となった。  
「…すまない。気にしなくていい、あれは俺の落ち度だ」  
 騎士、失格だ。  
 俺は自戒しつつ、フレデリカの頭を撫でて彼女の手落ちを否定する。が、彼女は俺の手を振り払うようにぶんぶんと頭を横に振り、自分の非を譲らない。  
 …そうだ。そういえば、この子はこういう子だった。一度自分に落ち度があると思ったら、頑として他者にそれを譲らない。彼女の強さであり、欠点でもある。  
 そういう部分を受け入れた上で、今彼女が最も望む言葉は。  
「―――っ?!」  
 俺は、泣きじゃくるフレデリカの半身を抱き寄せ、懐に収める。そうして、不安に支配される彼女にその一言が届くように。  
「――――――有難う。俺は何ともない。だから、フレデリカが泣くことなんて、ない」  
 彼女が俺のものと認めない罪に対する謝罪でなく、俺を心配してくれたことに対する感謝を、強く囁く。  
 全く下手糞なやり方だが、俺に出来る精一杯の気持ちの表現だ。一杯に抱き寄せたのでフレデリカの表情は見えないが、嗚咽が聞こえなくなったことが、俺に彼女の安心を伝えてくれた。  
「落ち着いたみたいだな」  
「………………はいっ」  
 今度は、ぽんぽん、と軽くはたく様に、またフレデリカの頭頂部を撫でてやり、ゆっくりと体から離す。  
 俺を見上げる彼女は驚いているとも喜んでいるとも取れる複雑な表情で、目をぱちくりさせている。その頬は僅かに紅潮しているようだった。…まぁ、あれだけ泣きじゃくれば顔も赤くなる。  
 
「俺の剣は?」  
「あ、はい。…そこに」  
 腰を探れば、さっきまで身に着けていたはずのものがない。  
 フレデリカに問えば、彼女は座った俺の丁度真後ろに横たわる流木を指差す。そこに、俺のフレイムタンが鞘に納まって立てかけられていた。  
「もう一本は、流されてしまったみたいで…ここに着いたときには、もう」  
「いや、いい。こっちがあれば十分だ」  
 俺は体の調子を確かめがてら立ち上がり、剣をとる。よし、体も剣も、とりあえず問題なさそうだ。  
「ビュウさん?」  
「暖をとる。体が冷えたままだと健康に障る」  
 不思議そうに見上げるフレデリカにそれだけ告げ、俺は右手で赤い刀身を抜き放ち魔力を込める。途端、刃を染める鮮烈な赤色が光を放ち始める。  
「つっ…」  
「すまん、強すぎた」  
 刀身の熱気に、フレデリカが怯える。  
 普段使わない熱量なので、俺も少し力の調整に手間取る。その後一分ほど格闘し、どうにか理想の温度をものにする。  
「わぁ、暖かいです。便利なんですね」  
「当座凌ぎだがな。焚き火代わりにはなるだろう。…フレデリカ、ちょっとだけ、耳塞いでくれるか」  
 感心するフレデリカに告げると、彼女は少しだけ首を傾げたが、すぐに言われたとおり、両手を耳に当ててくれる。  
 それを確認し、指を口に当て、思い切り口笛を鳴らす。俺に出来る、最大音量だ。  
 俺の口笛に呼応するサラマンダーの咆哮は、かなり離れた距離にも届くように訓練してある。それが聴こえない距離、というのは、奴が俺の指示の範囲外にいるということになる。…果たして、十数秒待ってもいらえは返ってこなかった。  
「やっぱりな。ここからじゃ、サラマンダーにも届かない、か」  
「…かなり、遠くまで流されたと思いますから」  
 俺が元の位置に座りながらぼやくと、フレデリカが意図を察したのか、やはり先ほどの俺と同じ考えを漏らす。  
 こちらから助けを呼ぶのは無理、というわけだ。  
 
「こういう時は下手に動かないほうがいい。みんなが見つけてくれるのを待つしかなさそうだ」  
 フレデリカが、不安そうに俺の言葉に首肯する。…とはいっても、俺たちが川に流されるまさにその瞬間を、まず間違いなく目撃していただろう人物が一人いるので、捜索組は割とすぐに来るだろうし、今日中には帰れるとは思うが。  
 まぁ、結局、俺の気まぐれは隊員の休日をつぶすことになったわけか…。  
「裏目だな」  
「ビュウさん?」  
「何でもない。心配ない、多分、すぐに助けは来る」  
 俺の呟きに首を傾げるフレデリカを制し、俺の考えを伝える。…彼女は、ディアナが俺たちを見ていたことに気づいていたのだろうか。  
 そんなことを考えながら、俺はフレイムタンを地面に突き立て、濡れてべったりと体に張り付いたシャツを脱ぎ捨てる。  
「わ、ビ、ビュウさんっ?」  
「あ、すまん。冷たくて気持ち悪かったんで、つい」  
 俺の突然の行動に狼狽するフレデリカ。む、考えなしだった。女性の前で断りなくする行動じゃない、な、うん。  
 謝りつつ、シャツを乾かすために後ろの流木に引っ掛ける。…流石に、下はやめておこう。いくらなんでも不躾すぎる。  
 自重を心がけつつ、改めて手持ちの品を確認する。フレイムタンが一振りと、防具は置いてきてしまったので普段着のシャツとズボン。まあ剣はこっちが残ってただけ、めっけ物だ。  
「悪い、フレデリカ。体を覆うものがあればいいんだが、生憎とこのザマなんだ。その―――」  
 ―――その格好じゃ寒いだろうけど、辛抱してくれ。…そう、続けるつもりだった。  
 だが、俺はこれここに至り、身形に関する話題をあげようとして、とても大切な事実を失念していたことを今更に思い出し、言葉を詰まらせる。  
 …そうだ。そうだった。そうだったんだよ。いくら現状把握に努めていたからって、何だって俺は、『ソレ』を忘れていたんだろう。  
「どうしました?―――っ!」  
 固まって動かなくなったのを不思議に思ったのか、フレデリカは対面に座る俺に問う。だが、俺が見ているモノに気づき、顔を先ほどの何倍も赤く紅潮させ、恥じるように両腕で体を抱く。  
「すまないっ」  
 我に返り目を伏せるが、すでに遅い。頭が真っ白になりうっかり凝視してしまったが、見られたフレデリカにしてみれば今の俺は完全に『裸同然の格好の女性を観察するスケベ野郎』だ。  
 そうなのだ。今、彼女の体を覆うのは、例の冗談みたいな露出度の水着もどきだけなのだった。ここで目が覚めて今まで、俺は彼女と平然と会話していたが、それは俺が彼女の格好を意識の外に置いてしまっていたからだ。  
 
 フレイムタンを挟んで、重苦しい沈黙が訪れる。…こういう状況を作らないために、釣りの時は彼女を出来るだけ見ないようにしていたというのに、何て失態だ。この先、いつ来るかもわからない救援までこの状態で過ごさなければいけないのか。  
 …それにしても、フレデリカ、いつもの服だとゆったりしてるからわからなかったけど、意外と肉付き悪くないんだな。  
 体質のせいもあるんだろうが、確かに痩せ型ではあるけど不健康な印象は受けない。控えめな性格とは裏腹に、出るところはしっかりと出て、女性自身を主張している。  
 …って、待て。何を考えているんだ俺は当事者の前で。いくらすることがないからって、これじゃ丸っきり本物の変態だ。  
 思考を変えるための話題を探し、目を少しだけ開け、細目でちらりとフレデリカの様子を窺う。両膝を抱えて座る彼女は、フレイムタン越しだからか、熱を帯びたように見える目でじっと、突き立てられた剣の切っ先を考え事でもするように見つめている。  
 ………肌、白いな。顔が赤く見えるのは、気のせいじゃない。雪のように白い、といえば気味の悪いものを想像しかねないが、不思議と彼女のそれは嫌ではない。寧ろその脚線美が映えて―――だから違うだろっ。  
 いよいよ本格的に変態じみてきた。いらんことを意識しすぎて、俺の愚息に集まらなくていい血液が徐々に集まっていくのを感じる。思えば彼女と完全に二人きり、という状況も謀られたように出来すぎだ。  
 俺は股間の隆起を隠すため何食わぬ顔で胡坐を崩し、代わりに片膝を抱える。これで、彼女の位置からは俺の股間は死角になるはずだ。そう、彼女に気取られないよう安堵したが、  
「ビュウさん。足、開いてください」  
 即、バレた。反射的に明後日の方を向いた顔に、嫌な汗が吹き出るのが分かる。  
「なぜ」  
「すいません。言うとおりに、してくれませんか」  
 人が変わったように詰めるフレデリカの言葉に、迷いはない。恐る恐る彼女のほうに顔を戻して向き合えば、彼女は姿勢こそ変わらず体を抱いたままだが、何かを決意したような真剣な目で俺を見据えていた。  
 それを見て、俺は申し訳ない気持ちで胸を一杯にしながら、観念してゆっくりと胡坐を掻きなおす。…八割ほど『かかっ』た俺の愚息が、大して硬くもないズボンの生地を、中からぴんと押し上げていた。  
「………っ」  
 俺の股間のテントに視線を落とし、先ほどの俺のように固まってフレデリカは息を呑む。  
 …とんだ公開処刑だ、と心で涙しつつ。俺はそれでも表情だけは出来るだけ動かすまいとしながら、ああ、俺も大して変わらんことを彼女にしたじゃないか、これはその報いなのかな、なんて内心で嘆く。  
 
「男の人って、本当に、ソコが大きくなるんですね」  
 十秒ほども凝視してから漸くフレデリカが漏らした感想は、俺達男にしてみれば至極当たり前の現象の確認だった。  
 …俺にそれをうんそうだ、と頷けというのか。いっそ殺してくれ。  
「あの、ビュウさん」  
 再びフレデリカの視線が、俺の方を向く。が、今度は先ほどのように真っ直ぐ見据えてはいない。俯きがちに、俺の様子を上目遣いに窺うようなものだった。  
「もし、違ったら、違うって言って下さいね」  
 軽蔑の罵声を浴びせられる覚悟をしていた俺だったが、どういうわけか、俺に問う彼女の声は少し脅えがちだ。  
 俺は一瞬呆けたが、尚真剣さを失わないその声に気圧され、頷く。  
 それを確認し、彼女は意を決し、言った。  
「ごめんなさい。…私の、せいですか」  
 直球だった。ぐうの音も出ない。その通りだ。  
 だが、フレデリカに謝られる謂れはない。悪いのは、こんな状況なのに男として自重できなかった俺のほうだ。  
 だから、単純に彼女の問いを肯定することは出来ず、どう答えたものかと悩んでしまう。…その暫くの沈黙で、彼女は俺に否定の意思がないものと判断したのだろう。  
「やっぱり、そうなんですね。ごめんなさい、こんな、迷惑なこと」  
 呟くように、それでも確かに聞こえる強さで、フレデリカは謝罪を重ねた。  
「…ん、すまない。正直、その格好は…目のやり場に、困る。  
 けど、別にフレデリカに変なことをしようなんてことは、考えてない。こっちは、その生理現象で…しょうがないというか」  
 申し訳なさそうにするフレデリカに、こちらも謝罪と、事実と、正直な思いを告げる。  
 …なんて、女々しさ。女性であるフレデリカにとって、男の生理現象など嫌悪の対象でしかないだろうに。俺はそれの理解と許容を請うのか。  
 自分の情けなさに嫌気が差し、手で顔を覆う。と、その直後。  
 
 
「―――――――――あの。宜しければ、私に処理させてもらえませんか」  
 
 
 ―――――――――何だか、とんでもない台詞が聞こえてきた。  
 
 
「………なんだって?」  
「はい。ですから、その、私にソレを…鎮めさせて下さい、と」  
 あまりに突拍子もない解釈しかしようがないフレデリカの言葉に、耳を疑った。思わず顔を上げれば、やはり俯きがちに俺を上目遣いに見る彼女。…今の言葉のこともあり、少しどきっとしてしまう。  
 フレデリカの人差し指は、俺の膨れ上がった股間を示している。彼女の言うソレ、とは、疑う余地もなく、コレのことだろう。…いや待て待て待て。  
「フレデリカ。ちょっと待て、何を」  
 無意識に、体が尻込みする。だが、フレデリカの方はふるふると首を横に振り、落ち着いた口調で語りだす。  
「ビュウさん。男性を慰める役目の始祖が教会の女だっていう話、聞いたことありますか」  
「…何を」  
「今よりもずっと昔のことです。性欲を持て余し困り果てて教会の扉を叩いた男性を、シスターが慰めたのが始まりなんです。  
 …神様に身を捧げたシスターがそんな汚らわしいことを、って思いますか。私も最初は驚きました。でも、違うんです。  
 誰にも体を許さず清い体でいることと、誰にでも体を許して全ての穢れを受け入れることは、  
 『誰に対しても差別しない』という一点において同じことなんです」  
 …呆然と、毅然としたフレデリカの弁を聞く俺。要するに、だ。彼女にとって、俺の性欲を祓うことは、彼女のプリーストとしての使命感によるもので教義に背く事もないので安心して身を任せろ―――と、そういうこと、なのか。  
「―――あ、ち、違います。私がそう、っていうわけじゃなくてっ」  
 そんな俺の仮定が顔に出ていたのか、彼女は語りを中断し、慌てて注釈を入れる。  
「その、そういう思想が残ってるせいで、教会の修行の一環でですね。  
 一応、学術講義だけなんですけど…男性の悦ばせ方も、あの、私、習ってまして。  
 …ビュウさんがそうなった原因は私みたいですし、やり方もそれなりに頭に入ってますし…」  
 毅然とした態度が一転、後半はごにょごにょと聞き取りづらく声が萎む。  
 俺は話を聞いて反射的に、想像してしまう。真面目な彼女のことだ、そんな埃の被った、恐らくは形式だけだろう講義にもせっせと励んだのだろう。…少し、胸に卑しい欲望が芽生えてしまう。  
「とにかく、ですっ」  
 ずい、と、フレデリカが四つん這いの姿勢で俺の方に身を乗り出す。  
 
「私に、ビュウさんを慰めさせて下さいっ」  
 湯気が出そうなくらい頬を紅潮させ、フレデリカは尻込みする俺に、四足獣の如く迫る。  
 それは確かに、僧侶としての使命感なんて大層なものじゃなくて、彼女の一人の責任感から紡がれた言葉なのだろう。  
 …俺は張り詰めた股間と、重力を受けながら、それでも水着の生地に収まりつつ控えめに弾む彼女の胸の膨らみを交互に見比べて。  
「………どうすればいい。やりやすい姿勢とか、あるか」  
 俺は彼女に指示を請うことで、承諾の意思を示した。…誘惑に負けたくせに、はっきり『お願いします』ともいえないのがまたみっともない。  
 だがフレデリカの方はそんなことを気にした風もなく、はい、と力いっぱい―――まるで自分を鼓舞するように、応えた。  
 彼女に導かれ、俺はすぐ崖の近くにあった岩に腰掛ける。背中を岩肌に張り付け、ほぼ全ての体重を自然物に預け、脱力する。姿勢の安定にあまり力を割かないほうが効率がいいのだそうだ。  
 だったら仰向けにでも寝るのが一番ではないか、ともその時は思ったのだが。俺はすぐに、『この体勢』自体にも意味があったのだということを、いやというほど思い知ることになった。  
「…じゃあ、準備は、いいですか」  
 座り、フレデリカのいうとおりに開いた足の間に、彼女自身が入り込み、跪く。頬を紅潮させたまま、視線を正面に戻せば鼻先に股間が来る位置から、フレデリカが俺を見上げる。  
 ん、と短く頷きながら、俺は今にも見えてはいけない部分が水着から零れ出そうな彼女の肢体を見下ろす。………悩ましい。  
「失礼します…」  
 ズボンの紐を緩められ、下着ごと丁寧に下げられる。少しだけ尻を浮かせ、それら衣類を地面に落とし、ほぼ全裸に近い格好になる。  
「っ!」  
 そうして、半勃ちになったペニスがフレデリカの眼前に突きつけられる。彼女は目を丸くして、隆々と血液に満たされた、俺の男性自身とまじまじと見詰めあう。  
「…すごいん、ですね」  
 シンプルな感想が返ってきた。まぁ、持ち主の俺からしてもよくわからんモノではある。  
 返答に窮しつつ、片足をズボンと下着から抜く、と、  
「んぅっ…!」  
「あ、ごめんなさいっ」  
 ペニスに、未知の感触が訪れる。思わず呻くと、フレデリカが慌てて謝る。ピンク色の先端部分に、彼女が触れたのだ。  
 人生で初めて、異性に性器を触れられる感覚。まだ潤いのない、臨戦態勢の整いきっていないペニスには、少々突然の刺激だった。  
 
「え、と。もう少し、固くなるんですよね」  
「…ああ」  
 記憶の中の知識と、今の一瞬の感触とを照らし合わせるように、フレデリカが見上げて問う。  
 俺が頷くと、彼女は再びペニスに向き直り、そっと根元に指を添える。繊細な彼女の指の、ひんやりとした感触が少しだけくすぐったい。  
「じゃあ…準備、しますから」  
「う…っ」  
 つつっ。ペニスの裏側、陰嚢から裏筋まで、中指の腹が滑る。背筋が縮み上がるような、寒気にも似たむず痒さが駆け抜ける。ぴくぴくと震え、ペニスが更に固さを増す。  
「くすっ。可愛いです」  
 自分の前戯に顕著な反応を返すペニスに、フレデリカはいとおしそうに微笑む。…『そういう意味』で可愛いといったのではないことは解っているが、何だか男として少し複雑だ。  
「もう少し、強くしますね」  
「ああ。…んっ」  
 フレデリカは高まりつつあるペニスの全体を、両手の十本の指で絡めとる。いくつものひんやりとした感触が陰嚢とペニス全体を駆け回り、自慰では及びもつかない心地よさに包まれる。  
 先ほど突付いてしまった敏感な亀頭部分にはまだ触れないよう、気をつけているのが解る。  
 しゅっ、しゅっ、と丹念に、彼女にペニスを扱かれる。その圧力は、俺が自分でするよりも随分弱い。恐らく彼女にしてみれば精一杯の握力なのだろうが。  
 しかしその弱さなど全く問題にならないほど、彼女の愛撫は的確で、繊細で、気持ちいい。俺は度々充足の溜息を漏らしながら、一心不乱に、また一生懸命にペニスを可愛がるフレデリカを高みから見守る。  
 そうして、やがてペニスは完全な臨戦態勢を整える。全身のラインから不自然に飛び出す、骨もないくせにどこよりも固くなったモノが、びんと威勢良く、フレデリカの顔目掛けて存在を主張している。  
「すごく熱い…」  
 びくびくと脈動して傘を広げ、焼けた鉄のような熱と硬度を持ったペニスに大事そうに指を添えるフレデリカが、感慨深げに漏らす。  
「あ…先から、お汁が出てきました」  
 先端の変化に気づくと、フレデリカは何故だか少し嬉しそうにそれを報せる。…この、逐一感想や実況をくれるのにも、気恥ずかしい反面、一方で新鮮で背徳的なモノを感じてしまう辺り、俺もいよいよ興が乗ってきたらしい。  
 ぷっくりと、鈴口に透明な滴が溜まっている。彼女はそれを物珍しそうに見つめた後、  
 
「ほら、ビュウさん。濡れてきてますよ」  
 何をするかと思えば、それをちょんと指先に絡め、こちらを見上げながら見せびらかしてきた。空中に、てらてらと嫌らしく光る粘液の糸が曲線を描いた。  
「…遊ぶな」  
「ふふ。すいません」  
 少なからず、フレデリカのそんな行為に欲情し鼓動を早めながら、俺は軽く抗議する。  
 彼女は目を細めて微笑み謝罪すると、またペニスに向き直る。そして、今しがた指につけた先走り汁を丹念に、乾いて突っ張っている亀頭全体に、指全体を使って塗りこめ始める。  
「ぁ…」  
 反り返る肉の棒が、てらてらと潤いを得て淫靡に光る。先走りの液を塗りこめられるのも、くすぐったくもまた心地よい。  
 それがずっと続けばいいのに、なんて甘いことを考えていたら、  
「ビュウさん。その、口で、しますけど…宜しいですか」  
 それよりも、ずっと魅力的な申し出を提示された。  
 見下ろし、彼女の唇を凝視する。いつもベッドで寝ているのを見舞うときより血色のいい、艶のある唇だ。口でする、というのはつまり、彼女の口内に、俺のモノを受け入れてもらうということだろう。  
 …そういうやり方がある、というのは知っている。きっと、また未知の快感が与えられるのは間違いない。断る理由がない。  
 が、何だかまた、とても大切なことを忘れているような気がしつつ。  
「ん…頼む」  
 俺の口は、目先の快楽に負けてさっさと承諾してしまった。  
「はい。それでは…宜しくお願いします。これからお世話いたします」  
 フレデリカはそう挨拶し、ペニスに両手を添える。そして慈しむように、ちゅ、と軽く、ぬらつく亀頭の先に口付けた。  
 ―――そうして、俺はその瞬間気づいた。俺にとって、異性の唇との初めての接触は、ペニスによって行われたのだという、事実に。  
「―――っう!!」  
 自覚した途端、津波のような快感の電流が全身を突き抜けた。  
 目を伏せ、綺麗に編まれた三つ編みのブロンドを掻き揚げながら、彼女は俺の亀頭をぬるり、と口へと進入させていく。  
 例えようもない温かさと、ペニス全体に吸い付くような唇の摩擦。そして、裏筋を撫で付けるこれは、恐らく、舌の感触。  
 
「くぁ…!」  
 二度、三度と、いきり立った怒張がフレデリカの口内、唇から喉奥までを往復する。いきなり早くではなく、初めのうちはゆっくりと。  
 数を増すごとに、丹念な愛撫はそのままに、速度が少しずつ、けれど確実に早くなってゆく。  
 ペニスの根元を押さえる右の指の他に、彼女はもう一方、左の指での愛撫も忘れない。徐々にせり上がりつつある睾丸を包む陰嚢を、マッサージするように揉まれる。性器全体の支配権を、彼女に奪われたような錯覚に陥ってしまいそうだ。  
「ん…じゅぷっっ」  
「〜〜〜…っ!!」  
 唾液ごと、口内で混じった先汁を吸われる。中身を吸い出されるような強烈な刺激に、俺は呻きを噛み殺す。  
「ぷはっ…気持ち、いいですか、ビュウさん」  
 一度、ペニスから口を離し、こちらを見上げて訊ねるフレデリカ。次々と繰り出される技巧の妙に舌を巻くが、流石に彼女のほうも少し疲れが出始めているようだ。  
 ぬらぬらと唾液に塗れて光る怒張と彼女の顔を見比べ、俺は呼吸を整えるのも侭ならず感想を漏らす。  
「…どうにか、なりそうだ。凄いんだな、教会の技っていうのは」  
 正直、甘く見ていた。学術だけでしか知らないという彼女の愛撫でも、童貞の俺ごときを手玉に取るのは造作もないらしい。  
 この上経験も十分に伴うシスターなんていうのがいるとしたら、脳髄まで搾り取られてしまいそうだ。考えるだけで身震いする。  
「よかったです。こういうのも、あるんですよ」  
 俺の忌憚のない賞賛に、フレデリカは得意げに微笑み、またペニスを手に取る。今度は左手を先端に、右手を陰嚢に添え、そして。  
「…ペロ」  
「ッ!」  
 肉の幹に、舌を這わせた。ザラザラとした摩擦の感触に、軽く体が跳ねた。  
 フレデリカはペニス全体を、それこそ舐められていない部分など残すものかといわんばかりに、丁寧に、丹念に、舐めあげてくる。  
 又、添えられた指での愛撫も忘れない。鈴口の縁や、包皮に隠れた傘の裏側の部分を左の指先でくりくりと刺激し、右の指は陰嚢をひたすら揉みあげる。  
 三つの刺激に、俺はとうとう呻きを噛み殺しきれなくなる。  
 
「フ、レ、デリカっ。もう、そろそろっ…ううっ」  
「はぁ…射精、しそうですか」  
「ああ…!」  
「わかりました…じゃあ、こっちに…んんっ」  
 下腹部に集まる射精感を訴えると、フレデリカは再びペニスを思い切り咥えこむ。  
 粘液塗れの口内に導かれ、俺のモノは彼女の窄められた唇に吸い付かれながら、激しい抽送を繰り返す。  
 射精準備のためにせり上がった睾丸もくにくにと揉まれ、限界へと駆け上がってゆく。  
「フレデリカ、このまま、じゃ、口に…っ!」  
 出してしまう、と続けようとするが、恐ろしい快感に遮られる。  
 ただでさえ近い限界時間を更に早めようとするかのように、口内でフレデリカの舌先がペニスの鈴口を穿り、尿道ごと刺激する。  
 ―――それで、俺の理性は吹き飛んだ。  
 眼下の彼女を見下ろす。扇情的な水着を纏い、必死に俺のモノを頬張る、フレデリカ。…何て、征服欲を煽る、光景。  
 健気に俺に奉仕する彼女の口の中に、ありったけの、ドロドロの欲望を解き放ってしまいたい。そして、その汚らしい雄の性の結晶を受け入れて―――飲み干してほしい。  
 フレデリカを引き剥がそうと伸ばしかけた両腕で、そのままその頭を掴み、押さえる。何があろうと、ペニスを彼女の口内に押しとどめるためだ。絶対に、にがさない。  
 俺の乱暴な行為に、フレデリカは短く唸るが、彼女は構わず抽送を続ける。  
「ん―――ジュウゥゥゥゥッ」  
 そして、彼女が一際強くペニスを吸い上げた瞬間。  
「ッッッ…!!」  
 
 ――――――ドクン。ドク、ドクドクドク、ドプッ。  
 
 …俺は、溜め込んだありったけの精をフレデリカの口内にぶちまけた。彼女が今口内に納めているのは、幹の部分を残し、丁度亀頭全体だけだ。  
 
「ん、んん…ちゅうぅ」  
「フゥー…フゥー―――ッ!」  
 頭を強く押さえられ、明らかに辛そうな顔で、尚も一滴残らず尿道の中に溜まった精液を吸いださんと鈴口を吸引するフレデリカ。  
 俺は、声とも息ともつかない音を喉から搾り出し震える。吐き出すモノがなくなるにつれ、背中を岩肌に預けて心置きなく脱力し、体液を放出する快楽の余韻に浸る。  
 …やがて、永遠とも一瞬とも思える射精の時間が終わる。脳が焼けるような、快感だった。こんなのは、初めてだ。  
 未だ思考がぼう、とする。四肢から力が抜け、だらんと重力のなすがままに預ける。呼吸を乱し、気だるい気分のまま、眼下に視線を移す、と。  
「…〜〜〜、〜〜」  
 今尚、俺の股間を前に跪いたまま。口元に手を当てながら、ゆっくりと萎えたペニスから口を離すフレデリカの姿。  
 片目だけ開いているのがやっと、という辛そうな顔をそのままに、俺を見上げる。  
「フレデリカ…?」  
 呆けた頭で、自然と彼女の名前が口を突いて出る。途端、  
「―――――――――〜〜、コクン」  
 見下ろしたフレデリカの喉が、大きく鳴った。  
 続けてまた、コクン、コクン、と数回にわたって同じ音が聞こえる。  
 …彼女が何をしているのか、すぐに理解できた。そして理解した瞬間、再び、戻りかけた俺の理性がどこかへ飛び立とうと出鱈目に走り出す。  
 コクン。最後の一回が鳴った。そう、彼女は―――フレデリカは、俺が衝動に任せてぶちまけた欲望を、全て口内に押しとどめたのだ。  
そして射精を終えて、余韻に浸る俺を見上げ、じっくりと嚥下して見せた。…全ては俺を、最後の最後まで満足させるために。  
 
「………はぁ。お疲れ様でした、ビュウさん」  
 
 最後の一滴まで飲み干して、彼女は俺を見上げて微笑んだ。…行為の上下の関係は、最後の瞬間までそのままに。  
 彼女は奉仕する側として跪き、俺は奉仕させる側として見下し。彼女はただ、俺を満たすために全力を尽くしてくれたのだ。  
「…え。あ、び、ビュウさん!?」  
 もう色々と、限界だった。最後の理性の欠片が吹っ飛ぶのと同時に、童貞小僧の刺激の臨界点も越える。  
 俺は、オーバーヒートした頭を置き去りに、そのまま意識の闇へと落ちていった。  
 

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