突如始まったグランベロス帝国の各ラグーンへの侵攻。
次々といくつものラグーンが帝国の支配下に置かれる中、
長い歴史を誇るカーナ王国も例外ではなかった。
グランベロスの圧倒的な兵力の前に、カーナの国軍は壊滅、王城も制圧された。
最後にはカーナ国王はグランベロス皇帝、サウザーによって殺害され、僅かに残った戦竜隊や兵達も、散り散りなってカーナを離脱。
この時をもって、カーナ王国は滅亡した。
「おい、レスタット!」
筋骨隆々の大男が、荒れたカーナ城の中で声を響かせる。
「何か用かい?ゾンベルド」
そのやかましくすらある大声に、細身の男が振り向いた。
大男の名はゾンベルド、細身の男の名はレスタット。共にグランベロス将軍の座に位を置く人物だ。
「この間の残党どもとの戦闘の時に、捕虜を一匹捕まえたってぇのは本当か!?」
「いちいち五月蠅い野郎だね。
あぁ、三日前の残党狩りの後に、逃げ遅れたヤツが一匹いてね、そいつを引っ張ってきたんだよ」
「で?そいつの処遇は?」
ゾンベルドが、僅かに笑みを浮かべて問う。
「いつも通りさ。何かしら残党どもの情報を握ってるかもしれないからねぇ。
尋問して、吐けばよかったが、結局突っぱねやがってね。だから今回も……」
その言葉を期待していたかのような笑みを浮かべているゾンベルドに対して、レスタットは更に言葉を続けた。
「拷問で聞き出すまでさ」
レスタットも、ゾンベルド同様、昏く、嗜虐心を含んだ笑みを浮かべながら。
捕虜を捕獲した際、捕虜に対する尋問は、パルパレオスとアーバインが受け持っている。
その二人の尋問に捕虜が応じなかった場合、レスタットとゾンベルドの拷問担当に回されるのだ。
「よし、ついに俺の出番だな!」
「なんだ、お前がやる気か?」
意気揚々としているゾンベルドに対し、レスタットは冷めた言葉を返す。
「あたぼうよ!この間はお前に出番を持って行かれたからな!今度は俺の番だ!
で、その捕虜はもう移動させたのか?」
「あぁ、既に独房から地下の拷問室に移させたが…」
その言葉を聞くやいなや、すぐさま踵を返してその部屋の方向へ向かう。
そこへ、レスタットの一言が降りかかった。
「相手は女だぞ?」
硬直。
ゾンベルドの様子はまさにそれだった。いや、冷水に突っ込まれたネコというか、蛇に睨まれた蛙というか、Lv40のアイスマジックが直撃したレギオンというか……
―――― とにかく、その場に固まって動けない、という様子。
ギギギギギ、と、錆びた金属がこすれる音が聞こえてきそうな動きで首だけ振り向かせ、ゾンベルドが尋ねる。
「………マジか?」
「えらくマジだ」
その一言に、ゾンベルドの顔に、失望感と脱力感の入り交じった表情が浮かぶ。
「………パスだ」
「やっぱりなァ」
名だたる帝国将軍の一人が、何故こんなにも肩を落としたかというと。
「……女は殴れん……」
この一言に尽きる。
男相手ならば、前線でもよくぶつかるので、どれだけ殴る蹴るなどすれば気絶するのか、もしくは絶命するのかはほぼ直感で判断できる。
だが、女は基本的に非戦闘員、または後方支援にいるのが専らだ。故に、どこまで抑えればいいのかが全く掴めない。
事実、過去に女性を拷問した際、殴りすぎて死亡させ、パルパレオス辺りに絞られた経験もある。
そして、理屈抜きに、(本人も意外だと感じているが)男に比べて女は殴りにくい、という感覚がゾンベルドの中にはあった。
それらの理由から、捕虜が女性と聞いてげんなりしている所に、レスタットの一言が突き刺さる。
「そんなことだから、アンタは『二大バカ将軍』とか言われてるんだよ」
「ぶわっくしょーい!」
そのころ、ゾンベルドとレスタットが会話していた場所からだいぶ離れた位置で、
同じくグランベロス将軍の一人、ペルソナが大きなくしゃみをあげた。
「う〜……こりゃ本格的に風邪ひいたかな……まだ城の三分の一位しかやってねぇのに…」
ぶつぶつ言いながら、ペルソナは握っていたモップを持ち直し、更に廊下の床に、
これまでに七つほど各廊下に置いてきたものと同じ物を置いた。
【清掃済み区域につき、土足厳禁】
そう書かれた看板を置き、ペルソナは裸足のまま、再び廊下の清掃に精を出し始めた。
「誰が筋肉バカか!!」
レスタットの一言に、ゾンベルドが激昂した。
筋肉までは言っていない、と内心は呆れつつ、飄々とした態度で切り返す。
「おや、知らなかったかい?アンタとペルソナのヤツで、合わせて『二大バカ将軍』」
「俺をあんな掃除バカと一緒にするな!」
「一緒にはしていないだろう?ペルソナは掃除バカ、アンタは筋肉バカ、同じバカでも違うだろう」
「ぬがががが!屁理屈こねてんじゃねぇ!」
ギャーギャーとわめいているゾンベルドを尻目に、レスタットはゾンベルドの横を通り抜けて行った。
「てめぇ!逃げる気か!」
怒り心頭といった様子のゾンベルドに対し、レスタットは冷たく言い放つ。
「そろそろ仕事だからね。失礼させてもらうよ」
その言葉に、ゾンベルドは舌打ちし、床を踏みならして歩いていった。
レスタットは下っている。地下の拷問室へ続く階段を、至福の笑みを浮かべながら。
ゾンベルドは女性に対して拷問が出来ない。彼は圧倒的な腕力をもって相手を屈服させる。
相手がいかに強靱な精神と肉体を持っていようと関係ないほどのそれによって。
しかし、女性の身体では、それに耐える前に身体の方が一瞬で粉砕されてしまう。
しかも、そんな力任せな方法しか知らない故に、自ずと拷問が行える対象は限定されてくる。
だが自分は違う。自分は非力が故に、屈強な人間を痛みで屈服させるのは難しい。
だが、生き物には必ず弱点がある。そこを突けばいい。
特に女性ならば、そういった意味での急所は何カ所もある。そうすれば簡単だ。自分はあんな筋肉野郎とは違う。
そんなことを考えながら、拷問室へ続く廊下を歩いていた。
「ヒヒヒヒッ…ヒヒッヒヒ……」
これから行われるショーの光景を想像し、自然と笑いが込み上げる。
今までにも、多くの人間をそのショーで屈服させて見せた。純粋に苦痛を与える
手段をとったこともあれば、魔法で幻覚を見せ、精神的な面から崩したこともある。
だが、一番興奮するのは、やはり、女性を、今考えている手段で徹底的に嬲りつくすことだ。
それも、意志が強く、こちらに対して敵意をむき出しにしているようなタイプはゾクゾクする。
尋問室に連れ込まれているときに一瞥した限りでは、かなりそれにあてはまりそうだった。
小柄で童顔気味ながらも、その容姿とは裏腹に、まっすぐな眼をしていた。確かにあれでは
パルパレオスの小僧の尋問ごときには屈しまい。だがあのアーバインのそれにすら耐えきるとは……。
あまりの歓喜に、レスタットの身体はにわかに震えた。その震えをを抑えながら心をなだめる。
以前のマハール戦役では、あのマハール騎士団にその人有りと謳われたタイチョーと殺り合える興奮が先走り、
かなりの上玉を、捕まえる前に殺してしまった。あの時の二の舞は踏まないようにしなくては……
自分は他の連中とは違うのだから。同じ失敗を繰り返すのは好ましくない。
そんなことを考えている内に、拷問室の前にたどり着いた。
扉の前には、既に部下のゲリュンペル三名が待機している。
「イヒッ…ヒヒヒヒヒ………」
――― さぁ、ショーの時間だ。
拷問室の金属製の扉が、重々しい音を上げて開かれた。