パルパレオスが凶刃に倒れ、死んだ。
その報告を受けた時にヨヨの頭に最初に浮かんだのは――安堵だった。
恋人を失った悲しみでも、犯人に対する怒りでもない。
ただ、パルパレオスという男がこの世から消えたことによって自分を苛む罪の一つが消えたという安堵だった。
「私、こんなに薄情だったんだ…」
ポツリ、と呟き苦笑する。
何を今更。
既にこの身はビュウを裏切った時から薄情で塗り固められている。
そのような女が自嘲をするなど滑稽でしかないではないか。
「これから、忙しくなわるね」
窓の外を見上げ、その果てにあるグランベロスをヨヨは思う。
サウザー亡き今、実質的にかの国の責任者はパルパレオスである。
その彼が殺されてしまったのだ。
今後の混乱を思うといささか頭が痛む。
「マテライトはそのあたりもう少し腹芸を覚えた方がいいのかもね」
くすり、と微笑む。
忠誠心、という面に限っては自分に仕える臣下一のパレスアーマーの顔を思い出したからだ。
パルパレオスの訃報を伝えに来た時の彼の表情は見物だった。
恋人を亡くした姫君が浮かべるであろう悲しみを悼む沈痛な表情の裏で確かに彼は喜んでいたのだ。
まあ、それも無理はないと思う。
マテライトの主観からすればパルパレオスほど気に入らない男はいなかったのだから。
国を裏切る、友を裏切る、今までついてきてくれた己の兵を裏切る。
それは古き騎士道を第一の旨とする彼からすればどんな理由がそこにあろうと許しがたい行いだったに違いない。
もっとも、それは表向きの理由である。
実際のところは孫娘のように可愛がっていたヨヨを取られたことに対する嫉妬だということは誰もが知っていることだった。
「悪気がないっていうのはよくわかるんだけど」
少々その古臭いまでの忠誠心が煩わしく思うこともある。
ヨヨは机にうず高く積まれた書類を見て顔を顰めた。
その書類は全てヨヨの伴侶候補のデータ、平たく言えばお見合い写真だった。
恋人が死んだばかりの傷心の女性にお見合いを勧めるなどデリカシーがないにもほどがある。
ヨヨは既に諦めの境地だったので特に気にすることこそないが、このマテライトの行動は城内の女性陣に大顰蹙をかっていた。
「結婚、か」
いずれは結婚をしなければならないだろう。
自分の立場を嫌というほど理解している少女とってその二文字は重みがあった。
だが、塔のようにそびえ立つ書類を見る気力などヨヨには存在しない。
元よりそんな気はさらさらないのだから。
別段、パルパレオスに操を立てるなどという気があるわけではない。
悲しみはある、心の一角にポッカリ穴が空いたという自覚もある。
それでも、ヨヨはもう夢見る乙女ではないのだ。
恋に浮かれ、人を傷つけ、それに無自覚でいられた時代などとうに終わっているのだ。
それを大人になったというべきなのか、それともただ冷たい人間になってしまっただけなのか。
それを判断する材料はない。
「ビュウ…」
大切な、とても大切だった幼馴染の少年の顔を思い出す。
大好きだった。
そして、愛していた。
カーナが陥落する前までは無邪気に彼と結婚することを規程事実として認識していた。
子供を産んで幸せに暮らす自分を想像することすら当たり前だった。
自分の手が彼につながれていることが当然で、その手が離されることなど考えたこともなかった。
だけど、その手は今はつながれていない。
理由は簡単だった。
自分から彼の手を離したのだから。
「なんて――蒼い空」
窓の外に広がる無限の蒼がヨヨの目を覆う。
この空のどこかで彼はバハムートにまたがり、世界を守り続けているのだろう。
今、彼は何を思っているのだろうか。
仲間たちの平和を祈っているのだろうか。
今日の晩御飯をどうするかとでも考えているのだろうか。
それとも、好きな女性のことでも想っているのだろうか――
そこまで考えてヨヨは頭を振った。
もはや自分に彼を心配する資格などない。
ましてや、彼が誰を好きになろうが関係ない。
「だけど…」
ただ、幸せになって欲しかった。
誰よりも優しく、誰よりも強く、そして誰よりも弱い人だったから。
ヨヨは手を伸ばした。
そうすることで、彼の幸せがつかめるのではないかと思ったからだった。