「あはっ、ご、ごめんねビュウ!」
「いたた…」
頬に真っ赤な紅葉を咲かせたビュウに、ディアナは渇いた笑いを見せ、謝罪した。
既に誤解は目を覚ましたフレデリカによって解かれてはいる。
とはいえ、状況的に先程のビュウはフレデリカを襲っているようにしか見えなかったのも確かである。
である以上、ディアナがビンタを繰り出したとしても彼女を責めることができるだろうか。
いや、できない。
「ホ、ホワイドラッグかけようか?」
「いやいいよ。そこまでのものじゃないし」
「本当にゴメンね」
「…まあ、あの状況じゃあディアナじゃなくても誤解しただろうし、仕方ないさ」
苦笑するビュウ。
いくら誤解といえどもそうさせた理由の一因が自分にあることも間違いではない。
それ故に一概にディアナが悪いと言い切れないのも確かなのだ。
まあ、ビュウが単純にお人よしだという面もあるのだが。
「けどビックリしたわよ。いきなりあんな…」
「…わかっているとは思うが」
「わかってるって! 流石の私もこんなことまで噂にしようなんて思ってないし」
「ラッシュにも言うなよ?」
「な、なんでラッシュだけ名指しなのよ!?」
「いや別に」
「…うー」
痛いところをつかれたのか、唸り始めたディアナ。
それを無視し、ビュウはその隣へと目を向ける。
そこには、ひたすら真っ赤な顔で俯き続けるフレデリカの姿があった。
「……!」
びくんっ!
フレデリカの上目遣い気味にあげた視線がビュウのそれとぶつかる。
だが、時間にして一秒。
たったそれだけの邂逅でフレデリカは再び顔を俯かせて目を伏せてしまう。
(いや、確かにさっきはあれだったけど、ここまで過剰反応されるとそれはそれできついな…)
自業自得とはいえ、ここまで過敏な反応だとさしものビュウもそれなりに傷つく。
彼女のほうに悪気はないようなのが尚更だった。
ちなみに、実際のところフレデリカは照れているだけである。
当然朴念仁のビュウがそれに気がつくことはないのだが。
「ま、こんな話誰も信じないだろうけどね。ドンファンとかならともかく、当事者がビュウだし」
「それは助かるが、俺だしってのはなんだ」
「いやだってビュウって女の子に興味ないでしょ?」
「不穏な言い方をするなっ!?」
「えー、事実でしょ? 普通の健康男性ならあの場面はフレデリカを襲ってしかるべきだし。
それとも何? 本当はフレデリカの裸に欲情してたとか?」
「それは――」
「ディ、ディアナ!」
ディアナの物言いに抗議しようと口を開きかけるビュウ。
だが、それを横合いから割り込むようにして中断させたのはフレデリカの珍しい怒声だった。
普段は穏和にして表情が病的に青白いことが多いプリースト。
そんな彼女が顔を赤く染めて立ち上がったということに二人は目を丸くさせて驚く。
気勢をそがれたビュウは口を閉じ、ディアナは思わぬ事態に目を白黒させた。
「フ、フレデリカ?」
「ビュウさんは私を心配して…それなのにそんな言い方っ」
「あ、いやその、これはちょっとしたお茶目というか……ご、ごめん!」
仁王立ちプリーストの迫力に負け、ディアナは平身低頭で謝罪した。
普段は大人しく怒ることなど皆無な彼女だけにいざと怒ると非常に怖い。
だが、それゆえにディアナは気づくことができなかった。
フレデリカの怒りは半分照れ隠しであるということを。
「ビュウさんも…ごめんなさい。私が倒れたりしなければ」
「い、いや俺が勝手に入ったのがそもそも悪いわけだし」
「でも…それに、見苦しいものを見せちゃいましたし…私、ガリガリで骨ばかりだから…」
「いや、十分魅力的だったと」
「え…?」
「へえ…」
ポッ
ビュウの失言にフレデリカの頬が薔薇色に染まる。
と同時にディアナのニヤニヤした表情と視線がビュウを突き刺した。
「す、すまない!」
実はじっくり見てましたと自白したも同然の台詞にビュウは謝罪。
だが、フレデリカは既に夢見心地な表情で固まってしまっていた。
なお、ディアナはニヤニヤ度を更にあげていたりする。
「ふ〜ん、そうかあ、そうなんだ〜。ひょっとして、私お邪魔虫?」
『ディアナ!』
「息ピッタリ♪」
ぽん、と手をたたくディアナにビュウとフレデリカは顔を見合わせる。
そしてすぐさま目をそらしあった。
実にわかりやすく純情な二人である。
(ほんっとわかりやすいわよねー。ま、それだけにもどかしくもあるんだけど)
噂話と並んで恋話が大好物なディアナにとってこの二人の関係は目を離せない。
ゾラあたりからすれば「あんたはどうなのさ?」と突っ込まれるところだろうが。
「で、ディアナは何の用だったんだ? 俺は薬草を届けに来たんだが」
ビュウはあからさまに話題の矛先を変えようとそう切り出した。
「私? 私はヒマだったからフレデリカとおしゃべりでもしようかなって」
「あ、ごめんなさい。私これから用事が…」
「用事? そういえば着替えてたんだものね。えっと、どこかにお出かけ?」
「ええ、ちょっとお城のほうに呼ばれているの」
「お城って…カーナ王城?」
こくん、と頷くフレデリカにビュウとディアナは顔を見合わせた。
彼らが考え付く限り、フレデリカが王城に呼ばれるような理由がまったく思いつかなかったのだ。