フレデリカ・メディンスは解放軍結成当時からのメンバーである。
プリーストとしての腕は一級品で、ビュウも戦闘毎にたびたび世話になっていた。
性格はいたって温厚で穏和、万人に優しく物腰も上品で清楚。
そんなプリーストの鏡ともいえる彼女はファーレンハイト内『お嫁さんにしたい女性ランキング(ディアナ調べ)』上位入賞の実績を持っていたりする。
ただ、彼女は唯一の欠点として謎の病弱さをその細い体に抱えていた。
本人が頑として語らぬその病弱さは彼女に薬の服用を推し進めた。
ビュウが彼女と顔をあわせる時、半分以上は薬を服用している場面があったくらいなのだ。
しかし、その病弱さも戦争終結と共になりを潜めるようになる。
戦争が終わったことによって精神的な作用がプラスに働いたのだとか、薬の効果が今頃になって現れたのだとか諸説は様々。
ディアナによると、あれは仮病だったのだという一説すらあったくらいである。
まあ、真相がなんであれ、フレデリカの体が健康に向かったのは確かなので周囲の者たちは特に気に留めなかったことではあるのだが。
それはさておき、裏口にまわったビュウは急いでポケットから鍵を取り出した。
言うまでもないことだが、合鍵である。
フレデリカが何を思って自宅(フレデリカの薬屋は自宅兼業)の鍵をビュウに渡したのかは定かではないが
少なくともビュウが彼女の意図を汲んでいないことだけは確かだった。
「気のせいであってくれればいいんだが…」
健康に向かっているとはいえ、フレデリカの健康は一般人のそれに比べればまだまだ危うい。
ゾラやディアナといったプリースト仲間がたびたび訪れるといっても彼女は一人暮らしなのだ。
心配はしすぎて困るということはない。
ガチリ、と裏口の鍵が開く。
そして次の瞬間、時が止まった。
『え…』
金の髪を持つ男女の声が重なる。
ビュウの心配を余所に、フレデリカはしっかりと立っていた。
ただし片足で。
「ふ、フレデリカ?」
「ビ、ビュ…ウ、さん?」
誰もいない部屋の中、二人はそろって戸惑いの声を上げた。
顔だけをビュウに向けて固まっているフレデリカは下着姿だった。
着替え中だったのか、上半身は何も身につけていない。
下は脱ぐ最中だったらしく、宙に浮いている左足にスカートが引っかかっている。
「ぅわっ…!」
ビュウの頭にカッと血が集まっていく。
生まれてこの方、ヨヨ以外の女性と縁がなかった(というか目に入らなかっただけ)彼は女性の裸に耐性がない。
基本的に真面目軍人でドラゴンの世話さえしていれば幸せ、といいきれる男である。
勿論、娼館に行くという選択肢も取らなかったため彼は未だ童貞だった。
(マ、マズい!)
女性の下着姿を見つめ続けるなど言語道断。
ビュウは目をそらそうとするも、体は男の本能に正直だったらしく主人の言うことを聞かなかった。
フレデリカの体は扉の反対側を向いていたため、視界には後姿しか映らない。
だが、ウブな竜騎士にはそれだけでも刺激的な光景だった。
病的なまでの白い肌が金色のおさげに見え隠れし、見事なコントラストを作り出す。
ほっそりとしながらも女性的なラインを描く後姿がビュウの男を捉えて離さない。
「あ…っ」
送れて数瞬、ようやく状況を把握したフレデリカが大きく息を吸い込む。
まずい、とビュウは咄嗟に身をかがめ、友人の口を押さえるべく飛び掛る準備をする。
だが、既に彼女の悲鳴を止める時間的余裕は存在していない。
ビュウは悲鳴と罵倒を覚悟した。
「き――(くらっ)」
しかし、覚悟に反して悲鳴はあがらなかった。
フレデリカは悲鳴を上げる暇もなくパッタリと倒れこんでしまったのである。
「フレデリカ!?」
慌てて駆け寄るビュウ。
パッと見、フレデリカの体に異常はない。
足から崩れ落ちるように倒れたおかげか、体へのショックは少なかったのだろう。
ビュウはホッと息をついた。
が、問題はこれからである。
「ど、どうする…?」
倒れたままのフレデリカを前に、ビュウは自問自答する。
普通に考えればベッドにでも運んで介抱するべきなのだが、今のフレデリカは半裸状態だった。
つまり、そうなると倒れている女性の体を目にし、そして触らなければならない。
「仕方ない、か…」
悩んだ末、ビュウは極力見ず触れずを貫くことを心に誓って行動を起こすことにした。
自分の我侭でいつまでも床に女性を放置するわけにはいかないのである。
「ごめんな、フレデリカ…」
視界の端に映る下着や胸のふくらみにドギマギしつつフレデリカへと手を伸ばす。
ビュウとて一人の健康男子なので半裸の女性を前に欲望を覚えないわけではない。
しかし、フレデリカは解放戦争からの戦友であり、今では大切な友人の一人。
そんな女性が大変な時に、欲望を抱くということはビュウにとっては許しがたいことだった。
と、その時。
ビュウは後ろに現れた気配を感じ、反射的に振り向いた。
……振り向いてしまった。
「フレデリカ、いるー? 休みの札が出てた…け……ど」
そしてそこにいたのは、フレデリカのプリースト仲間であるディアナ・サウワーだった。
ピシリ。
そんな擬音と共に空間にヒビが入ったことをビュウを知覚した。
そして今の状況を振り返る。
現在、自分はフレデリカへと中腰で手を伸ばしている体勢。
フレデリカは気絶していると一目でわかる状態で床に倒れている、しかも半裸。
さて、この状況を見てディアナは正確に一連の流れを読み解き、誤解をしないでくれるだろうか?
――結論、そんな都合のいい展開はありえない。
「ビュウ…」
静かな、そして重々しい声がディアナの口から発せられた。