「ごめんな、メロディア」
その一言であっさりと機嫌を直したメロディア。
そんな彼女は今、テーブルの対面でスープをすすっているビュウをニコニコと見つめていた。
「ねえ、美味しい?」
「ああ、相変わらず美味いよ」
「わーい、嬉しいなー!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねだしかねない勢いでメロディアは喜ぶ。
ちなみにメロディアは既に食事をおえている。
これは単に食事量の違いということもあるのだが、実際のところは小さな少女故のちょっとした乙女心が作用していた。
自分が一生懸命作った料理を好きな人が食べているのを見る。
それは思春期を迎えようとしている少女にとっては何事にもかえ難い幸福だったのだ。
「俺はこれからフレデリカのところに薬草を届けてくるけど」
「メロディアはモニョ達と遊んでるから平気だよー」
「そうか。ごめんな、いつもあんまり相手できなくて」
「ううん、いいよ。でも、帰ったら一緒に遊んでねビュウ!」
「ああ、わかったよ」
微笑むビュウに微笑み返す。
たったそれだけのやり取りがメロディアの幼い心を満たしていく。
(ごめんねおじいちゃん。でもメロディアは愛に生きるのっ!)
故郷に放置してきた祖父(ことわざジジイ)に謝罪しつつ、メロディアは今日も地道にビュウの隣を目指して頑張るのだった。
「じゃあ、行って来る」
「いってらっしゃーい!!」
チュッチュッ…!
頬に受ける熱烈なキスにビュウは苦笑する。
メロディアと同居するようになって以来、もはや当たり前になってきたやり取り。
少女の歳が歳なのでビュウの観点からすればおままごとに付き合っている感覚ではある。
が、それでもメロディアは十分美少女といって差し支えないレベルの女の子だ。
ビュウも男である以上は美少女にこうしていってらっしゃいのキスをしてもらえるというのは悪い気はしない。
どこまで本気なのかはわからないが、目の前の少女が自分を慕ってくれているのは確かなわけなのだから。
「いい子にしてるんだぞ?」
「あーっ! また子ども扱いしたー!」
「ははっ、悪い悪い。いくぞ、サラマンダー!」
「メローッ! 待てーっ!」
ビュウの掛け声に一鳴きして応じる赤き竜。
そして次の瞬間には、その巨体はバサリと翼をはためかせて空に舞った。
「今日も空は蒼いな…!」
視界を覆う蒼穹にビュウは感嘆の溜息をつく。
眼下では羽ばたきの風圧でこてんと転んだメロディアが「メロメロー!」と憤慨しているのが確認できる。
ビュウは心の中で少女に謝りながら今の我が家であるラグーンから飛び立った。
「よし、じゃあまた後でな」
王都近くの郊外に降り立ったビュウは散歩へと飛び立つサラマンダーを見送った。
そして自身も王都へと歩き出す。
オレルスの守護者としてバハムートを駆るビュウだが、別に彼は常にバハムートに騎乗しているというわけではない。
不眠不休、食事すら必要としていない神竜と違い、ビュウは人間である。
当然、四六時中バハムートと共にいるのは不可能。
それに、竜付き合いはバハムートよりも他の戦竜達のほうが遥かに長い。
竜としての存在格が違うからといってバハムートばかりを贔屓するわけにもいかないのだ。
まあ、それでも普通はバハムートを最優先するのが常識というものなのだが…
ビュウの竜好きに貴賤はないということなのだろう。
そして、そんなビュウだからこそ竜達も懐くのだ。
閑話休題。
数刻後、目的地であるフレデリカの薬屋に到着したビュウは首を傾げていた。
とうの昔に開店時間は過ぎているというのに、店が開いていなかったのだ。
「本日休業…?」
扉にかけられた札にビュウは更に首を傾げる。
フレデリカから予め休店日を聞いてはいるが、今日はそうではなかったはず。
いぶかしんだビュウは裏手へと回った。
もしかしたら、また倒れているのかもしれない。
彼女の健康状態をよく知っていたが故にビュウの足は急いだ。