少年と少女がいた。
二人はとても仲良しで、いつも一緒だった。
少女が王女という身分だったが、少年はそれを気にすることなく少女に接した。
少女も、自分を特別扱いすることなく接してくれる少年が大好きだった。
やがて、時が流れ二人は思春期を迎えた。
少年は少女を意識し、同時に身分の差に悩む。
少女は、そんな少年の葛藤に気付くことなく無邪気に少年を慕う。
僅かな気持ちのすれ違いはあった。
それでも、二人は幸せだった。
そして更に時は流れ、二人の運命を別つ事件が起こる。
二人の住んでいた国が他国に攻められ滅亡してしまったのだ。
王女であった少女は敵国に連れ去られ、少年はそれをどうすることもできずに見つめることしかできなかった。
少年は決意した、必ず少女を取り戻すと。
少女は信じていた、少年が自分をいつか助け出しにきてくれるのだと。
そして解放戦争と呼ばれる戦いが始まり、少年と少女は神なる竜の前で再会する。
少年は待ち望んだ再会の瞬間に歓喜に打ち震えた。
それは少女も同じはずだった。
だが、既にその時――少女は別の男を好きになっていた。
『お願い…ビュウ…私の大切な人なの…』
『今まで、ありがとう…でも…私…もう戻れないの。楽しかったあの頃に…』
『でも…ビュウ。貴方はやっぱり私の大切な人なの』
「……ぐ、ぅ」
胸の辺りに感じる鈍い重みと痛みにビュウは目を開けた。
ぼんやりと曇った視界に徐々に光が差し込んでくる。
「あ、起きたーっ」
「…何をやってるんだ、メロディア」
はっきりとした視界に映ったのは見慣れたメロディアの満面の笑み。
少女は古い目覚まし時計のベルのような髪をゆらゆらと揺らしながらこちらを覗きこむようにニコニコと笑っている。
体の位置はビュウの腹の上。
胸の上に両手を置いて前方に重心をかけるような体勢だった。
この苦痛はそのせいか…
ビュウは顔を顰めながら重りを排除するべく手を伸ばした。
「…とりあえずどいてくれないか、重い」
「あーっ! ビュウったら酷いー!」
「ええいうるさい」
「もにょっ!?」
ビュウの実力行使にメロディアはあっさりとベッドから妙な悲鳴を上げながら転げ落ちる。
「酷いよービュウ! レディになんてことするのー!?」
「そういう台詞は十年後に言え」
「ぷんぷん! 折角起こしにきてあげたのに!」
ふにゃーと猫っぽく怒りを露にしつつメロディアは部屋から走り去っていく。
ビュウはそんな小さな同居人の姿に苦笑をもらした。
「後で謝らないとな…」
押しかけ女房といった風情でビュウの家に住み込んでいるメロディアは見た目とは裏腹に家事能力が高い。
今では炊事洗濯、果てにはドラゴンの世話までこなしているくらいである。
彼女がいなくなったら生きてはいけない、とまではいかないが困るのは事実。
さて、どうやって機嫌をなおしたものか。
ボリボリと頭をかきながらビュウはゆっくりと身を起こし、ベッドから降りた。
「戦争が終わって一年…今更なんであんな夢を見たんだかな…」
頭に浮かぶのは夢に出てきた少女のこと。
少女は大切な幼馴染だった。
歳を取ると共に綺麗になっていく少女にドギマギしていたことは今でも鮮明に思い出せる。
一緒に遊びまわったことも、無邪気に笑いあったことも――伸ばした手が届かなかったことも、よく覚えている。
だが、少女はもう目の前にはいない。
かたや辺境のラグーンで暮らす世界の守護者。
かたや世界を統べるカーナ王国の女王。
そんな二人が滅多な理由もなしに会えるはずがない。
「ヨヨ、君は今どうしてるんだ…?」
パルパレオスの訃報は既に耳に入っていた。
正直、思うところの多い男ではあった。
死人になってしまった者をどうこういう気はない。
しかし、彼の死によってヨヨが悲しみに突き落とされると思うと冷静ではいられなかった。
手を握ることが出来ない場所にいるとしても、ビュウにとってヨヨは大切な人であることは変わらなかったのだから。