ヨヨは書類に一通り目を通し終えると目をこすってふぅと息を吐いた。
吐息には呆れと感心が半分ずつ含まれている。
そのどちらもがビュウのことをここまで調べているセンダックに対してのものだった。
彼の調査書は正確かつ精密だった。
身体データを始めとするプロフィールは勿論、最近の交友関係、終いには店での購入物までが記載されている。
中には、幼馴染である自分すら把握していないようなことまで書類には記載されていたのである。
ふと、ヨヨの脳裏にストーカーの文字がよぎる。
(この書類は破棄。センダックにも今後ビュウへのこういった調査はしないように釘を刺しておこう)
センダックは泣いてガックリするだろうが知ったことではない。
万が一にもビュウにこのことがバレたらどうなるか考えただけでも恐ろしい。
そもそも男、しかも白髪だらけのジジイがここまで己を調査しているなど知らない方が幸せに決まっている。
「だけどよく調べてあるのね…」
センダックのビュウ愛は知っていたつもりだったが、まさかここまでとは。
自分を含めてビュウに好意を持つ女性はそれなりに多かったが、あるいはこの老人こそが一番ビュウを愛しているのかもしれない。
そんなことを思いながら必要なデータが書かれている書類を選別する。
ヨヨが必要とした情報、それはビュウの女性関係についてだった。
センダックもこの部分については特に力を入れたのか、かなり詳細な情報が書かれていた。
「未だ独身、か…」
パサリ、と書類をテーブルに放り投げてヨヨは椅子に背を預ける。
ビュウの性格上、結婚するとなれば自分に報告するであろうから書類を見るまでもなく彼が結婚していないことはわかる。
だが、とヨヨは思う。
ビュウは何故結婚しないだろう?
戦争は終わり、世界に名を轟かす英雄ビュウ・フレイヤード。
質素な生活を好むため手付かずの財産がそれなりにあり、容姿も悪くはない。
性格はやや真面目すぎる嫌いがあるものの、冗談もわかり女性には基本的に紳士的。
ドラゴン臭いという欠点こそあるが、地位も名誉も兼ね備えている若き英雄がモテない理由は無い。
年齢的に考えても結婚を考えてもいい時期のはずのだ。
「まあ、気後れはするかもしれないけど」
相手がバハムートを駆る世界の守護神ともなれば一般の女性は近づくことをためらうだろう。
ある程度の地位を持つ女性にしても、それは同じだ。
「外見や名声に釣られて近寄って来るような女の人をビュウが相手をするはずはないけど…」
それは半ば確信を持った声音だった。
距離が離れてしまった今でも、ビュウという男を一番知っているのは自分だという自負がヨヨにはあった。
その自負もいずれはビュウの隣に立つであろう誰かに奪われるのだろうとはわかってはいたけれども。
「となると…この三人、いえ、二人ね」
調査書に書かれていたセンダック印の要注意女性。
それはすなわち、現行でビュウに近しい女性ということだった。
フレデリカ・メディンス。
ルキア・エルダータシス。
メロディア・リロータ。
以上三名がセンダックの言うところの要注意人物達だった。
上二名はともかく、まだ十代前半のメロディアまで警戒しているあたりがいかにもセンダックである。
フレデリカは病弱プリーストの代名詞だったが、現在では健康を取り戻し王都で薬屋を開いている。
ビュウはたびたびその薬屋を訪れているらしい。
ルキアは現在故郷であるマハールに帰郷して復興の手伝いを行っている。
一時期はランサーのドンファンと怪しい雰囲気だったらしいが、今ではカーナを訪れるたびにビュウと会っているという報告がある。
メロディアは故郷のゴドランドに帰らずにプチデビルたちと共にビュウの家に押しかけ居候をしている。
ビュウのお嫁さんになる! と公言して憚らない彼女は王都ではちょっとした有名人らしい。
「こうしてみると、ビュウって結構女の子に人気があるんだ…」
むう、と唸りつつもヨヨは今後のことを考える。
今の自分の目標はビュウを幸せにすることだ。
それが自分の義務であり、せめてもの彼への償いなのだ。
自分の幸せはそれから考えればよい。
勿論、それがただの言い訳であることは承知している。
これからしようとしていることは彼にとってはただの余計なお世話だろう。
独りよがりの偽善、だがそれでもヨヨは彼のために何かをせずにはいられなかった。
それはパルパレオスの死を紛らわすための行為だったのかもしれない。
けれど――それでも、それでもなおヨヨは行動をとめることはできなかった。
彼女は知らない。
ビュウのことを考えているときの自分がとても嬉しそうな表情をしているということを。
彼女は自覚していない。
ビュウの隣に立つ自分ではない女性のことを想像するだけで苦しく締め付けられている胸の痛みを。
彼女は考えが及ばない。
ビュウが結婚しない原因が自分にあるということを――