「うんしょ、うんしょ」
積みあがった書類を運ぶ一人の老人がいた。
彼の名はセンダック・マーカオ(独身)
ヨヨにこそ及ばないものの、ワーロックとして神竜の力を操ることが出来る世界有数の魔道士。
そしてここカーナ王国におけるナンバーUの権力者である。
さて、肩書きこそこのように大層なジジイが何故書類運びなどをやっているのか?
それはひとえに彼の上役、つまりはヨヨからの命令が下ったからであった。
その命令の内容はというと
『ビュウ・フレイヤードの調査書を提出せよ』
というものである。
調査せよ、ではなく調査書を提出せよというところがミソだったりする。
センダックというとヨヨに次ぐ肩書きに目を奪われてしまうのだが、彼をよく知るものは口を揃えて彼のことをこう評するだろう。
ちょっとビュウに愛を注ぎすぎな気がするおちゃめなジジイ、と。
元々彼はカーナ王国の重鎮として仕え、その能力も比肩するものがいないと謳われたほどの老臣だった。
だが、カーナ王国の陥落を切欠に彼は大きく変わった。
常におどおどした態度をとるようになり、往年の能力など全く見る影もなく気弱なジジイとなってしまったのである。
そんな彼ではあるが、一つだけ執着する人物がいた。
それが解放軍のリーダーことビュウである。
過剰ともいえる信頼と敬愛を若き竜騎士に注ぎ続ける老人の姿は解放軍では一種の名物であった。
閑話休題。
長い廊下を書類を抱えて歩く一人の老人という図は非常に目立つ。
当然、有名人であり国の重鎮であるセンダックのことを知らないものはいない。
しかし誰もセンダックを手伝おうとはしなかった。
これはイジメだとか疎まれているだとかそういう問題ではなく、彼からキャラクター的にあまり近づきたくないなぁオーラが出ているのだ。
無論、センダックから手伝いを要請されれば皆率先して動くだろう。
だが、自主的に手伝おうというものはない。
何故ならセンダックはそういうキャラクターだからだ。
「ふぅ…ふぅ…姫様、わし、センダック…書類持ってきたよ…」
「ご苦労様センダック。じゃあそれはそこの机の上に置いておいてくれる?」
「うん…わかった。でもこんなもの何に使うの?」
どうにかこうにか書類をヨヨの執務室まで運んだセンダックは答えのわかりきった質問を口にした。
ヨヨの返答は予想通りの無言。
ただ、寂しそうな、それでいて嬉しそうな笑顔がセンダックを見つめる。
「ごめんなさい…わし、余計なことを聞いた」
「ううん、いいの。答えない私が悪いんだから」
「…用事が終わったら、返してね?」
「わかっているわ」
バタン。
ドアを閉めたセンダックはコキコキと関節を鳴らしながら自室へと向かう。
マッサージでも頼もうかな。
そんなことをつらつらと考えながらもセンダックは先程のヨヨの表情を思い出していた。
(まさかとは思うけど…姫様、ビュウとよりを戻したいの?)
表情を悲しみジジイに変え、センダックは廊下をトボトボと歩く。
パルパレオスの死は既にセンダックの耳にも入っている。
身体こそ男だが、心は乙女の彼はヨヨの気持ちはよくわかっているつもりだった。
一人の女性としての悲しみ、女王としての重責。
その二つを一片に背負う形になったヨヨである。
さぞ苦しいだろう、誰かに寄りかかりたいだろう。
(けどビュウは…)
その想いに応える義務はない。
むしろ拒否するほうが自然である。
それだけのことをヨヨはしたのだ。
勿論、ヨヨにも言い分はあるだろうし、当時の状況を鑑みれば仕方ない部分もある。
だが、彼女は紛れもなくビュウを裏切ったのだ。
例え彼ら二人がはっきりとした関係でなかったとしても、ヨヨの行為は裏切りだったのだ。
(わし、複雑)
しかしカーナ王国の家臣のセンダックとしてはヨヨの精神状態を早く安定させなければならないことは百も承知。
私情で国を傾けかねない事態へと方向を操作するわけにはいかないのだ。
(ビュウ。会えなくてもわしを困らせるなんて…わし、困っちゃう)
いやんいやんと体をくねらせるジジイは周囲からキッチリと距離を空けられていた。