戦争が終わって、私達がカーナへ帰って来た後の春のとある日。  
良く晴れ渡ったその日に、フレデリカとビュウの結婚式が行われた。  
花嫁姿のフレデリカはとても幸せそうに笑っていて、  
その笑顔を見ているだけで、私も幸せだった。  
でも、私が抱いていた感情はそれだけじゃなかった。  
フレデリカがビュウと結ばれた事は本当に嬉しい事だったけど、  
それでも、心がまるで締め付けられたみたいに痛かった.  
 
本当はとても寂しかった。  
フレデリカとは子供の頃からずっと一緒で。  
彼女は体が弱かったから、私はずっとフレデリカの側にいて、  
彼女を私なりに守ってきて、それは軍に入っても変わらなかった。  
子供の頃みたいにいっつもくっ付いている、という事は無かったけど、  
彼女は一人にしておくにはあまりにもか細くて儚かったから。  
でも、今日、フレデリカの横にずっと立っているビュウを見て、  
それも終わってしまったんだな、と感じた。  
これからは彼女を守るのは私じゃない。もう彼女の隣に私の居場所は無いのだ。  
それが寂しくて、それでいて彼女の成長が嬉しくもあって。  
私の心は複雑だった。  
 
結婚式も終わった頃にはすっかり夜も更けていた。  
仲間達とも別れ、私は軍の宿舎に帰る為に一人、カーナの街を歩いていた。  
そうして一人で歩いていると、多くの思い出が浮かんでは消えていった。  
それらを思い出すのは辛かったけど、同時に少し慰められる様だった。  
「…はぁ」  
…こんなに自分は弱かったんだろうか?  
…これからどうすればいいんだろう?  
そんな事を考えている内に、いつの間にか宿舎の前へとたどりついていた.  
扉を静かに開けて、宿舎の中に入って行く。  
宿舎の灯りはとっくに消えていて、当たりは一面、闇だった。  
「…あれ?」  
その時、何か気配を感じた。誰かがいる、そんな気配がしていた。  
「誰だ!?」  
そう叫びつつ、ローブに入れておいた杖を引き抜く。  
宿舎の仲間なら灯りぐらい点ける筈だ。  
灯りも点けないでこんな闇の中にいる様な奴はどう考えても怪しい。  
「ここは軍の施設だ!早く出て来なさい!!」  
そう叫ぶと、闇の奥からゆっくりとこちらに歩いてくる足音が聞こえた。  
杖を握りしめ、その音がする闇の方へ構える。  
泥棒?強盗?それとも過激派?  
そんな事を思いながらその足音の主を待ち構えていると、  
「…スマン」  
と闇の中から、聞き慣れた声が聞こえてきた。  
この声は…確か。  
「ラッシュ?」  
そう聞き返すと、足音の主はぼそりと、ああ、と答えた。  
 
「で…何やってたのよ?」  
カーナの街のとあるバーのカウンター、そこに座りながら私はラッシュに尋ねた。  
「アンタのせいで宿舎はハチの巣突っついたみたいに大騒ぎ。  
アンタが何をしてたかは知らないけど、こっちは超弩級の迷惑よ…まったく…」  
そう言うと、さっきの光景が頭の中に甦ってくる。  
 
私の叫び声を聞きつけて起きてきた仲間達が何を勘違いしたか、  
侵入者が来たと思って大騒ぎ。  
騒ぎは騒ぎを呼び、何がどうなったか遂には警報まで発令されてしまった。  
慌てて逃げては来たが、騒ぎの原因が私と知られたらどうなるか。  
 
「だからそれはさっきから謝ってるだろ!?  
俺だってあんな大騒ぎになるとは思ってなかったんだよ」  
「いくら今が平和だからって一応あそこは軍の施設よ!?  
ああなるのは目に見えてるじゃない!」  
「大体、お前があんなに大声出して叫んだりするからバレたんだよ!  
確かに俺も悪いがお前にも責任は有る!!」  
「あんな暗闇でごそごそしてる様な奴がいたら誰だって警戒するわよ!  
悪いのはアンタだけよ!!」  
「相も変わらず減らず口ばっか叩きやがって!このアバズレ!!」  
「何よ低細胞!!」  
お互いそう叫ぶと、そっぽを向いた。  
 
しばらくはラッシュへの怒りで頭が一杯だったが、  
その時、ふと、ある事に気が付いた。  
ラッシュに思いっきり怒鳴ってから、何かが吹っ切れていた。  
まるでさっきまでうじうじしていたのが嘘みたいに。  
 
そうだ、どうせ悩んでいても仕方無いし、解決もしないのだ。  
こういう時は昔から言われている方法に頼ってやろう。  
「ラッシュ!」と大声で呼ぶ。  
「…何だよ?」  
「アンタ今日はヒマよね?」  
「別に用事は無いけどよ…どうした?」  
「今日はフレとビュウさんの結婚を祝って朝まで飲むわよ!  
ラッシュ!あんたも付き合いなさい!!」  
「な、何!?」  
「マスター!ハイパーウオッカ瓶でちょうだい!」  
「俺は今日はもうかなり飲…」  
「いいから!」  
そう言ってラッシュの口に無理矢理、酒を流し込んだ。  
そうして、私も酒をラッパ飲みする。  
アルコールが体に回って、私の感覚はふわふわとしたものに包まれていった。  
 
 
「でねぇ〜フレの奴とか一時、鬱寸前だったわよ。  
何か変な薬にも手出してたしね…」  
「こっちも大変だったぞ。その頃、ビュウの奴、  
フレデリカに嫌われた、とか言って本気で落ち込んでたからな」  
「そんな二人がねぇ…結婚したって言うんだから驚きよね…」  
「そうだな…」  
さっきからどれだけ喋っただろうか。アルコールの勢いも有って、  
私とラッシュは喋りに喋っていた。噂話にヨタ話に愚痴に色話に世間話。  
色んな事を話して、笑って、罵りあって、文句言って、頷き合って、反発して、  
ずっと話をしていたが、その時、初めて会話が途切れた。  
 
しばらく私達の間に沈黙が流れていた。  
けれど、その時、私はある事を思い出して、ラッシュに尋ねた。  
「そういえばさあ…  
アンタがさっき宿舎で何をしてたかまだ聞いてなかったわね…  
…何やってたの?…あんなトコで」  
そう聞くと、ラッシュは少し困った顔をしてこちらを見て言った。  
「それ…どうしても言わなきゃだめか?」  
「どうしてもって…アンタ、まさか…泥棒でもしてたんじゃないでしょうね」  
「バ、バカ言うな!俺は元カーナ軍人だぞ!!」  
「じゃ、何よ」  
「そ…それはだな…」  
「やっぱ泥棒か何かやってたのね…明日当たり憲兵に…」  
「わ、わかった!言う!言わさして頂きます!!」  
そう言ってラッシュは一呼吸置いて、言った。  
「…誰にも言うなよ」  
「はいはい」  
「…ちょっとな…寂しかったんだよ」  
「へ?」  
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。  
あのラッシュから寂しいなんて言葉が出るなんて、思ってもみなかった。  
 
「…寂しいって何が?」  
「ほら…ビュウの奴がさフレデリカさんと結婚しちまってさ…  
俺にとってビュウは家族みたいな奴だったから…  
これからはもう本当に別れて生きて行くんだなって…  
そう思うと何か辛くてさ…」  
「でも…何で宿舎へ?」  
「ガキの頃にビュウが俺達を軍にいれてからずっと…  
あそこは俺達の家だったんだ…だから…あそこに帰ったら…って思ったんだよ  
別に帰っても何も無いってのにな…」  
そう言い終わるとラッシュは、ふうと息を吐いて、手元の酒を一口飲んだ。  
「…いざビュウがいないとなると…俺はこんなに弱い…  
俺は強くなったと思っていたけど…それは違ったよ…」  
「そうだったの…」  
 
不思議な気持ちだった。  
お互い、大切な人がいて、それを支えにして生きていた。  
例え、普段はそんな事を微塵にも感じさせなくてもずっと。  
そして、いざその人がいなくなってしまえば、  
二人とも自分がいかに弱いかという事に気が付いた。  
私とラッシュは自分たちは自覚していなくても、  
端から見れば似た者同士だったのかもしれない。  
「…はは」  
思わず微笑が零れた。何だか可笑しくて堪らなかった。  
 
「…何が可笑しいんだよ?」  
「アンタも人並みに悩み事有るんだなって思ったら可笑しくてね。  
つい笑っちゃった」  
「そりゃどういう意味だよ?」  
「気にしない気にしない。さ、飲み直しましょう。場がシラケたわ」  
「元々はお前がいらん事聞くからじゃないかよ…」  
「なーにブツブツ言ってんのよ!いいから飲みなさい!!」  
 
そして、その後にも続いた二人っきりの酒宴の中、  
やがて私の意識はゆっくりと途切れて行った。  
 
 
 
:  
:  
「ん…」  
最初に目に入ったのは、心配そうにこっちを見ているラッシュの顔だった。  
「あれ…」  
「あれ…じゃねえよまったく…気分はどうだ?」  
「私…どうなったの…?」  
「飲んでたらいきなりぶっ倒れたんだよ。覚えてないのか?」  
「あ…」  
そう言われると、微かにさっきの記憶が甦って来た。  
飲んでたら、いきなり気持ち悪くなって…目眩がして…  
「そのまま寝ちゃったのね…」  
「で、いくら起こしても起きなかったんでな。ここまで俺が運んで来た。」  
「ここって…」  
そう言いながら、辺りを見回すと、今、私が座っている様なベンチや、  
街灯に微かに照らされている鬱蒼とした木立が見えた。  
「…中央の公園?」  
そう言うと、ラッシュはああ、と言って小さく頷いた。  
「何だか具合も悪そうだったからな…静かな所の方が良いだろうと思ってな。  
で、さっきも聞いたが気分はどうだ?大丈夫か?」  
「まだ頭も重いし…なんかふらふらするけど…  
気分は悪く無いから大丈夫…だと思う」  
「そうか…まあ無理すんなよ。気分悪くなったらいつでも言ってくれ」  
「うん…」  
それを聞くと、ラッシュはやれやれ、と小さく呟いて、少し笑いながら言った。  
「普段は威張ってるくせに酔っぱらうと弱いんだな」  
「…なによ」  
そう言って、笑っているラッシュを睨みつけたけれど、  
酔ってるせいで、全然迫力が出なかった。  
「普段の元気は何処行ったんだ?ディアナさんよ」  
「今日は酔ってるからよ!…酔ってなきゃ別にアンタなんて…」  
「よく言うよ…酔ってるからじゃなくて、落ち込んでるからだろ?」  
「落ち込んでる…?」  
「結婚式の時からズーっとな。そうだろ?」  
 
いきなり思いっきり図星をつかれてしまって、頭の中が真っ白になった。  
まさか…さっき酔っぱらってる時にでも言ってしまったんだろうか。  
少し慌てながら私は言った。  
「そ、そんなの……何でわかんのよ?」  
 
ラッシュの前では弱い所なんて見せてないのに。  
ずっと元気な様に振る舞って来たのに。  
なのに、どうして。  
 
「そんなもん顔見たらわかんだよ。  
あんな表情は今まで見た事が無かったぞ。泣き笑いというか…何と言うか。  
それにさっきも一見、元気そうだったが、何かどっか寂しそうだったし」  
 
「…顔見ただけでわかる?」  
「そ。一応、お前とは今まで散々やり合って来たからな。  
そんなぐらいならわかるんだよ」  
「そんなぐらいって…」  
 
私は隠していたつもりだったのに。  
誰にも弱い所を見せたく無くて、ずっと必死に耐えて。  
でも…ラッシュにはとっくに知られていたのだ。  
 
「…よりによってラッシュに気付かれるなんてね」  
私のそんな呟きを聞いて、ラッシュが言った。  
「…バカにしたりする訳で無し、別にいいだろ」  
「でもね…何だか私がバカみたいじゃない」  
 
「何でだ?」  
「とっくにラッシュは知ってたってのに、  
私は酒飲んで無理矢理自分を励まして…  
無意識の内にアンタに弱い所を見せない様にしてたんだから…」  
それを聞いて、ラッシュが小さく笑い出した。  
何だかバカにされた気がして、ムッとしてラッシュに言う。  
「何がおかしいのよ…?」  
「いや…お前さ…俺には弱い所見せない様にしてたって言っただろ?  
俺もな、最初はそう考えてたんだよ。誰がこんな奴に見せるかって感じでな。  
俺達って本当に考え方似てるんだなって思ったらやたら面白くて…」  
それを聞いて、私は驚くと同時におかしくなってきた。  
結局、ラッシュもそう考えていたのだ。二人はそっくりだと。  
「アンタまでそう考えてたなんてね…そんな所までそっくりだわ」  
「何だって?」  
「さっき、アンタがバーで語ってるの聞いてね。  
ああ、私にそっくりだなって思ってたのよ」  
「考えてる事まで同じか…ホントにそっくりだな」  
そんな事をマジメな顔をしてラッシュが言ったから可笑しくて、  
堪らなかった。  
私もつられて笑いながら、ラッシュに言う。  
「どっちも寂しがりやで、弱虫のくせに強がってるからややっこしいのね…」  
「まあ…素直さでは俺の方が上だな。俺はお前に全部ぶっちゃけた訳だし」  
「あら…そんな事もないわよ」  
私はそこで少し真面目な顔になってラッシュに言った。  
 
「そんな事もないわよ、って何がだよ…?」  
「…つまりはこういう事よ」  
 
そう言って、横に座っていたラッシュに思いっきり抱きついた。  
 
「…なッ!」  
私のいきなりの行動に驚いたのか、ラッシュが声にならない声を出した。  
「…何をいきなり!」  
「…言ったでしょ、これからは素直に生きていく事にしたの」  
「そ、それとこれがどういう関係が有るんだ!?」  
「私は寂しがりやなのよ?あんたも知ってるでしょ。  
で、今日はあんな事が有ったばっかで寂しいからくっつくのよ。  
それとも…私なんかに抱きつかれるのは嫌?」  
「い、いや…嫌とかじゃないけどよ…その…何と言うか…」  
「なら、何の問題も無いじゃない」  
そう言ってラッシュをもう一度ぎゅっと抱きしめた。  
そうすると、ラッシュの温もりが伝わって来て、とても安心出来た。  
 
「アンタの側にいると…本当に安心出来るの…  
…だから…ね?お願い…今日だけでいいから…」  
 
明日になったら、ここまでは流石に恥ずかしくて出来ない。  
なら、今だけでも精一杯甘えておこう。  
そんな事を考えながら、私はさらに強くラッシュを抱きしめた。  
 
 
:  
:  
 
「…眠れん」  
俺に抱きついたまま、ぐっすり眠っているディアナを尻目に俺は一人そう呟いた。  
先程から、かなりの時間がたっていたが眠気など微塵も感じなかった。  
さっきから何度も眠ろうとしているのだが、目を瞑ると、  
さっきのディアナの言葉が甦ってきて、恥ずかしい様な、嬉しい様な、  
そんな複雑な気持ちになってしまうのだ。  
 
「気持ち良さそうに寝やがって…」  
 
あんな顔で、あんな声で  
あんな事言われたら、眠れる筈がないだろうが。  
「うぅ…」  
 
ある意味究極の我慢大会ともいえる状況の中、  
彼の終わらない苦悩は続く。  
 
そして、この日の後に、  
似た者夫婦など周りから揶揄されまくるカップルが一組誕生するが、  
それはまた別の話。  
 
 

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