さて、ここでは時間と場所を少しずらすとしよう。  
 時は、ルキア達がビュウの家を訪れる前の日の午後。  
まだ日差しが強い時間帯。  
 場所はカーナの宮殿。  
 その宮殿の奥深く、歴代の王が執務に使った豪奢な部屋は、現在は女王ヨヨの持ち物だ。  
今、彼女は、使い込まれた飴色のデスクの前に座り、外交官の提出した資料に目を通すと、それにサインするという単調な作業を続けている。  
戦争終結から3年。  
当時から彼女はずばぬけて美しかったが、今ではそこに理知的な雰囲気と女王の風格をも備えている。  
布地の比較的少ない機能性を重視した純白のドレスは、細いがつくべきところにはどっしりと肉のついた魅力的な身体のラインをさりげなく強調している。  
輝くばかりの濃い金の髪は彼女の花のかんばせを縁取り、彼女の好きな色でもあるグリーンの宝石をあしらった首飾りが、彼女がペンを走らすたびにその白い胸元で揺れる。  
ほっそりとのびる白く長い指で紙面の文章を官能的になぞり、銀の腕輪をはめた手首をひねらせてカーナ国主のサインをいれていく。  
全ては、彼女の記憶の中で父親がしていたのと同じ作業だ。  
少女時代、ヨヨは父親の膝に座って、父親の仕事の様子をながめたものだった。  
ときおり書類をもてあそんだりして、父親に笑いながら叱られたものだ。  
今思えばあれは、ヨヨを国主としての仕事に少しずつ慣れさせようという国王の思いやりであったのか。  
仮の王として宮殿に入ったばかりの頃はするべきこともさしてなかったが、王朝が正式に始まってからというものの、朝廷の整備から対外文書の作成まで休まる暇もないほどであった。  
それでも、比較的とまどうことなくスムーズにことを運べたのは、やはり父王の仕事を間近に見続けていたことが大きいだろう。  
 
さて、ベロス暫定政府から提出された殖産工場設置提案の書類にサインをすれば、その日の彼女の職務は終了だった。  
ヨヨはひとつ息をはくと、デスクにおかれた小さな金のベルに手を伸ばし、2度鳴らした。  
すると機械仕掛けのように控え室の扉がひらき、姿勢の良いメイドがひとり、しずしずと毛足の深い絨毯の上を歩みでてきた。  
「おつかれさまです、ヨヨさま。お茶にいたしますか?  
コーヒーとお紅茶、どちらにいたしいましょう?」  
「コーヒーにしてください。少し疲れてしまったのでクリームを多めに入れてね。」  
「かしこまりました。」  
メイドはひとつお辞儀をすると、隣の部屋へと下がった。  
ほどなくして、すばらしい香りのするコーヒーとオレンジ入りマドレーヌを盆に乗せて、メイドが戻って来た。  
「オレンジは、キャンベル女王が庭園でおつくりなさって送って下さったものを使わせていただきました。  
大変結構なお味でございますよ。」  
「そうなの?女王さまに近いうちにお礼のお手紙を差し上げないとダメね。」  
ヨヨはうなずくと、クリームのたっぷりはいったコーヒーで口をぬらした。  
ひとくち口にふくんで、ふと顔を上げる。  
「もしかしてコーヒーの豆をかえたの?」  
「いえ、同じもののはずですが…  
コックが変わりましたので、もしかすると焙煎の方法が若干変わっているのかもしれません。」  
「そうだったの…。私は前の方が好きだな…。」  
「申し訳ありません。コックには後ほど注意しておきます。」  
「あ、いいの。ちょっと思ったことを口にしただけ。好みは合わせればいいのだし。  
これもおいしいわ。」  
「そうですか。申し訳ありません。」  
「下がっても良いわ。ありがとう。」  
 
メイドは一礼すると、また姿勢よく、控え室に戻って行った。  
ドアが閉じられてから、ヨヨは軽く息をひとつ吐いた。  
思ったことをうっかり口にしなければよかった。  
ヨヨが構わないと言っても、あのメイド長はあとでコックを叱りにいくだろう。  
少し考えれば言葉に出すことなく止められたのに、それを敢えてしなかったのはわたしの気持ちの側に問題があるせい…  
最近ではヨヨ自身も意識するところではあるが、フラストレーションが異様にたまっているのだ。  
そして、それは一概に仕事疲れのせいとばかりは言えない。  
ときおり、わけもなく、無性に苛々することがあるのだ。  
そんなとき、あたりかまわず怒鳴り散らしてやりたい気分になる。  
もっとも、そんなことをして周囲を心配させたくなかったから、想像するだけで実行に移したことはない。  
なにかしら、これは?  
ヨヨは柳眉をかすかにひそめて、自分自身の胸に問いかけてみる。  
これはそう、例えるならば、消えたとばかり思っていた黒炭が、白い灰の中でいまだ熱をはらんで、必死に燃え盛ろうとしているかのようだ。  
しかし、どんなに考えても、彼女には「それ」の正体はわからなかった。  
だがその答えは、数日のうちに、懐かしいかたちをとって彼女の目の前にあらわれることとなる。  
 
 思わぬ珍事に巻き込まれたビュウが、予想以上の気力を消耗して我が家に帰ってきた時、ちょうどフレデリカが台所のテーブルを布巾で拭いているところだった。  
常々病弱だと思っていたフレデリカが長いおさげを揺らして忙し気に働く姿を見て、ビュウは一瞬驚いた。  
フレデリカは、ビュウが台所にはいってきた気配に顔を上げると、手を休めて柔らかく笑いかけた。  
「おかえりなさい、ビュウさん。」  
「ただいま。ごめん、フレデリカ。後片付けさせてしまったみたいで…」  
「いいえ、このくらいなんでもないです。  
それにいきなりおしかけたんです。私もこれくらいのことはさせていただかないと…」  
「そんな気を使わなくてもいいよ。気楽にしてってくれ。」  
話す間にもビュウはフレデリカの様子を伺う。  
赤々と燃える暖炉の火に照らされているせいもあるだろうが、フレデリカの顔色はいつもよりいいようだ。  
3年前、フレデリカはファーレンハイト艦内においても戦場においても、常に蒼白な顔色で、戦闘員の健康管理も仕事の内と考えているビュウを随分と心配させたものだった。  
今こうして会話の合間に相手の顔色を見てしまうのも、ひとえに当時の習慣の名残と言えよう。  
しかし、このような気を回さずとも、ビュウの全く知らない3年の間にすっかり健康になっているかもしれない。  
だとすると、これは余計なお世話というものだろう。  
ビュウはこっそりとそう考えて、先ほどのバハムートとの会話を意識したわけではないが、少ししゅんとした気持ちになった。  
自らの気を取り直すように、会話をつぐ。  
「最近は調子いいのか?その、薬とか…」  
「心配してくださるんですか?ええ、あまり昔と変わりません…  
緊張したり疲労が溜まるとすぐ倒れてしまうし。相変わらず、お荷物です。  
薬の量は増えてもいないけど、減ってもいない。  
そんなところです。」  
 
「そうなのか…でも、今は3年前ほど大変ではないんだろ?」  
「はい。今はカーナ国営の医療福祉施設で医療奉仕をさせていただいているんですよ。私が倒れても十分替えがききますから、安心して倒れられます。  
あ、もちろん病院のお薬に手を出すようなことはしてませんよ。」  
最後の言葉は冗談めかして言うフレデリカだった。  
ビュウも思わず笑ってしまったが、笑いながらふと、前にも聞いたような台詞だな、と思った。  
「そうか。でも、それなら安心だな。」  
「どうしてですか?」  
フレデリカはビュウの言葉に、目をぱちりと瞬かせて、聞き返した。  
そうしたちょっとした表情や、プラチナに近い金の髪をきっちりとおさげに結んだ髪型など、彼女は年齢よりも幼く見えるところがある。そう、ビュウは思った。  
「だってフレデリカがいるのは病院だろ?  
そこで働いている限りは、もし倒れてもすぐに診てもらえるんだから。」  
「あ、そういう考え方もできるんですね。なるほど。」  
フレデリカはふふ、と柔らかく微笑みながら、うなずいた。  
「3年前、ファーレンハイトに乗って飛び回っていた頃は大変だったからな。」  
「ええ、そうでしたね。」  
「なんだかんだ言っても集団生活はストレスが溜まるから。  
いつも周囲の目があるわけだし。きみも普段より疲れやすかったんだと思う。  
個人部屋があれば良かったんだけどね…  
おまけに規則正しい生活が要求されるわけだから…  
食事は毎日代わり映えのしないものばかりだったし。」  
そう勢い込んで言った言葉の裏には、当時を懐かしむ気持ちとはまた別に、ビュウ自身が過去3年間を振り返って思い出した不満を込めた節がないでもない。  
もっともこれは、当時艦内生活を送る兵士達のごく一般的な感情であったといえよう。  
当然それを身にしみて知っているフレデリカも、こくこくと頷いて同意する。  
 
「ええ、そうですね。  
しかも週3回の朝礼は決まって朝食の前にあって…  
だから朝礼ではしょっちゅう貧血で倒れました。」  
「 マテライトが隊の軍紀をただすためだとか言っていたかな。  
俺は無意味だと思ったんだけど、あの人は否定されるとかえって意固地に通そうとするから。  
しかも朝礼では無意味に大声をあげるもんだから、聞いてるこっちまで血圧が上がって。」  
「そうそう。」  
「倒れてもじっくり休養をとって回復するというわけにもいかないし。  
それに、俺には病気のことも薬のこともさっぱりわからないから何もしてやれなかったし。」  
「そんなことは… だって、ビュウさんは普通のお医者さんよりもお医者さんらしかったですよ?」  
そう言ったフレデリカの顔は、何故か寂しげで、ビュウをわけもなくどきりとさせた。  
どう言葉をついだものかとビュウが逡巡するわずかな時間、ディアナとメロディアが玄関をはいってくる音がしたので、ふたりの会話はそこで途絶えた。  
 
 台所にはいって来たディアナとメロディアのふたりはすでに白いねまき姿に着替えていた。  
ディアナもメロディアも、姉妹のように、お揃いで濡れた長い髪をアップにしていた。  
ふたりの姿を見た途端、ビュウの脳裏につい先ほど見たふたりの白い裸体が浮かんだ。  
慌ててその映像を振り払ったが、最早ふたりの姿をまともには見ていられず、ビュウはふたりから目をそらしながら、わざとらしく咳き込んだ。  
ディアナはそのくりっとした目を意地の悪い猫のように細めると、わざとらしい口調で話しかけた。  
「あらあら、ビュウ隊長。こんなところで女の子とおしゃべりですか〜?  
ご精が出ますね〜え。」  
フレデリカの聞いているところに来てまでその話をするとは。  
ビュウはうるさ気に顔をしかめて、しっしっと、ディアナを手で追い払う仕草をしてやった。  
ディアナに対してだけは、そもそも彼女がこういう性格なものだから、対応が雑になってしまうビュウだった。  
ディアナはそんな扱いをうけて、かえって不敵な気持ちになったように、口を斜めに上げて見せた。  
メロディアだけはそんな空気は読んでいるのかいないのか、  
「フレデリカも昼間は汗かいたでしょ?井戸で水浴びしてきたらどうかな?」  
とぴょんぴょんと可愛らしく飛び上がりながら言う。  
「そうね!今水浴びすると、もれなくビュウ隊長が覗きにきてくれちゃうんだから!」  
「ディアナ!」  
ビュウは思わずこめかみを抑えつつ、ディアナに背をむけるとフレデリカに向かって弁解した。  
「違うんだ。まさか水浴びしているとは知らなかったから。  
明かりが必要だと思って見たら、ふたりに勝手に覗き扱いされて。」  
 
「はい、知ってます。聞こえてましたから、3人で騒いでいる声。  
ビュウさん、知らずに覗いちゃったんですよね。」  
にこやかに笑って言うフレデリカの言葉に、ビュウはがっくりと頭を落とした。  
メロディアはそんなやりとりを見て、メロ?と言いながら、不思議そうに下からビュウの顔を見上げた。  
「何してるのよ、みんな。」  
騒がしい4人の会話に割ってはいってきたのはルキアである。  
それまで奥の部屋でシーツを整えていたらしい様子だった。  
 ビュウが住むこの小さな一軒家は、レンガ作りではなく、簡素なログハウスである。  
戦争が終わってから、自分の果たすべき役割を決めたビュウがこの無人のラグーンに移って来た当初、それは住居と呼ぶのもおこがましいような粗末な掘建て小屋だった。  
それを見かねたラッシュ達が自費で大工を雇い、今の住居を建ててくれたのだ。  
玄関をはいってすぐそこはゆったりとしたダイニングルーム、左手にキッチン。  
奥の廊下を挟んで、ビュウが普段使っている寝室と、使っていない部屋が二部屋あった。  
その使っていない二部屋を寝室として使わせてもらおうと、ルキア達は食事中独り決めに決めてしまったのだ。  
もちろんビュウに異存はない。  
ラッシュ達がはしゃぎながら家の設計を考える様子を人ごとのように眺めながら、どうして独居生活に部屋が3部屋もいるのかと不思議に思ったビュウだったが、それが初めて役に立つ日が来たらしかった。  
たまに掃除はしていたものの、空っぽのベッドしかない部屋にはうっすらとホコリが積もっており、掃除には若干の時間と大量のくしゃみを覚悟しなくてはならなかったが。  
ついさっきまでホコリとクモの巣を相手にしていたルキアは少々機嫌が悪い様子だった。  
 
「ルキア、ごめーん。掃除まかせちゃって。あとで肩もんであげるからさ、機嫌直して?ね?」  
機先を制して、ディアナがぴしゃりと顔の前で手を合わせてルキアに詫びる。  
ルキアもディアナの調子の良さにはさすがに怒る気分にはなれない様子で、疲れた笑みを浮かべた。  
「いいわよいいわよ、もう。汚い掃除はみんな私にさせるんだから。  
私はこれから汗を流して来るけど、3人ともさっさと寝るのよ?  
部屋割りはさっき決めたわね?ディアナ、先に寝ても構わないけどベッドを一人で占領しないでよ?」  
「はーい。」  
メロディアは素直に手をあげて答えた。  
「3人って、ビュウは構わないワケ?」  
ディアナひとりは納得のいかないことのある様子で呟いたが、ルキアは聞こえない振りで、着替えを手にとるとさっさと家を出て行った。  
「待ってください。私も一緒に行きます。」  
フレデリカは慌てた様子でルキアの後を付いて行った。  
「おやすみ、ビュウ。明日はバハムートに乗せてね!」  
「わかったよ。おやすみ。」  
「なーんか納得いかないんだけど…」  
「いいからさっさと寝ろよ。」  
2人とも、さすがに慣れないドラゴンでの移動には疲れていたのか、比較的あっさりとそれぞれの寝室へと引き下がって行った。  
残されたビュウは、ダイニングルームにある暖炉に薪をひとつくべると、木の椅子に座ってルキアとフレデリカが帰ってくるのを待った。  
 
 汗を流してさっぱりしたルキアとフレデリカがダイニングルームへと帰って来たとき、屋内の暖かさにふたりは思わずホッとした。  
秋も大分深まって来ているうえに、この高度にあるラグーンでは夜は結構冷えるに違いなかった。  
「おかえり、ふたりとも。」  
そう言うビュウは、テーブルに肘をついて先ほどまでうつらうつらしていたところを起こされた様子だった。  
「ただいま。もう夜になるとかなり冷えるわね。  
ねえ、フレデリカ。早くベッドに入らないと風邪を引くわよ。」  
「え?…ああ、そうですね。  
それじゃ先に失礼します。ビュウさん、水差しとコップを一つお借りしてもいいですか?お薬飲まないといけないから。」  
「うん。ここのキャビネットのものを自由に使ってくれて構わない。」  
言いながらビュウはキャビネットから水差しとコップを取り出すと、水瓶から水差しに水を移して、フレデリカに手渡した。  
フレデリカはそれを受け取ると、  
「ありがとう。それじゃおやすみなさい、ふたりとも。」  
そう言って、そそくさと部屋を出て行った。  
フレデリカは、ルキアがここに来たそもそもの理由を了解している様だ。  
後に残された男女ふたり、寝室の扉が閉まる音を聞き届けてからしばらくの間、お互い椅子に座ってすぐには口を開かなかった。  
 
 少し間を置いて、ようやくルキアが口を開く。  
「ねえ、お風呂って炊かないの?そろそろ風邪をひくわよ。」  
「うーん、家の横手に風呂をこしらえてあるけど。そういえば久しく使ってないな。」  
「夏でも定期的にはお風呂を炊くわよ。  
こんなところで風邪を引いてもお医者さんを呼べないんだから、せめて生活面で気を配らないと。  
全くもう、一人暮らしをするとどうしても手を抜くんだから。」  
「ルキアと一緒なら大丈夫そうだな。」  
はは、と頭をかいて笑いながら何の気無しに言ったビュウだったが、ルキアはその言葉に思わず顔を赤くして、ふいとそっぽを向くと話題をそらした。  
「冷えちゃったわ。何か暖まるものない?」  
「アルコール類のことか?それならこの間仕入れて来たばかりのワインがあったな。」  
そう言って立ち上がると、玄関脇に置いてあった木のケースを開封する。  
ケースに詰まった大量のワインボトルの中から一本、無造作に引き抜いた。  
「それってドラゴン用じゃないの?」  
眉をひそめてルキアはワインを見る。  
「まだ栓は抜いてないよ。」  
不思議そうに答えるビュウの言葉に、ルキアは思わず額を抑えて溜め息をついた。  
 
「マハールでは気になることが2つある。」  
ワイングラスを傾けながらルキアは言った。  
「ひとつ、先の戦争犯罪人と考えられるベロス帝国幹部が未だ逃亡中である点。  
この男は、旧ベロス帝国においても軍閥貴族であり、人望が高い。  
かつ、ベロスが占領統治下におかれると同時に国外逃亡した際、持って逃げた財産はかなりの規模のものと思われる。  
おそらくベロス出身の人間の元で保護されているのだと思うけれど、この潜伏先がいまだつかめていない。  
ところが最近、マハールで捕らえられた工作員の口から、この男の名前が出た。  
直接ではないけれど、間接的に問題の男から金を受け取って、マハールの軍事機密の持ち出しを図った疑いあり、と。」  
ここで一息つくと、ルキアは空になったグラスにワインを並々と注いだ。  
グラスに満たされた赤いワインはキャンベル産のもので、今年収穫されたばかりのブドウを使って醸成されたものだ。  
グランベロス帝国の占領下にあったときは、キャンベル産のワインは帝国に押さえられて、流通量はごくわずかの上にバカみたいに高かったものだ。  
それが今では市場に出回って安価な値段で手に入れることができる。  
最近ではドラゴン達も舌が肥えたのか、以前のような安物のワインではごまかされない。  
いい時代になったものだ、とビュウは思考を他に飛ばす。  
ビュウが微酔気分でぼんやりしている間にも、ルキアはワインを煽ると、明晰な口調で報告を続ける。  
 
「もう一点。こちらはベロス出身の商人。  
こちらも貴族出身の家柄で、軍需工業でひと財産築き上げたのね。  
戦争終了した現在では、あちこちの開発に乗り出している。  
その他、各種産業に事業を展開している新興財閥で、医療、新聞会社など幅広く手を出してる。  
問題はこの組織が反カーナのベロス人達の求心力となるかどうか。  
一応こちらには従順な姿勢を見せているけど、その父親はグランベロス帝国主義の急先鋒とも言える人間だっただけに、注意が必要、と。  
以上。報告終了。」  
言い終わると、ルキアはグラスに残ったワインを一気に煽った。  
空のグラスにもう一杯注ごうとして、さすがに気が差したのか、もう中身が半分ほどになってしまったボトルを意味もなく揺らした。  
「本当はね。  
タイチョーさんが有給とらないかって言い出したことなのよ。  
まあ私も最近は、ずっとタイチョーさんの下で根詰めて働いてたわけだし。  
たまには休みもいいかなって。  
そのついでにビュウに報告をして来いと、こういうこと。  
タイチョーさん、ビュウのことも気になってたみたいだからね。  
だから、ここに来たのは半分仕事、半分休暇。  
カーナにいるトゥルースくんたちにドラゴンを借りに言ったら、居合わせたディアナ達に捕まっちゃった。で、みんなで押し掛けることになったのよ。」  
怒った?と、ボトル越しに上目遣いで聞くルキアは、アルコールが入ったためか、来たときとは打って変わってしおらしい。  
それがビュウには妙に可笑しくて、なんだか笑い出したくなった。  
もしかすると自分も酔っているのかもしれない。  
いけない、いけない。  
ふと、ビュウは思い出した。  
「ダフィラとマハールとの間でひと悶着あったわけじゃないのか?  
俺はまたてっきりそのことかと。」  
 
「ひと悶着?…ああ、あのことかしら。」  
ルキアは思い出そうとするように、こめかみを人差し指でトントンと叩いた。  
「うん…。もう一ヶ月以上前になるかな。  
ダフィラとマハールの中間くらいにあるラグーンに天然地下資源が豊富に眠っているということが判明したの。  
このラグーンは本来マハールの領空内にあるんだけど、最初に発見したのがダフィラ系の開発グループで、しかもそのことをいち早く国内で発表した。  
大々的に報道することで、その発見がダフィラ側に寄与するものであることに既成事実を作りたかったんでしょうけど…  
ちょっと乱暴な話よね。」  
「確かにそうかもしれない。今はどうなってる?」  
「ややこしいから、目下タイチョーさんはそのラグーンを放置してるわ。  
ダフィラの方はまだなんのかんのといちゃもんつけてきてるけど。  
だけど法律的にはこっちのもの。  
確かに今まで長いこと互いの領空権を主張するような機会はなかったし、住民も好きに行き来してるから感覚が麻痺しちゃうのもわかるわ。  
でも利権が発生するとなると、はるか昔のものでも公式な取り決めに従わないと駄目でしょ?  
それをダフィラ側は、ダフィラ政権もマハール政権も一度交替しているのだから、領土の問題はこれを機会にもう一度話し合うべきだとか言って…  
まあダフィラの今の政権は立って間がないから、  
どうしたって考え方が浅はかなのはしょうがないけど!」  
最後の言葉はそのことに対する彼女の腹立ちを表すかのように、非常に強い口調で紡がれたものだから、ビュウは驚いてぱちくりとルキアを見直した。  
 
ビュウの知る限りにおいて、ルキアは公平なものの見方をする女性だ。  
若干頭に血を上せやすい面がないでもないが、本来、感情的に相手に不当な評価を下してしまうことに対しては慎重であるはずだ。  
というより、彼女の高潔な性格がそれをさせないはずである。  
そのルキアをして、このような嫌悪の態度をとらせるとは。  
これはかなり危険な兆候と言えるのではないか、とビュウはひっそりと危ぶんだ。  
ルキア自身もそのような己を顧みて、わずかでも気がとがめるところがあったのか、一瞬気まずい表情を浮かべると、グラスに勢い良くワインを注いで一気に煽った。  
「おいおい。」  
「いいのよ、たまの休みなんだから。仕事の話はこれで終わりよ。  
これを寝酒にしてあとは気持ちよく眠るの。」  
ビュウは溜め息をつくと、自分もグラスに3分の1だけワインを注いだ。  
沈黙が落ちた。  
暖炉にくべた薪がパチりとはぜる音がふいに聞こえるばかりである。  
火が大分小さくなっているようだが、もうこのままにしても構わないだろうな、とビュウは思った。  
それにしても、とビュウは考える。  
世界は案外危うい均衡の上に成り立っているようだ。  
戦争が終結してからわずか3年で、また新たな火種が発生するとは。  
ベロスは貧しい。  
ダフィラも貧しい。  
しかし、それに対して全力で救済するというわけにはいかないのが国家間の敷き居だ。隣人同士仲良く手に手を取り合ってというわけにはいかない。  
もとより資源は限られているのだ。  
均等に分け合って仲良く飢えるというわけにもいかず、間に国家の方針という建前を挟んで、結局は自分の取り分を確保することを念頭に置かざるを得ない。  
 
飢える側にとっては、なぜ誠意をもって対応してくれないのかと、その要求は人間的なものになる。  
一方、飢えない側は、国家間のルールもわきまえず人間単位の誠意に訴えようとする相手が忌々しくもなろう。  
国全体の飢えではなく、ごく一部の人間の欲求を満足させる目的で、国ごしに資源を取り合おうとすると話はさらにややこしくなる。  
単純な割り振りの問題ではないのだ。  
この辺の問題は、ビュウには自分自身の頭脳とメンタルの両面においてキャパシティを超えるものと思っているので、正直丸投げの領域である。  
国家の仕事とは、人間のもつ一般的な規範に従いながら欲求を満たすべく行動し、かつ利益を守るためには平然と規範を曲げることだとビュウは考えている。  
どこまで規範に沿い、どこまで曲げるかのさじ加減をはかる技術の問題でしかないではないかという反発があるのだ。  
性格的な理由で、その時点で思考が停止してしまっているのである。  
投げやりに言ってしまえば、政治的な問題は考えるのも億劫なのだ。  
純粋にグランベロス帝国を悪として、要塞の破壊だけを考えていた時代が懐かしい。  
しかし、自分がこのようなところで感傷に浸りながら国営のワイン工場で製造されたワインを飲む一方で、国民の利益を守るために日々頭を悩ませている人達がいる。  
彼らのことを心配してもいるのだ。  
自分のことを心配してくれているらしいタイチョーや、今は遠くカーナの地で女王としてのつとめをはたしているかつての幼なじみのことを。  
今、彼女はどうしているのか──  
 
「ビュウ。酔ってるの?」  
思考に沈んでいるところを、ふいに横から声を掛けられたため、ビュウは驚いて顔を上げた。  
 
「やだ、寝てたの?」  
「いや、考え事をしていただけだよ。ぼんやりしてた。」  
ふとワインボトルを見ると、もうとっくに空だ。  
ビュウはほんの2杯ほどしか飲んでいないから、ほとんどルキアが飲んだことになる。  
「二日酔いになっても知らないぞ。」  
「あら、いいのよ。こう見えても私、お酒には強いほうなんだから。」  
そう澄まして言うルキアの顔を見て、あるいはその通りかもしれないとビュウは思った。  
ルキアの白い肌は、あれだけのアルコールを飲んだというのに相変わらず白いままで、触れれば大理石のようにひんやりとするのではないかとさえ思われた。  
掘りの深い目鼻立ち、冴え冴えとしたアイスブルーの目。  
ルキアの硬質な美貌は、戦いの女神の彫刻を彷彿とさせる種類のものだ。  
そんなルキアの横顔を見て、彼女は綺麗だな、と心の中で呟いた。  
そう心の中で呟いてしまってから、もしかするとこんなことを思う自分は本当に酔っているのかもしれない、とも思った。  
「ビュウさ…。」  
「え?」  
まさか思ったことが漏れ出ていたわけではあるまいか、と非現実的な想像をして、一瞬ビュウは焦った。  
「三年間ずっとここで、ひとりで暮らしてたのよね。今まで誰かここにきた?」  
「…ああ。  
うん、ラッシュとトゥルースとビッケバッケにはこの家を立てるのを随分手伝ってもらった。それから様子を見に何度か来てくれてる。  
あとはセンダックがたまに来るかな。  
カーナの様子を伝えにくるのと、あとはボケだかなんだか分からないセクハラをしに。」  
 
「ふぅん。色気のない生活ね。」  
そう言いながら、ルキアは妙に機嫌が良さそうに見えた。  
「ルキア、もしかして酔ってるのか?」  
「酔ってないわよ。むしろもう一本くらいいけちゃうかも。  
ビュウ、もう一本空けても構わない?」  
言いながらもルキアは玄関口にあるケースからワインを取り出す。  
そのとき、妙に足下がおぼつかなかったのをビュウは見逃さなかった。  
椅子に座ってコルクを抜こうとする手首を掴み、もう片方の手で素早くボトルを奪う。  
「ちょっと、ちょっと。いじわるしないでよ!」  
ルキアはテーブル越しにとられたものを奪い返そうと手を伸ばす。  
その手を軽くよけながら、ボトルを右手に庇ってビュウは言った。  
「別にいじわるしてるわけじゃないだろ。明日苦しい思いをするのは目に見えてるんだから、もうこの辺でやめとけよ。」  
「いいじゃないの。休暇よ、休暇!ちょっとハメを外すくらい大目に見なさいよ。」  
いつまでたってもボトルをとりかえせないことにじれたルキアは、立ち上がるとテーブルを回り込んで、座っているビュウの前に立った。  
「駄目だったら。水飲んで寝ろよ。」  
ビュウは溜め息をつきながら、手にしたボトルを椅子の後ろ手に持った。  
ところが、ルキアはこれに対して予想外の行動に出た。  
なんとビュウの膝の上に座ると、そうやってビュウの身を封じた上でボトルを取り返そうとしたのだ。  
これにはビュウは大いに焦った。  
「ルキア!おまえ酔ってるだろう!」  
「酔うほど飲んでないったら。早くボトルをお姉さんに返しなさい。」  
「いい加減にしろってば!」  
そう言葉で応酬しあう間にも、ルキアは身を前に乗り出してビュウが背後に隠した酒瓶を奪おうとする。当然ビュウの前にはルキアの胸…  
ルキアの白い服の布地が鼻をかすめるかかすめないか。  
いや、はずみでもっと柔らかいものが頬に触れた気もする。  
 
ビュウもさっさと渡してしまえば良いのに、下手に焦って、逆にボトルを渡すまいとルキアの手から逃れる方向へと意識が働いてしまった。  
椅子がふたり分の人間の重みを受けてギシギシと軋む。  
ルキアは考え無しに前方へ身体を傾ける、ビュウは後方へ身体を反らすものだから、次の瞬間椅子は大きく後ろへ揺れた。  
一瞬、ふたりともひやりとしたに違いない。  
ビュウは慌ててボトルから両手を離し、左手でテーブルの端を掴んだ。  
と、同時に、反動で後ろへよろけたルキアの背中に右手を回して、その身体を支える。  
手を離れたボトルは、30センチほどの距離を鉛直下方向に落下。  
そのまま割れることもなく、床をゴロゴロと転がってゆくと、ビュウの背後の壁にコツンと当たって止まったらしかった。  
沈黙が落ちた。  
危うく転倒を免れたが、心臓はなおもドクドクと打っている。  
思い切り怒鳴ってやりたかったが、ルキアの背中に回したと思っていた右手が、そうではなくて彼女の腰を抑えていることに気付いてしまったものだから、逆に何も言えなくなってしまった。  
ビュウからはルキアの表情は伺えない。  
というより見上げればすぐそこにあるに違いないルキアの顔を見上げることができなかった。  
何か言わなくてはいけないと思うのだが、どんな言葉を口にしても地雷を踏んでしまうような予感がして、口を開けることすらできなかった。  
何故自分が言葉に窮してしまわないといけないのか、彼女が子供みたいに振る舞わなければこんなことには、という腹立ちと、自分がムキにならなければこんなことにならなかったと申しわけなく思う気持ちとがぶつかり合って、余計に石のように固まってしまった。  
いや、本当はどちらの気持ちも、右手に感じた感触を意識の底に沈めるために、敢えて考えようとしたことだったかもしれない。  
 
そんなこんなで、まず右手をどうにかすべきではないかという考えに至るまで、たっぷり3秒は固まってしまっていた。  
そうなると、今度はいかに自然に右手を腰から外すかが問題となる。  
──といっても、この時点でもう十二分に不自然なので、ビュウは心底その場から逃げ出したくなった。  
と。  
それまで椅子の肘かけをつかんでいたルキアの手がふい、と上がった。  
そのままビュウの頬に触れる。  
そこでようやくビュウは顔をあげて、ルキアを見た。  
ルキアの顔がすぐ近くにあった。  
唇が触れる。  
軽く啄むようなキスのあと、顔が遠ざかっていく。  
そのとき、ビュウはルキアの顔に浮かんだ必死にすがりつくような表情に初めて気がついた。  
「ねえ、ビュウ…私じゃ駄目?」  
そう言うルキアの声は、常の彼女のものとは思われないほど心細げでか細かった。  
「…ルキア、酔ってるんだろう?」  
ここへ来てもビュウはまだ卑怯にも逃げを打とうとした。  
いや、彼が恐れているのは、いわゆる責任をとらされる事態ではなく、むしろ愛情を抱き抱かれて、裏切り裏切られるという可能性だったと言える。  
だから基本的に、ルキアが好意を寄せるような言葉を口にしたとしても、彼はそれを信じているわけではないのだ。  
より正確に言うならば、信じないふりをして傷つくことへの防衛手段としていると言える。  
だが、それでルキアの気持ちが収まるわけがない。  
「酔ってなんかいない。お願い、ちゃんと聞いて。」  
そう言って、ビュウの手を握るとその手を自分の胸へと導いた。  
手のひらが薄い布越しに柔らかい乳房の感触を伝えた。  
それを感じた瞬間、ざわりと背筋の立毛筋が収縮する。  
 
さらに、ルキアはビュウの手の上から、それよりも一回り小さい自分の手を重ねると、その手を浅く円を描くように動かした。  
うつむき加減に、ただ一心にビュウに自分の熱を伝えようとするその様はいじらしい。  
ルキアの肉の内に秘めた熱は手を伝わって、じんと頭が痺れるような感覚を脳髄に起こした。  
知らず、ビュウはその指をわずかに動かしていた。  
「あ…」  
それを感じたルキアは、より一層激しくその手を動かそうとする。  
気がつくと、ビュウは、ルキアの腰を支えていた右手をずらして、大きくスリットの入ったスカートから覗いた太腿をそろりとなで上げていた。  
ルキアはびくりと左足を震わせると、胸をまさぐるビュウの左手に重ねた右手はそのままに、左手でビュウの背もたれをつかむと、それを支えにして身体をビュウに向かって前進させた。  
衣擦れの音がいやに艶かしく耳を打つ。  
元々大きく開いていたスリットが、ルキアが動くことでさらに大きく開き、白い腿がその付け根の辺りまであらわになった。  
その白い内股がちらりと見えた瞬間、ずしりと下半身が重くなるのを感じて、ビュウはじわりと額に汗をにじませた。  
今では、ルキアの胸に置かれたビュウの手は、はっきりと意志を持って動いていた。  
ビュウの指が、ルキアの豊かな乳房を浅く、深く揉む度に、ルキアは眉を切なげにひそめる。  
 
そして、空いた左手を自分とビュウの身体の間に割り込ませると、そのしなやかに長い指を、ビュウのそこへと伸ばした。  
そろりとなであげる。  
ビュウは思わずびくりと背を反らした。  
ルキアはビュウの反応に思わず怯えたかのように、指をつと離しかけたが、その弱気を叱咤するかのように唇をギュッと噛むと、さらに深くにぎり込んで上下になでた。  
ビュウは呻くと、それに反撃するように、右手の指をスカートのスリットの下に潜り込ませ、内股の付け根を大きくなぞった。  
「あっ…」  
ルキアはうなだれて、頭をビュウの肩に落とした。  
熱い呼気がビュウの鎖骨をなでる。  
 
3年前の出来事が、うたかたのように記憶の水槽をゆっくりと浮上して来た。  
 
ダフォラの自由革命軍がダフィラ宮殿を占拠した日の夜。  
宮殿の奥深くにしまわれていた酒の封は切られ、王のハーレムがあった場所は革命軍の宴の場と化した。  
ダフィラの解放軍のリーダー達は興奮してビュウ達に酒をすすめた。  
ビュウ達も同様に血に酔っていた。  
すすめられるままに杯を重ねては、流石は解放軍、英雄だと讃えられて胸を反らした。  
 
もうこれ以上は飲めない。天地がぐらぐら揺れるほど飲んだ。  
杯をもつ手つきも怪しくなって来たビュウ達を見て、リーダーは傍らの女にあごをしゃくった。  
女も心得たようにうなずいて、ビュウたちを寝室へ案内した。  
前を歩くラッシュが、彼に肩を貸している女の背中をさするのを後ろから歩くビュウはぼんやりと眺めた。  
部屋のベッドへどさりと身を投げる。  
女は一旦部屋を出ると、すぐに3人の女を伴って戻って来た。  
肌が褐色で瞳の色はグリーンの黒髪の女がビュウの相手だった。  
─隊長さん、緊張してるのかしら。砂漠の女はお嫌い?  
─カーナの王女さまのように肌の白い女のほうが好みなのかしら?  
女の声には軽侮の響きがこもっていた。  
─ビュウ…してもらえよ…  
ラッシュの声はとっくに余裕を失って、女にあやなされるままに熱に浮かされたうわ言のようだった。  
─俺はやめとく。  
ビュウは俯いてそう言ったのだった。  
 
「やっぱりやめよう、ルキア。」  
ルキアの肩に手を置いて、ビュウは言った。  
「いや、やめない。どうしてそんないじわる言うのよ。」  
「お互い酔ってる。後悔する。  
それにドンファンのことだって…」  
ルキアは顔を、さっとビュウの肩から上げた。  
「どうしてここでドンファンの名前が出るのよ?」  
女の熱が急速に下がっていくのがわかった。  
「ビュウ、最低。人をバカにしてるわ。  
私だってよっぽど考えて行動してるわよ…!」  
 
「でも後悔する、絶対。」  
諦念を滲ませて言われれば、ルキアも何とも言えなかった。  
何よりビュウ本人が自分自身の価値を見限ってしまっているのだ。  
「あんたって男は…どこまで卑屈なのよ!」  
「ごめん。」  
「ごめんって…そういう問題じゃあないでしょうが…」  
ルキアはきっと下唇を噛んで、下を向いた。  
「なんでよ…」  
顔に浮かんだ赤みは、情欲の残り火のためか、拒否されたことへの屈辱のためか、それともビュウにここまで卑屈を強いた何者かに対する憤りのためか。  
ルキアはビュウの膝から足を降ろすと、髪をかきあげて溜め息をひとつついた。  
「言っておくけど、私、気まぐれでビュウとしようと思ったわけじゃない。覚えておいて。」  
そういうと、ルキアはビュウの唇にキスを一つ落とした。  
「今日はもう寝る。おやすみ。」  
ルキアはその身を翻すと、寝室へとつながる廊下の暗がりへと消えた。  
あとにひとり残されたビュウは、うつむき加減に暖炉の残り火を見つめていた。  
 

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