――世界はまるで己が儘。  
 
 光遮るカーテンを勢い良く開け切る。途端、射し込む陽光にルキアは眩しげに目を細め  
た。窓の外に見える世界はこれ以上ないくらいの鮮やかな色を持ってルキアの彼女の眼に  
飛び込んできた。これほどまでに眩しい朝を迎えた事など今まであったろうか。それは命  
終えるかも知れぬ日の始まり。しかしその陽光は彼女を確かに祝福していたように見えた。  
「綺麗ね……」  
 思わず口を吐いて出る言葉。この何より美しい世界。その中心に自分がいる。そんな空  
想にルキアはただ微笑んだ。カーテンの裾を掴み、空を見上げる。淡い青色の空は吸い込  
まれそうな程に深く、そして高かった。  
 この言い切れぬ幸福は彼の持ってきてくれた物だ。その彼は背中の寝台でいまだ寝息を  
立てている。部屋はすでに眩しい光で満たされている。しかし穏やかなそれが途切れる気  
配は無かった。  
 ゆっくりと振り返る。そして確かめるように瞬きを幾つか打つ。  
 まさか夢が途切れずにここまで続いているのではなかろうか。そんな想像すら浮かんで  
きた。しかしそれならばそれでもいいと思う。こんなにも幸福な夢を見れるならば、それ  
でもいいとさえ思えてしまう。ただ覚めないで欲しかった。少しでも長く続いて欲しかっ  
た。ルキアは苦笑するように頭を振った。  
 
 足の裏に感じる冷たさは確かな物だ。そして腰に残る気だるさも、下腹部に響く淡い痛  
みもそうだ。それらに少しだけ安堵を覚えてひたりひたりと寝台へと歩み寄る。  
 未だ寝息を切らさぬ彼を起こさぬよう、静かに寝台に身を横たえる。柔らかな羽毛の布  
団に頬杖をついて彼の寝顔を眺める。無防備にただ彼は寝息を立て続けていた。そしてル  
キアはただ彼を見続けていた。  
 やがてそれだけでは物足りなくなったルキアが指先でそっと彼の頬をつつく。マメで硬  
くなった指が頬に沈む。白くしなやかな指先など疾うの昔にどこかに置いて来てしまった。  
しかしそれすら彼は愛してくれた。口づけてくれた。深窓で佇む高貴な姫に傅く高潔で忠  
ある騎士のように。  
 彼の唇に自らのそれをそっと重ねてみる。それはまるで眠り姫を起こす王子のようで、  
彼女は『これじゃ立場が逆かしら』と少し自嘲しながらまた、ゆっくりと唇を落としてい  
った。その唇は昨夜と変わらず甘い味がした。うっとりと反芻するように眼を瞑る。  
 鮮やかに思い出される昨夜の情事。それは甘やかな香りと共にあった。ルキアは大きく  
息を吸った。  
 ああ、そうだ。あの香りは――。  
 
                      
 
 優しくついばむようなバードキス。ルキアの心臓は張り裂けそうなほどに脈打っている。  
しかしそれに反して明晰な頭。その不思議なほどの冷静さに感謝して、ルキアは目の前の  
愛しい人にもう一度唇を寄せた。  
「愛しているわ」  
 もう一度、言う。  
「ええ、愛しているわ」  
 言い足りぬのか、再び言う。  
「ううん、愛しているわ」  
 しかし四度目は無かった。彼女がその色づく唇を開く前に塞がれたからだ。その蓋は彼  
の唇。しかし先程までの軽い口付けとは違った。  
 彼の唾液が流れ込んできたと思うと、すぐに舌が追いかけてきてルキアの咥内を蹂躙し  
始めた。前歯の裏側も、奥歯のさらの奥も、およそ全ての場所をビュウの舌が這いずり回  
っていった。ルキアだってただそれに甘んじていたわけではない。彼女も懸命に舌を絡め  
て、唾液を嚥下し続けた。それは何だか甘露のように感じられた。  
 唾液が唇と唇の隙間から滴り落ちて糸を作る。それは燭光を受けて、てらてらと輝いて  
いた。  
 ルキアの腰を遡行する手。彼をさらに引き寄せる手。互いに求め合う二人の心。部屋は  
すでに唾液の混じりあう音で満たされていた。  
 潤い、蕩けきった瞳で哀願する。  
「ねえ、お願い。続きはベッドでしましょ? もうこれ以上我慢できないの」  
 静かに頷く男。彼は労わるようにルキアを横抱きに抱き上げると寝台へと歩みを進めた。  
ルキアは陶然とした面持ちで彼の首に手を回した。  
 互いに紅潮した頬で微笑み合う。そっと男が愛を囁く。女も頷き、肯定を返した。  
 
 ぼふりと優しい音で彼女を迎える、柔らかな布団。誘うようにルキアが手を伸ばす。ビ  
ュウも抗わず、それに従った。  
「ルキアさん。――俺もあなたを愛しています」  
 幾度と無く吐き出されたこの言葉。嘘偽りの介在しない心からの告白。しかしまだ足り  
そうにはない。まだ想いの一分も伝えられてはいない。だからまた言うのだ。「――愛し  
ている」と言うのだ。気の狂った鸚鵡のように飽きる事無く、ただ口にし続けるのだ。  
 ビュウがゆっくりとルキアの胸元へと手を伸ばす。ルキアは頷いた。大きく胸元の開い  
たドレスを押し上げる膨らみが男の指先一つで形を変える。そしてルキアの口が面白いよ  
うに官能の音色を奏でる。いつもは血に染まる指先だ。しかし今は天上の音を奏でる楽器  
の演奏者だ。いつしか男の掌の中心でしこる何か。  
 ルキアが紅潮した頬をさらに染めて、恥ずかしそうに目を逸らす。ビュウは笑みをこぼ  
すとルキアの唇を優しく奪った。彼女も笑みをこぼして、また頷いた。  
 ゆっくりとたおやかなカクテルドレスを剥いでいく。美しいドレス。上等のシルクで織  
られたそれはルキアの持つたった一着の社交服。  
 彼女の首元に小さく光る青色の石。傍らに真紅に咲き誇る大輪の花。  
 ――今日は誕生日。世界が彼女を迎えた最初の日。  
 
 ドレスの下から現れる裸体。寝台の上に大きく広がる金の絹糸。乳房の頂上に見える桜  
色の蕾。淡い金の茂み。しっとりと円熟した肌。ルキアはただ若いだけがとりえの女では  
ない。――彼女は美しいのだ。  
 彼女が恥ずかしげに乳房とその淡い恥毛を覆い隠す。しかしその初心な挙動が、成熟し  
た身体とはアンバランスで。逆に扇情的に見えた。ビュウが優しくその障害を取り除く。  
ルキアは顔を背けている。顔は真っ赤だった。  
 キスをもう一度。今度は軽いついばむように。情欲を高める物ではなく、親愛の情を、  
胸を満たす感情を確かに示す優しいキス。  
「ねえ、ビュウも、脱いだら? 私だけじゃ恥ずかしすぎるわ……」  
 ビュウは言葉ではなく動作そのもので応えた。もどかしそうに上着を脱ぎ捨てる。その  
まま続けて、いつしか見えるのはよく日に焼け、極限まで鍛えられた無駄の無い身体が現  
れる。その様をルキアはうっとりと見つめ続けていた。それに気付いて彼も羞恥から目を  
俯かせた。  
 
 燭光が小さく照らし出す橙色の寝台。そこは今、彼女たちだけの世界だ。邪魔する物は  
何も無い。  
 ビュウがよく焼けた首筋から、陽射しから免れいまだ白さを保つ肌へと舌を這わす。そ  
のねっとりとした感触と羞恥にルキアは頭を振った。しかし舌は止まらない。乳房を舐め  
上げ、乳首を口に含み、舌先でコロコロと転がす。すぐにそこは痛いくらいに硬くなった。  
「ほら、ルキアさん。もう、ここがこんなにも……」  
「そ、そんな事。知らないわ」  
 恥ずかしげに顔を背けるルキアに、ビュウはその硬くしこった蕾を甘く噛む事で応えた。  
びくりと跳ね上がるルキアの腰。そして荒く吐き出される息。  
「もう……。ビュウったら……、悪戯しないで……」  
「ふふ、済みません。ルキアさんが余りに可愛かったもので。つい……」  
「可愛い……って、あまり私をからかわないで。自分の事くらい自分でも分かっているつ  
もりよ」  
 ルキアが俯き、自分の裸体を眺めて自嘲気味に呟いた。ミミズが這いずり回ったように  
も見える醜い傷跡。鬱血して未だ戻らないどす黒い痣。それらは薄い燭光の下でも、はっ  
きりとルキアの心に不快感を運んできていた。先まで紅潮していた頬も、青白く見える。  
「だから――」  
 しかしルキアの言葉をビュウの唇が制する。長い長い接吻。ルキアの瞳が再び、蕩けだ  
す頃、ビュウはゆっくりと唇を離した。名残惜しそうに唾液の糸が彼らを繋いでいた。  
「俺はルキアさんを愛しています。美しいと思っています。可愛いと思っています。それ  
では足りないのですか……?」  
「そんな事ッ!」  
「なら充分じゃないですか」  
 それに……。ビュウが続ける。  
「俺としては、ルキアさんの美しさを知っているのは、俺一人で充分だと思っていますよ。  
それなら、ルキアさんに腐れた虫も寄って来ることもありませんからね」  
 ビュウの言葉でルキアの脳裏に何かと自分に言い寄ってくる男が浮かぶ。そして、苦笑  
と共に理解した。『ああ、ビュウは嫉妬しているのだな』と。  
「ドンファンの事を言っているの? ビュウ。――大丈夫よ。私には、あなただけなんだ  
から……」  
「なら、もう自分を卑下するのは止めてください。――俺にだってあなたしかいないんで  
すから」  
「ええ、ごめんなさい。……ありがとう、ビュウ」  
 
 枕から頭を上げ、今度はルキアから唇を寄せる。やがて重なり合う唇。しかし、重なり  
合ったのは本当に唇だけだったのだろうか。  
 仕切りなおすように舌を絡めあう。互いの咥内に流れ込む唾液を歓喜と共に嚥下し続け  
る。ナメクジの交尾のような交歓に、獣欲を大いに刺激された肉は、女の身体には潤いを。  
男の身体には滾りをそれぞれもたらしていった。  
 ビュウがそっとルキアの茂みへと指を這わす。しとどに粘液にまみれたそこはビュウの  
指を悦びで迎えた。淡い茂みの奥に息づく肉芽を滑る指で探り当て、親指と人差し指で幾  
度もしごき上げる。その余りに強い快楽にルキアの腰が今までに無いくらい跳ね上がった。  
 軽い絶頂を迎え、虚ろな瞳で大きく胸を波打たせているルキアを呼び戻すように、ねち  
ょりとした水音と共に、ビュウが秘裂に指を探り込ませた。充分に潤っているそこではあ  
ったが、使い込まれていないのがはっきり分かるほどにビュウの指を締め付けてきた。  
「ビ、ビュウ……。イッたばかりだから。感じ過ぎッ……!」  
 ルキアの秘裂を弄る指が二本に増える。中で二本を別々に肉壁を引っかくように操る。  
それだけで先の絶頂で敏感になったルキアの身体は面白いように反応を返した。やはり一  
番はっきり分かるのが秘裂だ。ごぷりという擬音が聞こえてきそうなほどに愛液を垂れ流  
し、腰は跳ね上がる。  
「ひっ……! あ……ッ! ん……っ」  
「気持ちいいですか?」  
 その問いにルキアは悶えながらも懸命に頷き、その瞳はビュウを射抜いていた。  
「でも……、あなたの、ビュウので……、イかせて欲しいの。指なんかじゃなくて、ビュ  
ウの、ビュウを感じてながらイきたいの……。ねえ、お願い、入れて、入れてちょうだい  
……!」  
 ビュウだって余裕を持て余している訳ではない。すでに鈴口からは先走り汁が溢れ、亀  
頭を濡らし、びくびくとその身を震わしていた。  
 融けかかり、最後に残った理性でルキアが枕元の燭台に目を向ける。その意をすぐに汲  
み取りビュウは燃え盛る炎をふっと吹き消した。  
 音も無く、甘い闇が彼女らを包み込んでいく。その中でも爛々と輝く二対の瞳。そして、  
ルキアは頷いた。  
「あっ…、ああ……っ! ビュウ!」  
 潤いきった秘所にビュウが押し入る。歓喜に震える二匹の獣。  
 ルキアが耐え切れぬようにビュウの首に腕を回し、腰に脚を絡める。しかし、それが逆  
に彼女の身体を強く穿つ結果となった。  
 
「ひっ……。ふ、深い……!」  
「くっ……、ル、ルキアさん」  
 ルキアの中は暖かだった。そしてうねっていた。やがて熱く、強く包み込む。まるで胎  
内をじかに感じているような感触にビュウは夢中に腰を打ちつけた。  
 闇を切り裂くは喜悦の調べ。そして淫らな水音。  
 余りに強い快楽に跳ね上がるルキアの腰。ビュウはそれをしかと掴み、引き寄せるとル  
キアの朱鷺色の秘裂に、己自身をさらに押し込んだ。  
「ああああっ……! ビュウ……っ! ひ、ひもち良すぎるわっ!」  
 その歓喜の叫びに気を良くしたのか、圧し掛かるビュウはさらに抽送の速度を上げてい  
った。それに比例するように部屋に響き渡る交歓の音も大きくなっていった。しかしビュ  
ウの理性が持ったのはそこまでだった。  
 小手先のテクニックも、詰まらない虚栄心もすべて忘れて初心な少年のようにただ目の  
前の愛しい人に、己のすべてをぶつける。ルキアだってそうだ。自ら腰を振り、快楽を貪  
る。真っ白な頭には何の言葉も浮かんではこなかった。ただ一つだけ分かっていたのは、  
今、自分が抱き、そして抱かれている目の前の男がどうしようもない位、愛しいという事  
だった。  
「んあああっ……! あああぁぁぁ……! ビュウっ、ビュウッ、ビュウ……ッ!」  
 掻き毟るほどにビュウの逞しい肩に爪を立て、尻には脚を強く絡める。  
 やがてルキアには自分とビュウとの境界線がはっきりと分からなくなっていった。そし  
てそれはビュウも同じだった。溶け合い混じりあう、二つの心。そして二人は一つになっ  
た。  
 
 汗と体液で湿りきったシーツの上で寄り添い合う二つの影。どちらも、ただ微笑んでい  
た。情事の後、あれ程荒かった吐息も今はもう収まり、穏やかなものとなっていた。  
「ねえ、ビュウ……。子供、できたらどうする?」  
「子供ですか……? いいですね。そうか、子供か。俺とルキアさんの子供か……」  
 窓から空を見ながら、ビュウが言う。そう言えば避妊の事をすっかり失念していのだっ  
た。  
「でも、無理よね……。まだ戦争も完全には終わっていないし……」  
 ルキアが自嘲気味に言う。そうだ。確かに帝国との戦いには一応の終息を見た。しかし、  
まだ空を穿っている大穴が残っている。戦乱はまだ終わってはいないのだ。もし子供が出  
来てしまっていたら、堕胎せねばならない事は目に見えている。  
「大丈夫です」  
 ビュウが力強く言う。勿論、根拠なんか無い。それはルキアも分かっている。しかし不  
思議と納得してしまう自分もいる。  
 幾度、この言葉に励まされてきただろうか。実際、ビュウはこの言葉と共に何もかも成  
し遂げて来た。今回もきっとその通りとなろう。  
「ええ、そうね、そうよね。だから頑張りましょ?。……旦那様」  
「はい。そうですね。……我が妻よ」  
 二人で声を立てて笑い合う。  
 淡いサファイアと、甘く芳香を漂わせる薔薇だけがこの新たな夫婦を見つめていた。  
 

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