真剣な顔をした少女を前に、ヒースもまた真剣な面持ちで対峙していた。  
時刻は夕暮れ。間もなく日が沈み、夜がくる。  
場所はフランネル城の片隅に与えられた自分の執務室兼、自室のソファ。  
先日、どうしてもヒースにきいてもらいたい相談があるから会って欲しいといわれ、設けた機会である。  
そのときから、いろいろと想像はしていた。  
最悪、「急な話ですが、明日、世界が滅びることになりました」、といわれても仕方がないとさえ考えている。  
もとより、覚悟はできている。  
皇子とともに平和な世を目指してはいるが、それはいずれ訪れる滅びの間まで、民が心安らかにいられるようにと  
願ってのもの。いつまでもこの世が続かぬことは、魔王との戦いを経て理解しているつもりだ。  
だが、やはり世界が滅ぶといわれたならば、動揺はかくせまい。  
もやもやとそんなことを考えているが、ティアからは一向に話が切り出される様子がない。  
細い指を絡み合わせて俯いたまま、動く気配はない。  
それだけ深刻ということなのだろう。  
しかし、ヒースは白黒はっきりさせたい性分だった。  
それに、こんないつまでも生殺しの状態では精神によくないうえ、埒も明かない。  
ヒースは思い切って、尋ねることにした。  
「ティア……、オレに相談があってここへ来たのだろう? はっきりいってくれないか。  
どんなことでも、オレは受け止める。ちゃんと考えて、君への助言をしよう。  
そして、オレにできることならば、なんでもする」  
徒手流派の師匠として、魔王と共に戦った仲間として。  
ティアの大きな瞳が、ヒースの言葉を受けて潤んだ。ありがとうございます、という小さな言葉が、かすかにきこえた。  
話す勇気をもってくれたようでよかったと、ヒースが内心頷いた次の瞬間。  
ティアは、小さな両手を、小さな己の胸へと押し当てた。  
わ、わたし……!」  
胸の痛みを少しでも軽くするようなその仕草に、よほどつらいことなのかと、  
次の言葉を待ちながら、ヒースは自然と息を殺した。  
 
「胸が……ずっとこのままだったら、どうしよう……って! 私、私……!」  
は? と声を漏らすことすらできない衝撃がヒースを襲う。  
ヒースは絶句し、ティアはシクシクと泣いている。  
何も知らぬものがこの瞬間だけを目撃したら、なんて深刻なことを話し合っているのだろうかと思うだろうが、  
内容は胸。胸のことである。  
きかなきゃよかった。  
つい、そんなことをヒースは思った。  
「あ、今きかなきゃよかったって思いましたね?!」  
微妙な表情の変化に気付いたのか。ぎ、と目をつり上げたティアがそんなことをいうものだから、ヒースは肩を跳ねさせた。  
「っ!?! あ、いや。そんな、そんなことはないぞ……?!」  
「うそー!」  
顔に書いてあるもん! と叫び、ティアは顔を覆った。  
なぜバレたし。  
そのあと、わんわんと泣くティアを宥め宥めて事情を聞いてみると。  
とにかく、同世代の女の子にくらべて発育が遅いことを気にしているらしい、ということがわかった。  
そして、大人になってもこんな状態だったらどうしようと、たまらなく不安になったらしいことも。  
だが、それをなぜ男の自分に相談するのか。  
そういう性的な対象ではないからか、それとも師匠として全幅の信頼を寄せてくれているが故か。  
なんかもう、いろいろと考えていたことが馬鹿らしくなってきた。  
しかし、年頃の娘にとっては世界が滅ぶのと同じくらいに大切かつ真剣な悩みなのだということは、  
なんとか理解できた。納得はできないが。  
ヒースは、顎に手を当てた。  
 
「あ〜……、まあ、大きくする方法が、ないわけではないが……」  
「!」  
ばっとティアが顔をあげる。なんだか、水面に浮かぶ釣りの浮が、ぐんと大きな魚に引き込まれたような錯覚をもたらすほどの、  
食いつきっぷりである。  
「お、教えてくださいっ!」  
内心苦笑しながら、努めて真面目な顔をしてヒースは一本指を立てた。  
「まずは好き嫌いなく三食きちんと食べることだな」  
ふむふむ、とティアが頷く。  
「次に、適度な運動をすること。まあ、これに関しては問題ないんじゃないか? 日々冒険に出かけている君ならな」  
うんうん、とティアが頷く。  
「あとは牛乳を飲むといいかもしれん」  
古今東西、よくいわれている一般的な回答だ。  
「牛乳ですか……」  
ティアが小さく首を傾げる。  
「つまりだ、オレがいいたいのはな、身体が大きくなれば、そのぶんほかのところも成長するだろうということだ。  
痩せすぎでは育つものも育たんぞ。健康的に大きくなれ」  
「……そっか。そうですね! ナナイも背が高いですしね!」  
ぽん、とティアが可愛らしく手をあわせて微笑む。そういえば、占い横丁の魔女も背が高い。  
そして非常によい体つきだ。というか、彼女にその秘訣を聞けばいいのではないだろうか。  
「まあ、もうひとつ方法があるが、それはあれだな……」  
最後に脳裏に浮かんだ、確実に有効であるだろう手段を伝えるべきかどうか悩む。  
「まだあるんですか?! なんですか、教えてください!」  
身を乗り出すティアに、わずかに仰け反る。女の子ってすごい生き物だと妙に感心する。  
「た、単純なことだ。揉めばいいらしいぞ。刺激を与える、ということだな」  
押し切られるようにして、ヒースはそういった。これが、後に困った事態を引き起こす。  
「揉む……」  
ぺたり、とティアが自分の胸に手を当てる。薄い肩が小刻みに震えた。  
 
「そんな、揉めるほど……ない、かも……」  
そっちの心配か。  
ヒースは、噴出しそうになるのをなんとか堪える。笑ったら、絶対にティアは機嫌を損ねるだろうから。  
「まあ、好きな男ができたら、やってもらうといい」  
緩みかける口元を隠しながら、ヒースがそう付け加えると。  
「じゃあ、ヒースさんしてください!」  
あっさりと放り投げられた爆弾発言に、ヒースは目を剥いた。  
「はあ?!」  
ひっくり返った声が飛び出したのは、致し方ないだろう。  
ティアは、ぺかぺかとした眩しい笑顔で、とんでもないことを口にし続ける。  
「私、ヒースさんのこと好きです! それに、できることならなんでもするって、さっきいってくれたじゃないですか」  
いや、まあ、言ったは言ったが。そういう意味ではない。決してない。  
「いや、まて。オレがいう『好き』というのはだな、君がいうような感情ではなくて  
たった一人の相手を強く想うというか、そういう……」  
「私、ヒースさんのこと好きですよ?」  
「いや、なんというか……」  
ヒースは、ついに頭を抱えた。いかん、完全にティアのペースにはまっている。  
「君がオレを慕ってくれているのは嬉しいがな、そういうのと恋愛感情は違うはずだ。  
よく考えろ。オレに触られるのは嫌だろう? な?」  
「ええっと……」  
何とか思いとどまらせようとするものの、ティアは顎に細い指先をあてて、わずかに首を傾げるのみ。  
そして、数秒もたたぬうちに、ティアはほんのりと頬を染め、長い睫を伏せがちにして微笑んだ。  
「は、恥ずかしいですけど……ヒースさんなら、嫌じゃないなぁって思います……」  
そんなことをいうティアに対し、ヒースはこれ以上どうしたらいいのかわからなくなってしまった。  
 
「……」  
もうどうにでもなればいい。  
そんな言葉が浮かんだ瞬間、ヒースのどこかが、ぷつりと切れた。  
「わかった。してやってもいいが……後悔するなよ?」  
きらきらとした期待に満ちたティアの瞳に見つめられながら、ヒースは目を細めて脅しのような最終確認をする。  
「はい!」  
ティアが、こくこくと頭を上下させた。  
覚悟を決めて手招きすると、いそいそとティアがヒースに近寄ってくる。  
そんなティアを、己の足の上に横座りで落ち着かせる。ティアの細い腰に腕を回して支えながら、  
さてここからどうしようかと思っていたら、ティアがそっと服の裾をまくってくれた。  
「えっと、お、おねがいします……」  
実に協力的ではあるが、恥ずかしげな顔をしてそんなことをされたらなんだか物凄くいけない気分になってくるではないか。  
いや、実際いけないことをしようとしているのだが。  
ティアにとっては、医者に診断してもらうとかそのあたりと同じ感覚なのかもしれないけれど。  
まったく、なんでこんなことになったんだと思いつつ、ヒースは手をティアの服の下へとすべりこませた。  
「ん、」  
少し冷たかったのか、ティアがびくりと体を竦ませた。逆に、ティアの体温によって暖められた空間が、ヒースには心地よい。  
すぐに触れた乳房に、ヒースは痛くないように気をつけながら指先を沈めようと……。  
「……」  
というか、まあ、なんだ。  
沈むほど、胸がない。  
これでは確かになんというか将来に不安を感じてもしかたないようなー……。  
かなり失礼なことを考えながら、ヒースはゆっくりと指を動かしはじめる。  
「あ、はぅ……」  
対するティアは、真っ赤な顔をして与えられる感覚に耐えるように唇を噛み締める。  
まったくもって目の毒だ。しかし、それは甘く美味しい光景でもあって、視線がそらせそうにもない。  
だが、まあ、沈むほど質量があるわけではないが、肌は吸い付くように滑らかだし、張り詰めたような弾力もちゃんとある。  
触っていてまったく楽しくないわけではない。  
これはこれで、なかなか。豊かな胸が好みではあるが、意外とこういうのもいけるもんだと新たな発見をひとつする。  
そんな値踏みするようなことを考えながら、できるだけ揉むようにしつつ、手のひらで全体を撫で回す。  
つん、と存在を主張しはじめたところに、ヒースの指先が掠めた次の瞬間。  
 
「ひゃ……! あんっ!」  
「……」  
とたんにあがる悲鳴に近いティアの声。びりり、と鼓膜と一緒にヒースの背骨が震えた。  
おそらく、世界ではじめて、ヒースだけが聞いたであろう、ティアの喘ぎ。  
これはなんというか……物凄く。  
「――いい。……っ!?」  
ぼろっと零れたあまりにも素直な感想に、はっと我に返ったヒースは、慌てて口を噤む。  
「……ふぇ?」  
「な、なんでもない」  
涙目になっているティアが視線を向けてくるので、小さく笑って誤魔化した。  
おそらく引き攣っていただろうが、今のティアにはわかるまい。  
「もう少し、我慢できるか?」  
「は、はい……。んっ、ふ、ぁ……」  
「じゃあ、もうちょっとやってみるか」  
どうやら、まだ頑張れるらしい。ティアの意向を確認したヒースは、手の動きを再開させた。  
左右、どちらもあますところなく交互に、平等に可愛がるように。  
そして、悪戯に先端をひっかくとティアが声をあげて身を捩る。  
「ん、あっ……! あ、そこ……や、ぁ!」  
「ここか?」  
「あうっ!」  
きゅ、とつまみあげる。びくり、と震えたティアが、体を丸めてその刺激に耐えようとする。見えないけれど、きっと服の下で淡い赤に熟れているだろう小さなそこを、くり、と指の腹ではさみながら転がす。  
「ん……んっ――!」  
今まで知ることのなかった感覚に、素直に反応を示すティアの姿は癖になりそうなくらい、蠱惑的だ。  
うっすらと瞳のふちに涙を散らし、ティアがヒースをみあげてくる。ぞく、と体の奥底がざわつく。  
 
「ヒース、さん……そこ、違う、んじゃ……? は、ぅ……んんっ!」  
顔を上気させて、与えられるものを受け入れている。それが、たまらなく可愛らしくて。  
「……いや、ここも大事だぞ?」  
嘘ついた。  
「そう、なんですか……? あん、ん……ぅ、ああっ……!」  
ティアは、もうちょっと疑うことを知るべきだな、と。  
たった今、ティアをだました張本人はそんなことを思いつつ、小さな胸を下から撫で上げる。  
そうして、胸を大きくするための刺激を与えるという大義名分のもと、愛撫を繰り返していたのはどのくらいだったのか。  
「あ……ヒースさ、ぁん……も、わた、わたし……ん……!」  
なんだか、やめどきがわからなくなってきて、ヒースの意識が朦朧としてきたころ。  
ティアがぐったりとしながら、そんなことを訴えてきた。  
はっとヒースがわれに返った瞬間、ティアを支える腕にかかる重みが増した。  
ティアの小さな唇から漏れる息が、すっかりあがっていることに気付く。慌てて手を止める。  
「おい、大丈夫か?」  
顔を覗き込んで尋ねると、ティアが力なく頭を振った。  
どうやら初めてのティアには、いささか刺激が強すぎたようだ。度をこしてしまったらしい。  
「よし、じゃあこれで終わりだな」  
「……は、はい……」  
なんとなく、名残惜しい気持ちを抱えながら、ヒースはそっと手を抜き去った。  
「ふ、あ……っ、はぁ、はぁ……」  
ティアが、細い肩を上下させて息をつく。  
そのとろりとした表情が、まだまだ子供だと思っていたのに、ひどく艶っぽくみえた。ごくりと、喉が自然と鳴った。  
もやもやと体内に燻り燃え上がりそうになるものから目を逸らしつつ、のぼせたティアをそっとソファに横たえる。  
汗の浮かんだ額に張り付いた明るい色をした髪を、ヒースはそっと払った。  
 
ほにゃ、とティアが笑う。  
「えへへ、これでおっきくなりますか? ヒースさん」  
「ん……あ、ああ。きっとな」  
よかったぁ、とティアが嬉しそうに笑う。よかったのはこちらも同じ。  
もう少しあのままだったらやばかったような気がしないでもない。いろいろと。  
ほっとヒースは息をついた。とりあえずは、これで終わったのだ。無事に。  
いや、無事じゃないところもあるわけだが。  
「少し、ここで休んでいくといい」  
「はぁい」  
よい子の返事をきいたヒースは、ゆっくりとソファから立ち上がった。  
あまり意識しないように努めている無事でないところをどうにかするため、ふらり、部屋の扉へと向かう。  
と。  
「ヒースさん、どこにいくんですか?」  
至極当然なティアの問いかけに、ぎく、と身体の動きを止める。  
「あー……なんだ、ちょっと手洗いにな、い、いってこようかと」  
あいまいに微笑んでそう伝えれば、ティアは安心したらしく、「いってらっしゃい」と言った後、ソファに再び身を預けた。  
それを見遣って、次に自分の下半身に目を落とす。無事でないところは、その存在をちゃっかりと主張している。  
ヒースは深々とため息をついた。男の性とは悲しいものだ。  
ティアに欲情するほど飢えているつもりはなかったのだが、男とはそういうものなのだと慰めるように自分に言い聞かせ、  
ヒースはぎくしゃくと部屋を後にした。  
たまらない罪悪感と背徳感。そしてわずかだが確かに感じた快感に、身を苛まれながら。  
 
 
ティアが自分で揉めばよかったのではないか――ヒースがそう気付いたのは、一人虚しく処理をした、そのあとのことであった。  
 
 
 
 

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