「ほんとにそれでヒースさん喜ぶの?」
「間違いないわ。むしろ疲れが吹っ飛ぶはずよ」
赤い髪をかきあげ、自信たっぷりにいうナナイは、
見事な胸を誇るようにしながら言い切る。
「ん、んー……?」
だがこれまでの経験上、警戒がややでてきたティアは、
じっとりとナナイの瞳を見返した。
美しい、緑色の瞳が猫のように細くなる。
「別にたいしたことじゃないし、変な言葉でもないでしょ?」
「ええっと、ヒースさんが帰ってきたら、」
うん、とひとつ頷いたティアは、さきほど教えてもらった言葉を反芻する。
「ごはんにする? おふろにする? それとも……――っていえばいいんだよね?」
ごくごく簡単な話だ。帰ってきた大切な人を労わりたならば、
どうして欲しいかの希望を聞けばいいということだ。ただ、疑問が残る。
「それとも、のあとにはなにもいわなくていいの?」
ナナイに聞いたのはそこまでだ。
でも、ふつう「それとも」と言うならば、そのあとに何か続くのが
当たり前のような気がして、ティアはナナイに問いかける。
「そうそう。むしろそのほうがいいのよ。あ、いうときにはね、
ちょっと首をかしげて見上げる感じでいうとなおいいわよ」
自信満々、かつ楽しげにナナイがいうので、ティアは言われたとおりにしてみる。
「ん、っとー」
ヒースが帰ってくるところを思い浮かべる。
あの大きな身体が扉の向こうから現れて、自分をみつめた青灰色の瞳が
柔らかに和むところを。
「ごはんにしますか? おふろにしますか? それとも……」
そういいながら、ナナイにむかっていわれたとおりの仕草をしてみる。
きゅ、っとナナイが胸の前で手を結ぶ。頬がみるみる高潮していく。瞳が輝きを増した。
「ああもうっ、ティアったら可愛いわー! あの男にはほんともったいない!」
「うぎゅ、」
ぎゅうとその豊かな胸を押し付けてくるようにして抱きつかれ、
ティアは潰されながら声を漏らした。苦しいが、ナナイの胸はひどく心地よい感触だ。
すりすりと頬を摺り寄せられながら、ヒースさんもこんな風に喜んでくれるかな?
とティアはそんな未来を想像して、へにゃと頬を緩ませた。
そんなふうに昼の間によい助言を受けたティアは、上機嫌に魔女の館から帰ってきた後、
せっせと小さな我が家の中で動き回り、そのための準備に励んだ。そして。
「お風呂よし。ご飯よし、っと」
指差し確認をしたティアは、満面の笑みで大きくひとつ頷いた。
これでいつヒースがどちらを選んでも、充分に対応できる。
あとは、ナナイにいわれたとおりに尋ねるだけだ。
いつもならば、そろそろ城から帰ってくる頃合である。
わくわくと悪戯をしかけた幼子の気分で、ティアはちょこんと椅子に腰掛け、
今か今かとその瞬間を待つことにする。
ここ最近、ヒースはひどく疲れたような顔をしていることが多い。
きっと国同士のことはティアには考えも及ばぬくらい大変なのだろう。
そう、ドロテアとの話の中でティアは推測していた。
だから、できる限りのことをしたかった。この家に帰ってきたならば、
心安らげるようにしてあげたかった。世界で一番、大好きな人だから。
どんな風に喜んでくれるだろう。びっくりしてくれるだろうか。
そんなことを考えて、鼻歌交じりに時間を過ごす。と。
かちゃり、ドアノブが回る音が耳に飛び込む。
「!」
ティアは、椅子から勢いよく立ち上がった。
全身を家の出入り口に向けた瞬間、僅かに蝶番を軋ませて開く扉。
「ティア、ただいま」
ふわり、外の空気を絡ませて長身の男が入ってくる。
その存在を身近に感じるだけで、とても幸せを感じる。
ティアは微笑みながら、ひらりとスカートの裾を翻した。
「おかえりなさい! ヒースさん、ええと、その、」
ててて、と小走りに近寄って、ヒースの逞しい腕をとる。
「ん、どうした?」
ティアが何か伝えたいと察したのか、ヒースがほんの少し目線をさげてくれる。
そんな風に、自分のことを気にかけてくれるヒースの仕草が、
たまらく恋しくてどきどきする。
ティアは、ナナイの指導による仕草を懸命に思い出しながら、唇を開いた。
「ごはんにしますか? おふろにしますか? それとも……」
ヒースを見上げ、小さく首を傾げて。言い終えたときに、きゅうと指先に力をこめる。
どきどきとした胸から、ふ、と熱い息が勝手に漏れた。
「……」
押し黙ったまま、ヒースがわずかに目を見開く。
じっと、その瞳を見返すが――反応が、ない。
「……?」
ティアも、黙ったままさらに首をかしげた。
自分の言葉は、一言一句間違ってはいないはずだ。
だが、ヒースは喜ぶどころか、眉ひとつ動かさない。
「――いいのか?」
「え? ひゃ……!」
あまりにもヒースが動かないので、ティアが不安を感じ始めた頃。
熱のこもった口調でそういわれたと思ったら、そっとヒースに手が腰に添えられた。
する、と撫でられて変な声が飛び出す。ティアは、慌てて口を抑えた。
ただ単に触れたというには、あまりにも色を含む指先の動きに身を捩ると、
つっと背筋を遡られて、ぞくぞくと肌があわ立った。なんだかとてもまずい予感がする。
だって、これは夜に自分を求めてくるときのものによく似ている。
「ヒースさん……! あっ」
急にどうしたのかと、その顔を見上げてティアは息を飲んだ。
その精悍な面に、ゆるりと滲み出した色気に黙らせられる。
「君は、意味をわかってないのだろうが……」
「んっ」
いつの間にか、ヒースの腕が腰に回っていてもう逃げ出せない。
頬から首筋を撫でられて、ティアはぎゅっと目を閉じた。
「『それとも……』の後にはな、続きがあるんだ。知っているか?」
「え、だって、ナナイそんなこといってなかった……あっ!」
いうつもりはなかったのに、ついついナナイの名前を出してしまい、
はっとティアは口をつむぐが、遅い。
「やはりあの魔女の入れ知恵か」
「ゃぁ……!」
はむ、と耳が食まれて、ティアは反射的に逃げようと背を反らせた。
「それとも……の後にはな、『わたし』と続くのが定番なんだ」
くつくつ、とヒースが低く喉の奥で笑う。
はた、と今度はティアが固まる番だった。ヒースがそんなティアを覗き込んでくる。
「続けていってみろ」
「え、え……? んぅっ」
むにゅ、と促すようにヒースの大きな手がティアの小さな胸を揉む。
その先端が、服に擦れて微かな刺激に震える。
ティアは眉を寄せてそれに耐えながら、言われたとおりにする。
「ん、ぁ……えっと、ごはんにする……? おふろに、する……?」
「それで?」
ヒースが、動きをとめる。つられて顔をあげると、ヒースの笑みが深くなった。
「それとも……『わたし』……?」
ねだるような仕草と一緒にそう言うのは、自ら最後の選択肢へと誘うに等しい。
「――って、〜〜〜っ!?!!?」
言葉と、自分のしたことと、そしてヒースのこの行動の意味から導かれる答えに
ようやく気付いたティアは、言葉を失った。
騙された。騙された! またナナイに騙された!
かああ、と全身を赤い色に染め上げて、ティアは自分がとんでもないことをいってしまったと気づいた。
「で、オレはティアを選びたいわけだが……いいんだな?」
「う、ぅぅ〜……!」
嘘です、間違いです、というのは容易い。
そうすればヒースは残念そうにしつつも離してくれるだろう。
だがそうされれば、ティアが耐えられない。
すでに劣情の火を灯されてしまったのに、放置されたら、後々もっと大変なことになるに違いない。
「せっかく、ご飯もお風呂も用意したのにぃ〜」
泣きそうな声でそういうと、ちゅ、と宥めるようにヒースが額に口付けてくる。
「運動をすれば風呂にはいりたくなるし、腹も余計に減るだろう。ちょうどいいじゃないか」
だから、このままティアを選ばせろと暗に告げてくる恋人の厚い胸板を、
恥ずかしさ半分、怒り半分でぽかぽかと叩く。
「ヒースさんのえっちー!」
「君からの滅多にないお誘いだ。それを選ばなくてどうする」
自信満々に、やたらといい笑顔でいうことではない。
「ううう、わかってたら言わなかったのに……!」
後悔に項垂れるティアを、ヒースが軽々と抱き上げる。
「そういわれるのも、男として寂しいものがあるな」
そんなことをいうわりには、覗き込んだヒースの顔はひどく楽しげで。
なんだか悔しさを覚えたティアが、むむむと口を噤む前に。
「ん、んんっ……ふ、ぅん……」
ヒースの唇がティアのそれを覆った。
ついつい応えてしまうのを悔しく思いながら、ティアはヒースの首に腕を回す。
たっぷりとした深いキスの後は、いつもぼうっとしてしまう。
「は、ぁ……んんっ、」
つ、とわずかに繋がっていた名残を示す唾液の糸を、ヒースがぺろりと舐めとる。
びくっと身をすくめたティアにもう一度キスをして、ヒースが歩き出す。
もちろん向かうところなんてひとつだ。
寝台に降ろされ、そのまま押し倒される。
覆いかぶさり、食らいつくように唇をあわせてくるヒースとの間で、
ぴちゃり、と舌先が絡む度に音がたつ。
ティアが恥ずかしがることをわかっていて、ヒースはわざとそうやっていることは
もうわかっている。だが、ティアに、それに抗う術はない。
「ふ、ん……っ、あふ、ぅ……!」
男の熱く厚い舌先が、探るように蠢くたび身体の力が抜けていく。
頭の芯が痺れて何も考えられなくなる。舌が擦れる。気持ちいい。
きゅう、とお腹の下が鳴くような錯覚に陥る。
もうすでに、待ち望むように変化し始めた身体が恥ずかしい。
心だけでなく身体も、ヒースを求めている。
好き、と、うわごとのように繰り返しそうになるのを堪え、ティアはヒースに縋り付く。
その間にも、ヒースの手は器用にティアの上を行き来して。
すぐに衣服ははだけられ、素肌があらわになる。
男に愛された痕が、そこかしこに残るティアの身体をヒースの視線が這う。
「ぁ、ゃんっ」
ちゅ、と消えかけた痕に熱い口付けが落とされて、ティアはぴくんと肩を跳ねさせた。
「ちょっと待っていてくれ」
そういって体を起こしたヒースが、身につけているものを外していく。
篭手や鎧が外されていくたびに、あらわになるしなやかな筋肉に覆われたその身体を、
ティアは陶然と見上げた。
どうしようもなく、格好いい。
「もお……」
あまりにもヒースが好きすぎて、おかしくなってしまいそうだ。顔を覆って横を向く。
みていられない。心臓が口から飛び出したらどうしよう。そんなありもしないことを考える。
「どうした?」
やがて、不必要なものを取り払い終えたのか、ティアの身体に熱を持った肌が触れる。
ちゅ、と肩に柔らかな唇が触れる。
「……だって、ずるいです」
「?」
ぷるぷると震えながら、ティアは手の隙間からヒースを睨む。
よくわかっていないその顔が、腹立たしくて愛おしい。
ずるいずるいと連呼すれば、ヒースの瞳が細くなった。
「それは君のほうだと思うがな」
「そんなこと……!」
そういわれる覚えはないと語気を少し荒げると、ヒースがやれやれと頭を振った。
自覚しろといわんばかりのその仕草に、ティアが効果のない抗議をしようとした瞬間。
「君は、やることなすこと――いちいち可愛すぎるんだ」
「っ!」
ぐいと手が顔から強引に外される。
「ティア」
涼しい顔をして、当たり前のように寄せられる唇。
幾度重ねても心地よさしかみいだせない口付けが、また与えられる予感に体が歓喜に満たされる。
ティアは、ゆっくりと瞳を閉じていく。
「ヒースさん……好き……」
唇が触れる間際に囁いた言葉に、ヒースの身体がひとつ、震えるのがわかった。
「――オレもだ」
万感の想いがこめられた男の声に、背骨が鳴いた。きゅ、とその衝撃にティアは目を閉じる。
そこからはもう、ティアはヒースになされるがままだ。
口付けの後、申し訳程度に体を隠していた服はすべてとりさられ。
節くれだった長い指に中心を探られれば、そこはすでに潤んでいて、ティアの恥ずかしさは増すばかり。
身を捩ってそれから少しでも逃れようとするが、ヒースはそんなティアの痴態をじっくりと眺めている。
くちゅ、と音を立てて指が増やされる。
「は、ぁ、んんっ……ぁっ、はぁ、ん」
緩急のある指の動きに、腰が揺れる。
気持ちいいけれどもどかしい。もっと、いっぱいにしてほしい。もっと、もっと。
「ヒース、さ……もぉ、だいじょうぶ、ですから……!」
「オレはもっと乱れる君がみたいんだがな……。ほら我慢するな」
「っ、あ、ああっ!」
くりゅ、と蜜に塗れた指先が、ティアの敏感な部分が撫でまわし押しつぶす。
きゅん、と力が入ってさらに狭くなった場所を、ヒースの指が出入りする。
強い快楽に、ティアは細い喉を晒して仰け反る。
「ひぁっ、あっ、ぁあ――!」
身体が勝手に動く。びくびくと、意識では抑えこめない痙攣が、ティアの快楽のほどを伝えている。
「ふっ、くぅ、ん……ぁ、はぁ、はぁ……」
ティアは、シーツに皺が寄るほど握り締め、肩で息をついて心と身体を落ち着かせようとする。
ぼんやりと涙で霞む視界を動かすと、ヒースと視線が絡んだ。
欲に塗れた瞳を隠すこともせず、ヒースが僅かに赤い舌を覗かせて唇を舐める。
達したティアを前にしてのその行為は、肉食獣のよう。
食べられているのだと、改めて感じる。
「ぁ、あんっ!」
指が引き抜かれ、足が抱えられる。
まだ余韻の残る場所へと押し付けられる、大きく熱い楔に、自然と腰が引ける。
「ほしいくせに、逃げるんじゃない」
「や、そんなこと……! は、あんっ、くう……!」
くつくつと笑ったヒースが、ぐいと体重をかけて侵入してくる。
ティアは、息を飲んでそれを受け入れていく。
男の中心と自分の中心を組み合わせることで生まれる快楽が、背骨を駆け上がった。
シーツを握り締め、ティアは動き出したヒースに翻弄されるがまま、ただ鳴く。
視線を向けると、繋がって溶けていきそうなところがみえる。
最初は、あんなものどうやったって、はいるわけがないと思っていたのに。
今はもう、その熱さも硬さも、動くたびに生まれる気持ちよさも、すっかり覚えてしまった。
苦しいけれど、それすら悦びだ。
自分の一番深いところを、ヒースだけが知っている。
そう思うだけで、指の先から足の先まで、形容しがたい痺れが走る。
「きゃぁ!」
膝が、胸につくほどに押し付けられる。
持ち上がった下半身が不安定で、ティアは悲鳴をあげるが、ヒースはおかまいなしに腰を前後させてくる。
「あ、ひっ、やぁっ!」
浅い場所、深い場所、好きなように突き入れられて掻き回されて、壊れてしまいそうだ。
そのくせ、ヒースはときおりティアを気遣うような優しい仕草をみせる。
もう、身体だけでなく、精神がおかしくなる。
「あ、ぁ、ん、いい……! きもち、いい……っあ! ヒース、さんっ、ん、ひーす……!」
喘ぐ声は自分のものとは思いたくないくらいに、快楽を忠実にヒースへと届けていく。
身を折って、ティアの口の端でこぼれかかる唾液をなめとったヒースが、わらう。
「それはこちらの、台詞、だな……! っ、く……!」
「ん、ふ、あっ……ぅあっ!」
ぬるぬると擦れあう場所に神経を集中させれば、熱いヒース自身が脈打つのさえ、わかるような気がした。
「は……あぁっ!」
眉を下げ、口を開いて、ひたすらに声をあげる。
「あ、いく……、いく、……もぅ……! いっちゃ、う、んっ」
自分の全てを暴かれて、貪られ、奪われ。
そのかわりに与えられるのは、確かな快楽。
積み重なったそれが崩れるのが、近い。
こんな風に身体を重ねるようになって、初めの頃はこれがなんなのかわからなかったけれど――もう、知っている。
一番気持ちよくなる瞬間が、すぐそこに迫っているのだと。
強く閉じた瞼の裏に、いくつもの星が明滅する。ヒースが、何かを囁いている。
よく聞き取れないけれど、それはティアをさらなる高みに連れて行く。
「あ、あっ、も、あ、あああっ――〜〜〜っ!」
びくん、とティアの身体が強く跳ねた。
すべてが真っ白になる。収縮を繰り返すティアの中を、ヒースがさらに掻き回す。
津波のような快楽の波にのまれて、ティアはぼろぼろと涙を零した。
「あん、く、いやっ、もお、だめっ……だめなのっ、うごいちゃ、やぁ!」
「く、ティア……!」
逃げられないティアをさらに押さえつけ、ヒースが攻めたててくる。
体液に塗れた場所と、肌がぶつかる音がする。
自分を形作るものがその度ごとに、ひとつずつどこかへ溶け落ちていくよう。
「あ、ひっ……あうっ、ゃ、んんっ!」
「ティアっ! っ、」
最奥に、ヒースの先端が押しつけられる。
ぎゅうと身体を強張らせると、ヒースの腰が震えた。
ぐちゃぐちゃになったそこに、どろりと広がる感覚。
ヒースもまた達したのだと、ぼんやりとティアは思った。
「は、ぁ……はぁ、はぁ……う、んぁっ」
ゆっくりと身体の力を抜く。
熱を吐き出してもなお大きいヒースが、中から引き抜かれてティアは眉根を寄せる。
額が撫でられて、やわらかな口付けが降ってくる。
可愛い、可愛いと、言葉ではなく態度で伝えてくるヒースは、やっぱりずるい。
「うぅ〜……ひっく、うっ」
ティアはべそべそめそめそと泣きだす。声をあげすぎて喉が痛い。
なんてはしたなくなってしまったんだろう。
「自分で誘った結果だろう? 何も泣かずとも……」
呆れたようにいいながら、ヒースが目尻を唇で拭う。
言葉とは裏腹に、その仕草はひどく優しい。宥められて、余計に涙が溢れる。
確かに、ナナイのいうとおりヒースの疲れは遥か彼方へと消えていっただろう。
と、同時に、とても喜んでくれている。それはわかる。わかるけど。
ちょっと……いきすぎな感はいなめない。
自分が払う犠牲が、大きすぎた。
「だって、だってぇぇぇ〜……」
「まあ、今度からあの魔女のいうことを素直にきくなということだな」
「……はぃ」
それでも、くすんくすんと鼻を鳴らし続けていると、ヒースが身体を起こした。
離れられると、急に開いた距離に滑り込んだ空気が冷たくて心細くなる。
慌てたティアが、視線を送る前に。視界が高くなる。体が重力に逆らって浮き上がる。
「ひゃっ!」
「さて、次は風呂だな」
そういって、ティアをシーツごと抱え上げたヒースが歩き出す。
「あ! やだやだ、降ろしてくださいっ」
このままでは連れ込まれる。
危険を察知したティアは、ヒースの頬を両手で突っ張るようにして押した。
が、そんなことで逞しいヒースがどうにかなるわけもない。
ぐいぐいと押されながらも、びくともしないまま、ヒースが足を止める。
「なにをいっている。綺麗にしたほうがいいだろう、お互いに。湯が冷めるのも、もったいないしな」
「うっ」
二人とも、べったりとどちらのものともつかぬ汗やら体液やらに塗れている。
確かに放っておくわけにはいかない。お湯だっていつまでも温かいわけではない。
そのとおりだ。
でも不安に駆られたティアは、顔を引き攣らせて問う。
「な、なんにもしませんよ……ね? ね?!」
もう今日はいろんな意味で、自分は使い物になりそうにないのだと訴える。
ふむ、とヒースが目を細めた。
「そうだな、君がそういうなら何もしないが……」
ほっと、ティアが息をついたのも一瞬。
「だが、もし君が欲しいといったなら――その時は、覚悟してもらおう」
「っ!」
に、と男の色気たっぷりにヒースに微笑まれて、ぼんと頭に血が昇る。
そんなティアの様子をにやにやと眺め、ヒースが再び歩き出す。
「とりあえず、ここまでした責任をとって、ちゃんと綺麗に洗ってやろう。ティアはおとなしくしているだけでいいぞ」
「はぅ……」
それはもう、好き勝手にするという宣言に等しい。
どんな建前があろうとも、ヒースに触れられれば、ティアは堕ちるしかない。
きっと、すぐに自分は言わされるのだろう。
「欲しい」と。
上機嫌に扉に手をかけるヒースに抱え上げられたまま、この後のことを想像し――ティアはかくりと項垂れた。
だが、これからどうされるのかという淡い期待があるのも事実。
ほんの少し考えるだけで、じんわりと身体の奥に熱が戻ってくるのがわかる。
でも、このままいいようにはされないもん!
とりあえず、できる限りの抵抗を試みることを、無駄だと知りつつ心に誓う。
今宵二度目の戦場になるであろう場所は、ふわりとあたたかな湯気で、そんなティアを出迎えた。