「で、これはどういうことなの?」
ローアンの町長が住む豪邸の中、無意味に思えるほど巨大なテーブルを挟み、僕とシルフィは向かい合い座っている。
何処からどう見ても不機嫌全開なシルフィの前に置いてあるのは、美しい青色の小瓶であり、全ての事の発端だ。
このビンの中の液体を飲もうとしたところを彼女に見つかり、そのまま彼女の宅に連行され、今に至る。
「本当に、なに考えてるの。それとも自分は実はエルフでしたとでも言うつもり?」
「そうじゃなくて、えーっと…」
エルフの涙。
エルフに伝わる強力な霊薬であるが、純血のエルフ以外が飲むと効果が強すぎて目を回してしまうこともある。
僕は予言書に選ばれたものというだけあって、飲んでも平気。
だけど、何故平気なのか科学的に説明するのは難しい。
いや、普通の人が相手ならば『奇跡の力だ』と納得してくれるだろう。(そもそも、こんな薬知らない人のほうが多いかもしれない)
しかし相手はエルフの里で育ったエルフの子。
しかもこれを飲んだ事により、一度気を失ったことがある。
その為、この薬の効果は良くも悪くも分かっている。
その上人間を馬鹿にしている節のある子だ。
『奇跡の力』じゃ納得してはもらえないだろう。
しかし、僕だってそうとしか説明ができない。
「き、奇跡の力で…」
「はぁ?!馬鹿にしてるの?!」
ほらやっぱり。
シルフィの機嫌はますます悪くなってしまったようだ。
「ごめんね…?」
「何が?」
とりあえず謝ってみるも、鋭く言い返されると何も言えない。
女の子って怖い。僕は情けなくもそう思った。
それからは互いに一言も喋らず、ただただ気まずい時が流れる。
それなのに彼女は僕から視線を逸らそうともせず、じっと眼を見つめてくる。突き刺さる視線が痛い。
そもそもなんで僕がこんなに怒られなくちゃならないのだろうか。
溜息やら涙が出そうになるのを堪えながら、時が過ぎ去るのを待つ。
それから更にどれくらい経ったか、恐らく十分くらいして、ようやく彼女が口を開いた。
「あのねぇ、ハーフエルフの私ですら気絶してしまうような薬なんだよ?」
「…うん」
大げさに肩を動かし溜息を吐くシルフィ。
顔どころか全身に『呆れてますよ』と書いてあるように見える。
ああ、遂にお説教の始まりだろうか。
「人間のあなたが飲んで…もし死んだりしたらどうするの?」
しかし発せられた言葉は、意外にも僕を心配するものであった。
「…?えっと、それはどういうこと?」
いや、言った通りのことなのだろうが、予想外の事が起きると人は動転してしまうものだ。
素っ頓狂な僕の疑問を聞き、シルフィは顔を真っ赤にした。
ますます訳がわからない。
「どうって、どうもこうも、言った通りよ!そんなことも分からないからこんな馬鹿な事するのね!」
僕への苛立ちを捲し立てるシルフィ。
とても止められそうにはないので黙って聞いていると、彼女の顔はますます赤くなっていった。
「私が教えた薬で自殺しないでよ!後味悪いじゃない!いや、自殺じゃないのはわかってるわよ?でもじゃあなんであんな事しようとしたの?心配したじゃない!こっちの心臓が止まるかと思ったわ!」
言い終わった彼女の顔を恐々と覗きこむと、少し瞳が潤んでいるようにも見える。
とりあえず、僕の事をとても心配してくれたようだ。
それならば悪い事をした。
「ごめんね、心配掛けて」
神妙な顔をするのもなんだか違う気がしたので、にっこりと笑いながら謝る。
いや、笑う事こそ違うだろうが、嬉しくて笑顔になってしまう。
「そんなに想ってくれて、嬉しいな」
すると三度彼女は赤くなり、
「心配してないし!もう、わからないならいい!出てって!」
と、怒鳴りながら僕を責める。
理不尽な、と思いながらも逆らえず、睨まれながらシルフィの家を出ると、空に向かって僕は呟いた。
「女の子って怖いなぁ…」
肩を窄めて溜息を吐く僕のことを、預言書の中で精霊達がやけに笑っている気がした。