「――と、いうものなの。わかったかしら?」  
にっこりと、見事な赤毛の魔女が笑う。  
それに対して、紫紺色の髪を揺らして頷いた。  
その金色の瞳には、確かな決意。  
「わかった。そうすれば、ティアが幸せになるのなら」  
「よしよし、じゃあ頑張ってね」  
もうひとつ頷いて、少年は背を向けて歩き出した。  
その姿を、手を振って見送り、館の扉が小さな音をたててしまった瞬間。  
魔女は、一年最後の夜にして新年最初の夜ことを思い浮かべ  
――にやり、ほくそ笑んだのだった。  
 
テーブルの上、冷めかけたお茶を煎れなおそうかな、  
とティアが席をたったとき、テーブルの真向かいに座っていた  
アンワールが視線を流した。  
「そろそろか」  
「?」  
一年の最後の日、アンワールと一緒に年を越そうとしていたティアは、  
首を捻った。  
アンワールが見つめる時計は、十二時までにはまだ少し遠い。  
そろそろ、というのはどういう意味だろう。  
ポットを取ろうとしていた手を引っ込め、ティアは問う。  
「どうしたの?」  
今度はアンワールが首を捻る番だった。  
「しなくてはいけないのではないのか」  
「なにを??」  
二人そろってますます不思議そうな顔を見合わせる。  
「ひめはじめ、だが」  
ひめはじめ、それを口の中でなぞるように転がして、  
ティアは首をさらに深く傾けた。  
「なぁに、それ?」  
しなくてはいけない、ということから何か行事的・儀礼的なもの、  
ということは推測できた。  
「ローアンの街では、皆するもの、ときいた」  
「ええーっと……わからないなあ……」  
ティアは、この街に住み始めてから長い。だが知らない。  
とはいえ、全てを知っているのかといわれたら、  
そんな自信はまったくない。なので。  
「なにをするものなの?」  
素直に尋ねてみる。  
「年が明けて始めて男女が交わる行為のことを、そういうらしい」  
淡々とした声と、相変わらずの表情でアンワールが答えた。  
「ふーん……そうなんだ、知らなかっ……」  
ふむふむと頷こうとしたティアは、はたといわれたことを噛み締めて  
固まる。そして。  
「って、ええええ!?」  
火山のマグマもかくやという勢いで熱が頬に上がる。  
真っ赤な顔を隠すように、ティアは手を添えた。  
 
「な、ななななにそれっ、私そんなの知らないよっ」  
知らない知らないと、ティアは頭を振って繰り返す。  
「恋人同士の間でのみ語り継がれるもの、だそうだ」  
「えー!?」  
ティアはとうとう頭を抱えた。  
だが、いわれてみればティアは恋人はアンワールがはじめてだ。  
年頃の友達といっても、病弱なファナとそういうことを話したことは  
ないし。  
もしかしたら自分が知らなかっただけで、そういうものがあるのかも  
しれない。  
自信満々なアンワールの様子に、自分が無知なだけであるような  
気さえしてきた。  
「えっと、でもでも、まだ年は明けてないし、その……」  
ごにょごにょとティアはいってみるものの、アンワールは揺るがない。  
「年越しの瞬間に結ばれて、そのままひめはじめをすると、  
一年幸福が訪れる――とのことだ」  
「それ、ほんとなの……?」  
アンワールが嘘をつける性格でないことは知っている。  
だが、疑いは抜けきらない。  
そんなティアに、アンワールは「さあな」といった。  
「だが、ティアが幸せになれるのであれば、いいとオレは思った」  
「う、」  
真正面から視線をそらすことなく、むしろ誇らしげにそういってのけた  
アンワールの姿が何故かまぶしい。  
心から、そう思っていてくれるのがわかって、  
ちくちくと罪悪感が込み上げた。  
ティアは、ぎゅっと胸元で手を握り締める。  
もじもじと俯いて、少し考える。  
恋人同士になってから、そういうことがなかったわけではない。  
なんとなくそんな雰囲気になったとき、そのまま夜の隅っこで  
隠れるように肌を重ねてきた。  
だから、面と向かっていわれては、恥ずかしくてたまらない。  
「ん、んー……その、それをすれば、アンワールにも、幸福が訪れる?」  
いろんなことを脳裏に描きながら、ティアはアンワールがいっていたことを確かめる。  
「オレのことはいい」  
瞳をふっと和ませて、アンワールが笑いながら席を立ち、  
ティアの傍らへと歩いてきて、その指で色づいた頬を撫でてくる。  
「オレは、ティアが幸せで、オレの側にいてさえくれれば……  
それ以上の幸福などない」  
「アンワール……」  
その言葉に、ふわと胸に暖かな何かがともる。  
じわ、とティアは瞳を潤ませた。  
小さく、こくりとティアは頷く。  
 
「……ん、わかった。じゃあ、私は明かり消すから、先にベッドに……」  
「だめだ」  
「!?」  
身を翻そうとしたところで手首を捕えられて、ティアは目を見開いた。  
「それではちゃんと、年のかわる瞬間に結ばれたかわからないだろう」  
それはつまり――明るいままで、行為に及ぶということですか。  
「そ、そそそそ……」  
あまりのことにティアが口を開け閉めしていると、問答無用といわんばかりに、荷物のように抱え上げられた。 
そのままアンワールは寝台へと一直線に歩いていく。ティアは、ことの重大さを察した。  
「や……! やだやだ、明かり消してっ!」  
「だめだ」  
じたばたと手足を動かしてみるが、アンワールにとってはそんなもの  
抵抗のうちに入らないらしい。  
簡潔にだめだしされて、ころん、とティアは寝台へと転がされた。  
「あ、やだぁっ」  
する、と衣服に手をかけられてひらかれる。  
手を伸ばして抵抗しているはずなのに、アンワールはたやすくティアを  
裸にしていく。  
あっという間に、胸元は肌蹴られ、柔らかなふくらみが露になる。  
「前から思っていたのだが、」  
「……?」  
「なぜ、執拗に明かりを消したがる?」  
こうして、ずっとティアをみていたいのに――  
そう見下ろされながら告げられて。ティアは、言葉につまった。  
「ぅ……そ、それは、その……」  
その綺麗な瞳が、自分の肌の上を撫でていくことが。  
その純粋な瞳が、快楽に溺れる自分を見下ろすことが。  
その無垢な瞳が発する視線に、犯されているように錯覚してしまうから  
――たまらなく恥ずかしいのだ。  
黙ったティアに対し、アンワールはじっと応えを待っている。  
あまりにみつめられすぎて、感覚が麻痺してくる。  
「は、は、恥ずかしい……ん、だもん……」  
消え入りそうな声でそう訴えるも、アンワールが相手では通じない。  
「なにがだ?」  
きょとん、とアンワールがいう。  
「だ、だって、だって……!」  
ティアは精一杯身を捩るが、アンワールはその細身にどうしてそんな力があるのかわからないが、涼しい顔をして押さえつけてくる。  
「わ、私ってナナイみたいな体つきじゃないし!  
それに、普通は裸みられたり、こんなことしてたら  
恥ずかしいものでしょ!?」  
「……そうか?」  
ますます不思議そうな顔をしたアンワールがいう。  
「身体をぬぐうときも、幕家で眠るときも、皆が裸になるだろう」  
とくに夫婦であれば気にすることもない――  
そんなことを、けろっといわれても。  
もう、感覚が違いすぎる。ふえぇ、とティアは涙目になった。  
 
「それに、恥ずかしがる必要などない」  
「ん、あっ」  
きゅ、と胸の頂が摘み上げられる。指先で弄ばれるたび、全身が痺れる。深いところが、熱くなる。  
「ティアはとても、綺麗だ」  
甘く、アンワールが微笑む。  
であった頃には、なかった笑顔に意識が沸騰しそうになる。  
「〜〜〜〜っ!!!」  
こう、照れるそぶりもなく当たり前のことを当たり前のものとして  
告げるように。心底そう思っていると疑う余地もない澄んだ瞳で  
そういうから――たちがわるい。  
こんなにもどきどきするなんて。心臓が壊れたらどうしよう。  
はう、と吐息を漏らしたティアに向かって、アンワールが上半身を倒す。張り裂けそうな心臓を秘めて上下する胸元へと、顔が寄せられた。  
さら、と長い紫の髪が肌に落ちてくすぐったい。  
「きゃ、は、あぅっ……アンワールっ」  
震えて立ち上がる頂が、舌で転がされときに吸い上げられる。  
繰り返される度に、力が抜けていく。  
なんとか逃れようと試みるが、アンワールはティアへの愛撫を止める  
気配などない。  
含まれていないほうを、褐色の指先がひっかく。  
「んんっ、あ、あんっ」  
ぴりり、と胸元から広がる感覚に、ティアは素直に声を漏らした。  
その反応にもう大丈夫かと思ったのか、アンワールの手が動く。  
わずかに上半身が持ち上げられて、魔法のように衣服がティアのもとから消えていく。  
そして手のひら全体が、ティアの白い柔肌にそっと重なる。  
「あ、ん……くぅ、ん……」  
ティアという存在が、確かにそこにいるということを確かめるように  
肌をまさぐられる感覚に、ティアは鼻にかかった吐息を漏らした。  
腹と腰付近を彷徨う指が、スカートのホックを外す。  
そのまま、するりと中へともぐりこんでくる。  
「きゃ、あぅっ!」  
すり、と下着の上から敏感な部分をなぞられて、  
ティアはぎゅっと目を閉じた。  
そのまま、わずかにずらしたところからもぐりこんできたものの熱さを、ティアは綻びかけた場所の入り口で感じた。  
その動きに翻弄されて、わけがわからなくなってくる。  
気付けば、スカートも下着も、足から抜き去られていた。  
とうとう全裸になったティアが、触れる空気に身を震わせていると、アンワールがばさりと衣装を脱いだ。  
明るいところでみる少年の裸体に、ティアは一瞬目を奪われる。  
伸びる手の動きを、ぼんやりと目で追う。  
 
「は、ぁ……や、アンワール……!」  
すぐに、片足の膝裏に手をいれられ、胸元まで折り曲げられた。  
女の部分を晒す格好に、ティアは全身を桃色に染め上げていく。  
みないで。  
そう思うのに、言葉にならない。  
「はぅ、あ、あああっ」  
ぬるりと溢れかけていたものを掬い取るようにアンワールに触れられて、ティアは仰け反った。シーツを握り締める。  
指先が、侵入してくる。  
小さく鳴いてティアは身体を強張らせるが、そこは熱く潤み、  
恋しい人を迎え入れて喜ぶようにひくついた。  
そんなに身体を重ねたとことはないはずなのに、  
アンワールに触れられるだけそうなってしまう自分が、  
ひどく淫らな子のような気がして羞恥に苛まれる。  
抜き差しされながらじっと注がれる視線に、身体が反応してしまうのが  
とめられない。  
だから、明るいのは嫌だといったのに。  
「んんっ」  
浅く深く指が蠢き、かき混ぜられる。  
そのたびに、微かに耳朶に届く濡れた音。それもまた、ティアを煽る。  
恥ずかしいけれど――気持ちいい。きもちいい。  
もっとしてほしいと、あさましくも願ってしまう。  
アンワールの指が動くたび、加速していく快感にティアは眉を顰めた。  
「は、あっ、そこ、は……! んくぅ、あ、だめぇっ!」  
入り口の上にある芽をいじられて、ティアは限界に達したことを伝える  
ように叫んだ。  
「も……う、アンワールっ」  
奥底まで犯す指を締め付けながら、ティアは訴える。  
だが、アンワールは首を振った。  
「まだだ。まだ時間じゃない、ティア」  
「え」  
くい、と顎で示された時計。涙に滲んだ視界に映したその姿は、  
十二時まであと五分ほどあると告げていた。  
 
「んんっ! あ、や、やだ、もぅ……すこし、なのにっ……!」  
ティアは、か弱く頭を振った。あと五分もこのままなんて。  
たった五分のはずなのに、今のティアには、それがとてつもなく  
長いものに思えた。  
そんな、まだだめだというお預けが、ティアの枷を壊した。  
「ん、アンワールぅ……! ん、んっ」  
自ら腰を揺らし、少しでも多くの快感を得ようと動く。  
恥ずかしいのに、こんな淫らな姿を見られたくないのに、止まらない。  
「は、あっ……く、ぅ……! ぁ、ふ、うん……っ、あぅ!」  
じゅ、じゅぷ、と先ほどよりも蜜の絡まる音が大きく響く。  
少しずつ、ティアは高まっていく。  
「あ……ぁ――!」  
もう少しの刺激で、爆発するほどに膨れ上がった快感に、  
ティアが背筋を震わせた瞬間。  
「ティア」  
「え……?」  
快楽を追いかけることに夢中になっていたティアから、  
ずるりと指が引き抜かれる。  
「年があける」  
その言葉とともに、ぴたり、熱くて硬いものがティアの入り口に  
添えられた。それは、見下ろして確認するまでもない。  
「え、あ……まって……いまは……!」  
溜め込んだものは、解放されるときを待つように、  
ティアの中でくすぶっている。  
「きゃぁっ」  
今、ひとつになってしまったら、どうなるかわからない。  
ティアはそう言おうとするものの、ぐいと両足を開かれて  
なすすべがない。  
かちり、と音を立てて針が揃う。  
真上をさして、年がかわったことを告げる。  
そして、それにあわせてティアは貫かれた。  
 
「あああああっ!!」  
充分に潤った場所に、突き入れられた指とは全く違う質量に、  
ティアは大きな声をあげた。  
頭の中が、真っ白になる。雷が、落ちたようだった。  
自分でもよくわかる。ようやく訪れたものに、逃がさないように  
絡み付いて、きゅうと締め付けている脈打つ内壁。  
間違いなく、喜んでいる。  
ぴくぴくと、達したティアの一番奥をアンワールの先端が、  
ぐりりと押し上げた。  
「ティア……」  
気持ちよさそうな息をついたアンワールが、ティアの足を抱える。  
「好きだ……」  
「は、ぁあんっ」  
アンワールが動き出す。  
ぎゅう、とシーツを握り締めてティアはそれに耐える。  
達してさらにうねるティアのなかを味わうように、  
ゆっくりと引き抜かれる感覚。  
「ティア……」  
「ん、くぅ……!」  
入り口近くまで戻った先端が、浅く数度出入りする。  
「あんっ、んっ、んっ」  
もどかしさに、ティアの腿が震えた。  
アンワールのさらなる行為を誘うに、とろりと粘液が溢れる。  
「気持ちいいか、ティア?」  
こくこくと、ティアは頭を上下させる。言葉で答える余裕がなかった。  
そうか、と。どこか安心したように微笑んだアンワールが、  
腰を勢いよく押し出した。  
「あ、ああっ、ひ、あっ!」  
ずん、と奥まで届くように貫かれ、そして勢いよく抜かれる。  
強い刺激に、ティアは声をあげるしかできない。  
少しずつ角度を変えながら、アンワール自身がティアの内部を  
あますところなく愛していく。  
「ん、く、あ、ああっ!」  
ティアはきつく目を閉じて、嵐のように襲い来るもの流されまいとする。  
だが、抗うのは無意味なことだった。  
すぐにティアは高みへと高みへと、引きずり上げられる。  
「は、あ、アンワールっ! も、わたし……わた、し、だめぇっ!」  
髪を乱し叫ぶように現状を伝える。  
わかった、とアンワールの艶を帯びた了承の声が小さく落ちる。  
さらに巧みさを増す動きに、ティアは一瞬歯を食いしばる。  
が、唇からは容易く声にならない嬌声が漏れた。  
ティアの声と、男女の交わる音が響く中、とどめといわんばかりに、  
アンワールの指がティアの敏感な芽をきゅうと摘み上げ弄った。  
 
「ひっ、あ、ああ、あぅ! っ〜〜――!」  
その刺激の強さに、ティアはがくがくと身体を震わせながら、達した。  
く、と小さく呻いたアンワールから迸るものを感じながら、  
ティアはゆっくりと全身の力を抜いた。  
残る快感に、全身がぴくぴくと小さく跳ねる。  
覆いかぶさりティアを抱きしめてきたアンワールの重さを感じながら、  
呼吸を整えていく。  
しばしの後。浅い息をつきながら、ティアは薄っすらと目をあけた。  
褐色の肌に汗を滴らせたアンワールが、とても幸せそうに微笑んでいる。  
母性をくすぐるようなそのあどけない笑顔に、胸が高鳴る。  
「ティア。これで、今年一年おまえに幸福がきっと訪れる」  
「ん……。アンワールにも、幸福がありますように……」  
えへ、とティアが笑うとそっと顔が寄せられた。  
ティアは、うっとりと瞳を閉じてそれを受け入れる。  
二人、小さな舌を絡ませて、余韻に浸るような口付けを交わす。  
これだけでも、充分に幸福だと、ティアは思う。  
と。  
「ん、んんっ!?」  
ゆらゆらと、まだ繋がっていた部分を刺激するように、  
腰が動きだすのを感じて、ティアは瞳を開いた。  
中で、ぐっと大きくなっていくもの。  
「ぷは、や、あんっ、アンワール……!?」  
口付けを振りほどいたティアが叫ぶように名を呼ぶと、  
にこりとアンワールが笑った。  
「もう一度、だ。ティア」  
「や、待って……少し休ませ……あ、ああっ、ふぁ、んっ! んんっ!」  
訴えは再び動き出したアンワールに届くことなく空気の中に消え、  
それを飲み込むようにティアの喘ぎが部屋に木霊した。  
 
 
古い年が去り、新しい年が来た。  
過ぎ去った過去も、これから訪れる未来も。  
この恋人たちにとっては、幸せであることに間違いはないのだろう。  
 
「ティア」  
しっとりとした女の声に、ティアは振り返った。  
占い横丁へ続く道にたつ長身の美女。  
見知ったその顔に、ティアは笑顔を浮かべて頭をさげた。  
「ナナイ。あけましておめでとう」  
「ええ、おめでとう」  
ティアの挨拶に、ナナイも会釈を返してくれる。顔をあげたナナイが、  
にこりと微笑む。同性のティアからみても魅力的な笑顔である。  
「お互い、いい一年になるといいわね」  
「うん!」  
友人の言葉に、ティアは力いっぱい頷く。  
そんなティアを微笑ましそうに目を細めて見下ろしたナナイが、  
顎先に優雅に指先をあてた。  
「でもまあティアは、新年早々幸せだったでしょうから、  
私がいわなくてもいいのかしらね」  
ふふふ、と含み笑いとともにいわれた言葉に、  
ティアは目をしばたたかせた。  
「えっと……?」  
なんのことだろうか、と思いながら首を傾げたと同時に、  
なぜだか嫌な予感がした。  
にやにや、ナナイが笑う。  
ぐっと、長身を折り曲げティアの耳に赤い唇を寄せてくる。  
「教えてあげたとき、張り切ってたものねぇ。  
二人でお楽しみだったんでしょう? ――ひめはじめ」  
ナナイはそう、小さく囁いた。  
その単語に、ティアは肩を跳ねさせた。  
「っ!」  
ぼっとティアはその日のことを思い出して、真っ赤になった。  
あのあと、アンワールが離してくれず、そのまま二度三度と  
乱れあった記憶がまざまざと蘇る。  
「ほほほ、その分じゃあ、アンワールったら随分頑張ったのね!  
じゃあ、今年も二人でお幸せにね、ティア。ああ、お礼はいらないわよ」  
そういって、にやにやとしたまま外套を翻してナナイが背を向ける。  
あまりの衝撃に、ティアは何をどうすればいいのかわからない。  
わなわな震えながら、ティアはスカートを握り締めて俯いた。  
じゃあ、あれって、あれって、全部ナナイが仕組んだってこと――!?  
混乱しきったティアの思考回路がそこに到達するまでにかかった時間は、  
魔女に逃げきるだけの距離を与えた。  
ばっとティアは顔をあげる。  
道の先、小さくなっていくその背に、ティアの中で何かが音を立てて  
切れた。  
「な、な、ななななな――ナナイー!!!」  
怒りと憤りと恥ずかしさとで叫びながら駆け出したティアの先、  
ナナイが髪をなびかせて走り出した。  
 

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