恋人たちの夜となれば、することは当然ひとつ。
しかもそれが、相変わらず互いに恋焦がれて愛しさを日々募らせる二人ならば、なおさら。
だが、今宵はその二人の間に、微妙な空気が漂っていた。
寝台のうえ、枕をぎゅっと抱きしめて、赤い顔を半ば埋めたティアの可愛らしさを、
いつもならば堪能するところであるのに。ヒースは、ひく、と頬を引きつらせた。
「……ティア……なん、だと……?」
今、耳朶を打った音のもつ意味を信じられなくて、ヒースは掠れきった声でなんとかそういった。
だが、相手の少女は、ですから……! と、必死な様子でもう一度爆弾を落とした。
破壊力抜群の、それを。
「ヒースさんが、してるところが……みたいんです……!」
「……」
額に手を当てて、ヒースは言われたことを反芻した。
みたい。
何を? してるとこ? オレが? だから何を? って、あれか、ナニか。
この状況から導き出される答えにたどり着いて、ヒースは一瞬だけ、乾いた笑いを浮かべた。
だってもう、笑うしかないではないか。
自分でもかなり混乱しているなと思いつつ、ヒースはティアに詰め寄った。
「いやいやいや、まてまてまて。なんでだ、どうしてそうなる?」
「だ、だって、いつもその……ヒースさんの、顔、みれないから……」
ごにょごにょと、恥ずかしそうに気まずそうにティアがいう。
内容を考えなければ、思わず見蕩れていただろう、その仕草と表情。だが、それどころではない。
「……」
ヒースが沈黙してしまったことに焦ったのか、ティアが勢いよく顔をあげた。
「わ、わたしばっかり顔みられるのって、不公平だと思うんですっ」
そこが本音か。
「いや、だからといって……」
ひとりでするところを見せろなんて、なんということを。
「だって、それなら私ちゃんと顔みられるじゃないですか!」
それはそのとおりだろう。だが。
「……勘弁してくれ」
ヒースは大きな手を額に当てた。
何が悲しくて、愛しい恋人の前で自分の手で自分を慰めなければいけない?
そういう趣味の輩もいるのかもしれないが、生憎とヒースにそんな性癖はない。
「ティアがちゃんと目を開けてみればいいだけのことだろう」
「そ、それができないから、お願いしてるんですっ」
確かに、いつもすぐに覚えたての快楽に溺れてしまうティアは、
果てるときも、ぎゅうと目をつぶっていることが多い。
たまに視界をあけていても、焦点の定まらない潤んだ瞳で、ぼんやりとしている。
それではこちらの様子を伺うことは、確かにできないだろうが。
しかし。
「いや、無理だ」
切り捨てるようにティアの願いを却下する。ティアの大きな瞳が、吊り上った。
「ヒースさんの顔がみたいんです!」
「ならば、ティアが頑張ってくれ」
「だから、無理なんですってば!」
「こっちだって無理だ!」
きゃんきゃんと言い合ったあと。うぐぐぐ、とティアが口を噤んだ。
対するヒースも、腕を組んで譲歩できるところはない、と態度で示す。
だがこのままでは解決はしない。どちらかが譲り合うか、代替案をだすべきだ。
ヒースは、小さく息をついた。
「じゃあ、こうしよう。試しに、ゆっくりやってみないか?」
「え?」
きょとん、とティアが目を瞬かせる。そんな少女の眼前に指をたて、ヒースは続ける。
「君がすぐ夢中にならないように、オレは気をつけて声をかける。ティアは出来る限りその注意に従う。どうだ?」
つまり、いつものように貪るように、ではなく。互いを認識しながら、
じっくりと行為にとりかかることにより、二人の要望を満たそうということだ。
ヒースの顔をみたいというティアと、ティアと交わりたいヒースにとっては、この手段しかない。
「ぅ、ん、ん〜……わかりました」
できるかどうかの不安はあるのだろうが、ティアも最終的に頷いた。
で。
互いの吐息と、睦み合う肌の音、そして交わった場所の溶け合う音が、小さな家の中にしっとりと響く。
それは、隅にうずくまる闇に溶けて消えていく。
寝台の側に置いたランプの明かりに照らされながら、男は細い少女を組み敷き、その中心に熱い楔を打ち込んでいた。
いつもよりなお時間と丁寧さをこめて愛撫したそこは、意識が揺らぐような快楽に震えている。
「ティア」
「ん、は……ぁっ」
仰け反り持ち上がった細い顎先に、舌を滑らせヒースは低く囁く。
「ほら、ちゃんとこっちを向け」
「あ、ひーす、さ、ぁん」
顎を引き、長い睫に雫を絡ませたティアが、甘ったるく名を呼んで見上げてくる。
ぞく、とそれだけで心地よく背骨に電流が走るよう。
随分と、目の前の少女に溺れてしまったものだと、感慨深く思いながらも、その幸福に笑う。
「は、……ほら、」
ティアがこちらを向いたことを確認して、ヒースは腰を押し付ける。
ぐり、と動かすとティアが跳ねた。反射的に、きゅっと瞳が閉じられる。
「んぅ!」
「おい、目を閉じるな。視線をそらすな。オレは、こっちだ」
「あ、あん……ヒースさ……、はぁ、ぅ、く」
意識が解けていってしまいそうなティアに、いつもよりもっと多く声をかけながら、
ヒースはもどかしいほどのゆっくりさで、ティアの中から快感を掻き出すように自身を動かす。
そのたびに、ティアが「ん、く、ぅん……」と、鼻にかかった声を出す。
ああ、これもいいな、とヒースは思った。
嵐のように、思うままにティアを抱くのもいいけれど。
こうして、声をかけあい視線を結び合うことで、より繋がっているような感じがする。
ティアの、つたなくも確実にねだる仕草をみつけ、ヒースは微笑を浮かべながら口付けを落とす。
ねっとりと舌を絡ませ、息をまぜあう。
ああそういえば、自然と口付けも増えているような気がする。
そうして、肌をやんわりとすり合わせ、ひとつになった部分で喜びを分かち合う。
指を絡め、優しく交わりを繰り返す。そのたびに、快楽を素直にあらわす細い肢体の艶かしい動き。
ああ、やはり悪くない。
口付けをほどき、ティアを見下ろしながら、ヒースは薄い唇を笑みの形に吊り上げた。
細い足を抱え、ヒースはティアを揺さぶる。
「は、ぁ……や、いつも、より……ん、」
「うん?」
静かに降り積もる雪のような快感を、ティアも感じているのだろうか。
そんな疑問に答えるように、ティアが細い眉を寄せながらいう。
「あ、ヒースさんの、ん、よく……わかって……ふ、あんっ」
確かに、ティアの狭い中は、ぴったりとヒースにあますところなく絡みついている。
入り口をぬるぬるとくすぐれば、誘うようにひくついて。緩やかに粘膜を可愛がりつつ、
時折荒々しく突き上げれば、驚いたように締め付けてくる。
離したくないといわんばかりに、咥えこむティアの中心がしとどに濡れて、
ヒースにさらなる快楽をもたらす。
たまらない。
「ティア……ほら、オレをみろ」
もうひとつ、声をかける。君がみたいといったものを、確かめろと伝える。
自分でも、交わる心地よさに溺れきった顔をしているだろうと、ヒースは思う。
そんなもの、あまりみせたくないのが本音。
さして楽しいはずがないと思うけれど、ティアが望むのならばその機会は与えたい。
「あ、ヒースさ、ぁ……」
震えるティアの指先が、ヒースの頬に伸びてくる。そっと、添えられる。
彷徨うような視線が、ぴたりとヒースを真正面からとらえる。触れられただけで、熱く息が漏れた。
すると。高潮していたティアの頬が、さらに色味を増した。
「あ……きもち、いい……の?」
「ああ、すごく――いい」
ぼんやりとした、思わず口をついて出てしまったというようなその問い掛けに、
ヒースは男の色香を存分に滲ませ、笑って返した。
「んぁっ……!」
愛を囁くように低いその声と仕草に、ティアがぞくぞくと体を震わせた。
「ん、ティア……!」
きゅんと、ティアの中が一度きつく締まった。それほど動かしていなかったというのに。
いきなりの刺激に、ヒースが眉を顰めて耐えると、ティアが感極まったように熱い息を零した。
「や、やだ、あ、ヒースさ、ぁ、ん……」
涙の滲んだ瞳で、じっとヒースの顔を見上げながら、ティアが一心に視線を注いでくる。
「あ、そ、そんな顔して……あ、ん、やぁ、私のなかに、ヒー、スさん、いる……なんて、んんっ……!」
快楽に彩られた男の顔と、その男が自分を抱いているという認識を強くしたせいか、
ティアがうわごとのようにそう繰り返す。恥ずかしげに目が細くなり、眉根が切なげに寄せられる。
ティアが、とても感じているのだと、手に取るようにわかったヒースは笑う。本当に可愛い生き物だと、思う。
「ああ、ちゃんと君を感じてる」
ここで、と教えるように腰を押し付けた。
「わ、わたしも……ヒースさんのこと、んっ、すごく、感じてま、す……ん、あ、ぁっ」
そして少しずつ、ヒースはティアの様子を確認しながら、動きを強めていく。
段階的に増していく快感に、ティアがなんとかついてくる。
これなら。
「あ、も、お……ヒース、さんっ、ヒースさんっ」
ぎしぎしと寝台をきしませながら、視線を絡ませヒースはティアの一番奥までを探るように押し上げ、
そして勢いよく引き抜く。滑りあう肉と打ちつけられる肉の音が、交互にいやらしく響いていく。
「ん、あ、は……あっ、んんっ!」
小さな唇の端から唾液を零し鳴くティアの、熱く潤んだ内が収縮を繰り返す。
「あ、ティ……ア……く、っ!」
堪えきれずにヒースが吐き出したものを、そこがすべて受け止める。
「あ、あ、ああっ……!」
がくがくと体を震わせながらも、ティアの瞳は最高潮に達したヒースの顔を確かに映しだし――
そして、それをどこかにしまうかのように、ゆっくりと閉じていった。
つ、と眦から溜まっていた涙が零れて、そっとシーツを濡らした。
「で、どうだった?」
「……」
ティアを背中から抱きしめたまま、ヒースは落ち着いたころあいを見計らって問いかけた。
「ちゃんとこっちはみれてただろう? 覚えているか? もしできてないなら、明日にでもまた試してみるか?」
応えないティアの細い首に、音をたてて口付ける。
「も、いいです……」
「もういいって……ティア、君な」
あれだけのことをいって、結果こうなったのはティアのせいだというのに、あんまりないいようだ。
「だ、だって恥ずかしすぎるって、わかっちゃったんですもん!」
だが、ティアにとってはそれどころではないらしい。小さな手で顔を覆って、ティアは嫌がるように首を振った。
「ヒ、ヒースさんの、あんな、あんな顔みてたら……体も心も、もちませんっ」
結局のところ、気持ちよかった上、いつもよりさらにドキドキして、どうしようもなく恥ずかしいらしい。
「――は、はははっ!」
ヒースは、ティアの薄い肩に額を押し付けて、弾かれたように笑い出す。
ティアが、もぞもぞと動きながら、笑わないようにと抗議してくるが、止まらないものは仕方がない。
それならば、と逃げだそうとする細い体を、抱きしめる。笑いがおさまったところで、そっと小さな耳に落とす。
「だが、よかっただろう?」
「うう〜……!」
それは間違いないらしく。否定できないティアが、ヒースの腕の中で縮こまる。
「たまに、こういうのも悪くないな、ティア?」
「……いいと……思い、ます」
からかうようなヒースの言葉に、ティアは消え入りそうな小さな声で応えた。
だが、いたたまれないのか、じりじりとなんとか逃げようとティアは試みている。
だが、逃がせるはずもない。それは無駄な抵抗だと教えるために、ヒースはティアを仰向けに転がして圧し掛かる。
短い悲鳴をあげたティアの真っ赤な顔をみて、ふいに浮かんだ言葉をヒースはそのまま口にする。
ティアだけに伝わるように、小さく。でも確かな愛しさを込める。
そっと、ヒースはティアの柔らかな額を撫でた。
潤んだ瞳が、切なげに揺れる。心に込み上げたものが宿ったような、甘い吐息が零れて消えた。
自分もだというように、ティアが深く頷く。
口付けを交わして。腕を回して抱きしめて。
そうしてまた、二人は幸せに包まれながら、静かな夜を過ごした。