「どうしたんだ、その格好は」
夜遅く、仕事から帰って早々、ヒースはそう言葉を発した。
「いえ、あの、ちょっと……」
ごにょごにょと、出迎えの言葉もなくティアは口ごもる。
そんなティアが着ているのは、丈の長い冬用のコート。家の中で着るようなものではない。その前をぴっちりとあわせ、真っ赤な顔でもじもじとするティアに、ふと嫌な考えが脳裏を過ぎる。
「寒いのか? 熱でもあるんじゃないのか?」
そういえば、やけに部屋も温められている。
具合が悪いのならはやく休めばいいものを。
だが、そうまでして待っていてくれたのだと思うと、それはそれで嬉しくて仕方がないというか、愛おしいというかいじらしくてたまらないというか――もとい。
ヒースは、自分の考えを振り払い、足早にティアに近づいた。
ほんの少し背をかがめ、手をティアの額に重ねた。
「ひゃ……!」
「少し熱いか……?」
「ち、ちが、違いますっ! ヒースさんの手が冷たすぎるんです!」
ああ、それもそうか、とヒースは思う。夜風につい先ほどまで吹かれていたのだ。首をすくめて抗議するティアに申し訳なさを覚え、ヒースは慌てて手を離した。
「すまん、風邪でもひいたのかと思ってな」
「大丈夫ですよ」
「そうか」
ほっと、息をつく。だが、ではどうして。
「じゃあ、なんでそんなに着込んでいるんだ」
「う、」
ぼふ、とティアが真っ赤になった。
「???」
ますますもってわけがわからない。なぜここで赤くなる必要があるのだろう。
「あ、あの……」
「……」
もじもじと、恥ずかしげに立ち尽くす少女。視線は彷徨い、ヒースにみつめられたことに、白く小さな耳までもが淡く染まっていく。
「わ、笑わないでくださいね……? 絶対ですよ……?」
「ん? ああ、わかった」
いいたいことはよくわからないが、ティアの上目遣いのお願いに勝てるわけもない。ヒースは頷いた。
きゅ、とティアが意を決したように唇を引き結んで、数歩下がった。
そして、震える指先がコートのボタンにかかる。
「???」
ヒースが疑問符を頭の上で行進させている間に、ティアはゆっくりとためらいつつもボタンをすべて外し。そっと前を開いた。
「……」
ぽかん、とヒースは口を開けた。ティアの薄い肩から、コートが滑り落ちていく。恥ずかしそうに、ぎこちない動作で近くの椅子の背もたれにコートをかけて、ティアはおずおずとヒースに向き直った。
今すぐ、目の前のテーブルに突っ伏したい気分だ。
だが、男の性か。ティアから、目がそらせない。ごく、と自然に喉が鳴った。
熱くなったヒースの視線が耐えられないように、ティアが僅かに俯いて横を向く。その仕草さえ、ひどく魅惑的だった。
着ている意味があるのかないのかわからない薄いベビードールを一枚。細い腰には頼りなさそうな下着が一枚。
それらは上下揃いのものらしく、同じ柄の繊細なレースがついている。そしてなにより、上も下も、なんというか、いろいろと透けている。
小振りだが確かに存在している柔らかな丘の先端がほんのり色づいて、布をわずかに押し上げているのがわかるくらいだ。可愛らしいと同時に、いやらしい。
ヒースは視線を釘付けにする光景に、大きな手で目元を覆った。
コートの下、そんな格好で。ずっと自分を待っていたのか。
「……風邪をひくぞ」
「……」
間の抜けた言葉だと、我ながら思った。だが、それ以外の言葉を発そうものなら、たやすく陥落してしまいそうだった。
「に、似合いませんか」
「そんなことはいってない」
むしろ似合いすぎて困る。美味しそうで困る。手が出したくなって困る。
それはぐっと喉の奥におしこめて、ヒースは身体にこもり始めた熱を排出するように、息をついた。
「どうしたんだ、それは」
「……か、かかか、買って、き……き、ました」
「……そうか」
尻すぼみになるティアの答えに、ヒースは弱弱しく頷いた。
小さな足音が、気配とともに近づいてくる。
そっと、と顔を覆っていた手が掴まれる。そのまま前へと引き寄せられて、抵抗するべきだと思いながらも、ティアの行動を許してしまう。
どこまでも沈んでしまいそうな、だが確かな熱と質感をもって、ヒースに存在を知らせてくる身体。そこに自分の手のひらが押し付けられている。ヒースの手のひらに、すっぽり覆い隠される、ティアの小さな胸。とくとくと、早鐘が響いてくる。
「ど、どうして……その、あの……して、くれないんですか……?」
「……」
「私が子供だからですか。やっぱり、ヒースさん、私なんかじゃ駄目なんですか……?」
じんわりと涙の滲む瞳をぼんやりと見下ろしながら、本格的に困り果てる。
この少女はいったい何を言い出すのだろう。いったい自分をどうしたいのだろう。
だが、いいたいことはなんとなく、わかった。
ここ最近、ヒースがティアを抱かなかったこと。そのことをいっているのだろう。だが、それにはヒースなりの理由があってのことだ。
「いや、そういうわけじゃ……ない」
「じゃあ……どうしてですか?」
ひっく、とティアがしゃくりあげると、ぼろりと溜まっていた涙が落ちた。ずきりと胸が痛む。ゆっくりとヒースの手を持ち上げて、ティアが手のひらに口付けてくる。
「私……もっと、ヒースさんに、触れて欲しいのに……」
「っ」
びく、と情けなくも肩が震えた。
「だから……」
「だから、そんなものまで買ってきたのか」
こく、とティアが頷く。どんな気持ちで、夜を待ち。どんな気持ちで、悩み。どんな気持ちでこれを買って。どんな気持ちでこれを着て――そうして、己を望んでいるのか。
ここまでされて落ちない男がいたら、おがんでみたい。
ヒースは、ぷつりと静かに切れて心の奥底へと落ちていく理性の糸を見送りながら、ティアに手を伸ばした。ぎゅっと、閉じ込めるように腕の中へと抱きしめる。
甘い、香りがした。
頬をかすめ、耳をくすぐり、肩に唇を落とす。細い腰を持ち上げるように引き寄せて、あらわになっている鎖骨に歯を立てた。
「んあっ」
ぴく、とティアの肢体が震え、男の欲望をかきたてる声があがる。
ひょい、と頼りない肩紐を口で食んで引き下ろす。その間にも、自由な手で、滑らかな皮膚を撫で回す。
「ひ、ひーす、さ……んっ、ぁ、つめたぃ……!」
するりと下着の中へ手を差し込むと、ティアが冷たさのせいで仰け反った。
おかまいなしに指先を進め、くるりと円を描くようにして、敏感な部分を刺激する。
ん、ふ、と声を堪えようと口を噤むティアの、快感に流されていく顔に、ぞくぞくする。
ずりおちた布の下からあらわになったふくらみかけた胸に、唇を這わせる。つん、と立ち上がり震える頂に、音を立てて口付ける。
「ん、ん……!」
足の力が抜けかけてきているティアを立たせておくのも難しいと判断し、ヒースはゆっくりと身体を離した。
「え……? ひーす、さん……?」
とろり、蕩けきった女の顔をしているティアをみて、血の巡りがさらに加速する。床に押し倒して、思うままに抱き啼かせたい。だが、柔らかく白いこの身体に傷をつけるような真似は、したくない。
「きゃ、あ、あんっ」
ひょい、と荷物のようにティアを担ぎ上げる。
ついでとばかりに、するりと下着を足からひき下ろし、蜜に湿ったそれをなんとなく広げてみる。
「なんというか、すごいな……」
華奢なレースでできたそれは、下着というにはそんな機能があるのかどうか疑わしいほどだ。まあ、こういう用途のものなのだからといわれてしまえば、納得はできる。今のヒースが煽られているのは、確実にこれにも一因があるのだから。
「や、ヒースさん、みちゃだめ……!」
ティアが、ヒースの行動に抗議するように身を捩る。
「いやいや、オレにみせるために買ってきて身につけてたんだろう?」
「そ、それはそうですけど……そんな、まじまじとみるものじゃないですからっ」
恥ずかしさのせいか、泣き声混じりに訴えてくる。ならばしょうがない、とヒースはそれを放り出すと、ティアの臀部を撫でた。んん、と声を漏らすティアの中心を撫でる。
「あ、く……ぁんっ、ぁ、」
ゆるゆるとした刺激に、ティアが小さく反応する。
く、と口元を吊り上げてヒースは部屋の片隅にある、寝台へと向かった。
ティアを優しく転がして、その上に覆いかぶさる。細い体に乱れたベビードールを絡ませて見上げてくる姿は、絶景の一言に尽きる。
ぐい、と片方の足首を掴んで開かせる。ティアがぎゅっと目を閉じて、顔を背けた。
「ん……!」
大胆な行動にでてきたかと思えば、こうして恥らう姿もみせる。どちらが本当のティアなのか。どちらもあわせてのティアなのか。
ただわかるのは、女として男を誘っているということだけ。
やわらかな秘所の感触を確かめるように、ゆっくりと指をいれて、浅く抜き差しする。そのたびごとに、ぴくびくとティアが震える。
「なあ、ティア」
「っ……は、い……」
シーツを握り締めたまま、ティアが薄っすらと目を開く。涙が溜まったその瞳が、自分だけを映しているのは、ヒースに充足感をもたらす。
「どうして、オレが君をあまり抱かなくなったと思う?」
ふる、とティアが小さく頭を振る。
「わかり、ませ……」
く、とヒースは小さく笑った。
「そうだな、少し考えてわかるくらいなら……こんなことは、しないだろうな」
我ながら意地の悪い質問をしたと思いながら、ヒースはティアの膝頭に口付ける。そのまま、つ、と内股をたどるように唇と舌を滑らせてティアの中心へと顔を寄せる。
「は、あ、あ、あん、ヒースさぁん……」
ティアが腰をくねらせる。逃げようとしているのか、誘っているのかどちらともつかぬ、行動。
「このままだと、昼夜関係なく――君を抱き続けてしまうような、そんな気がして怖くなった」
女に溺れるなんて、意志が弱いだけだと。自分を見失うくらいに求めることなんて、ありえない――いままでそう思ってきた自分が、だ。
そう自覚したとき、ヒースはすでに奈落の淵に立っていた。もう一歩足をふみ出せば、そのまま底の見えぬところへ、ただ落ちていくだけだと気付いた。だから、堪えるべきだと自分のためにも、そしてなによりティアのために、懸命に自制をかけていたというのに。
「……ぇ……? きゃ、あんっ!」
ティアがヒースの言葉に疑問の声をあげる暇をあたえず、舐めあげる。
「はっ、あ、ん、あっ」
張り詰め、わずかに膨らんだそこを嬲りながら、ティアの中におさめた指を動かす。
きゅぅ、と吸い付くようにして快感を高めようとするそこは、熱くうねっている。
「は、まったく、オレの努力も水の泡だ」
ぺろり、口の端についたティアの蜜を舐めとって、ヒースは苦しそうに笑った。
「ん、でも……わたし、わたしっ……」
「……わかっている」
ちゃんと伝えればよかったのかもしれない。それくらいに、ティアが欲しくてたまらないのだと。そうすれば、不安に駆られてティアがこうした行動にでることもなかったかもしれない。
「だが、まあ、君のこんな姿をみられたのは、悪くない」
に、とヒースは獣じみた笑みを浮かべた。身体を起こして、指も引き抜く。服はまとったままだが、脱ぐ時間さえ惜しかった。
前をくつろげ、張り詰めたものを取り出して、ティアへとこすりつける。
「だが、誘ったのは君だからな」
手を添えて、先端を綻んだところへ押し付けて。額に汗を滲ませて瞳を光らせる。
「覚悟しろ」
短くそう吐き捨てて、そのまま、一息にティアを犯した。
「きゃ、あ、ああああっ!」
零れる蜜を押し返すようにして侵入してきたものに、ティアが身体を強張らせる。
「ん、んくっ、あっ、ぁっ、はぁっ!」
落ち着こうと大きな息を繰り返すティアにかまうことなく、ヒースは腰を前後させる。
「あ、や、待って、ぇ……! 急に、あ、そんな……はげし……いっ」
弱弱しく訴えられても、止まるつもりは微塵も無い。
ヒースは、時に激しく、時に優しく、ティアの中をあますところなく犯していく。緩急のついたその動きに、ティアがすすり泣くように、嬌声をあげる。
ひとつになった喜びに、身体の髄がどろりと溶け出していくようだった。
「は、ティア……!」
肌を打ち合わせる音も高らかに、ヒースはティアを貪る。
快楽がうまれるたび、落ちていく。この無垢な少女に、囚われる。愛しい想いに、目の前が歪む。
「ひーす、さ……あ、ひーすさんっ、んぅ、あ、ふぁ!」
己を健気に受け入れ、細い身体を揺すられて、白い皮膚を波打たせ、暖かな色をした髪を頬に額に貼り付けて――そんなティアに、甘い声で名前を紡がれる。
このままずっと、ひとつでいたい。いつまでも繋がっていたい。
だが、それは無理なこと。高まる快感に終わりが近いことを察する。
それはティアも同じだったのか。細い足が、絡んでくる。もっと欲しい、と。せがまれている。
「ティア……! だす、ぞ……!」
「ん、んぅっ……! あ、あ、ぅ……あんっ!」
溶け合う音を響かせて、あと少しの階段を駆け上がる。
「く、ぅ」
一番奥に先端を押し付け、その先をさらに探すように腰を押し出して――ティアの身体が魚のように跳ねるのを押さえ込みながら、ヒースは情欲を吐き出した。
艶やかなティアの声が、か細く部屋に響き。やがて、ちぢに乱れて消えていった。
そのあとも、快楽に自分を見失うって喘ぐティアを抱き続け、ひと段落ついたヒースは、ようやく身体を離した。満足したかと訊かれると、まだだと即答できるが、これからの日々で満たせばいいだけのことだ。
それは、砂漠に水をやり続けるに等しいが、ティアがヒースの箍を外したのだから、付き合ってもらわねば。
そんなティアは、激しい行為にすっかり意識を飛ばしてしまっている。くたり、力の抜けた体に、結局いままで脱がせることの無かったベビードール。ぐちゃくちゃになってしまったそれは、もう着ることは出来そうにない。
「……新しいもの、買ってやるか」
いくらぐらいするものなのかは知らないけれど、ティアに似合うものならば、いくらあってもかまわないだろう。そのほうが、ヒースとしても――いろいろと、楽しめそうだ。
淡い息をもらす唇にそっと軽い口付けを送りながら、ヒースは小さく笑う。そして、囁く。
この世界でたったひとりだけ、この言葉を受け取るべき少女へ。
「愛している――ティア」
眠っているはずなのに。ティアが応えるように薄っすらと、微笑んだようにみえた。