ティア→タワシ キスまで有り
この前、ヒースさんに告白された。最初は、年が離れているし、こんな子供相手にそんなこと言うとは思えなくて、戸惑った。
だけど、彼は私が精神的に一番辛いときに励まし、勇気付けてくれた人。彼がいたから、生きていられると言っても過言ではなかった。
だから、素直に嬉しくて、告白にオーケーした。
ヒースさん、子供みたいに嬉しそうだった。
でも、私は、実は……。
ヒースの告白を受けることを決意した直後、ティアはグラナ平原を歩き抜け、とある場所に向かっていた。
彼と付き合うことに不満はない。だが、ヒースと愛し合う前に、どうしても会っておきたい人がいるのだ。
陽だまりの丘の手前に、城の地下に通じる抜け道がある。ティアの目的地はそこだ。
普通の少女なら足を踏み入れることもためらうような湿っぽい場所だが、ティアはしっかりとした足取りで「その人」の元へ向かう。
途中にいる魔物など、ティアの装備したレーヴァテインにかかれば赤子も同然だ。
やがて、その場所に着いた。暗い地下には似つかわしくない、金銀財宝のまぶしい輝きが眼に痛い。
「おう、よく来たな!」
いつもと同じ快活な声。老いてもエネルギーを失わないその独特の雰囲気。特徴的なふくらんだ髪型とひげ。
「タワシさん、こんにちは」
ティアはふんわりと、どこから見ても美少女の微笑を浮かべる。
にわかには信じられないだろうが、ティアが会いたかったのは紛れもなくタワシその人だ。
「久しぶりだなぁ」
「はい。最近、ちょっといろいろあったんです」
「ん、そうか。まあ若いうちはなんでもやっておくべきだからな」
二人は向き合って、時折笑い声を上げながら、世間話を続けた。
「そういえば、あのときの若造は最近どうしてる? あの大柄な、傷のある……ヒースと言ったか」
ヒースの名前を出され、ティアの心臓がぎくり、と跳ね上がる。
「ヒースさんも、元気にしています」
「それはなによりだ。あの時お前さんもそうだが、あの若造もなかなか参っていたようだからな」
ヒースと一緒に投獄されたときのことを言っているのだろう。
思い出す。ヒースと二人、途方に暮れかけたところに、彼がひょっこり現れたのを。そして、何の疑いもなく、何も聞かず、救いの手を差し伸べてくれたことを。
それでどんなに、ティアの心が癒されたか。ヒースもまた、救われた心地だっただろう。
「それで……その」
ティアの顔がにわかに赤くなりだし、動作もどことなく落ち着きがなくなる。
「ん? なんだモジモジしおって。なにか言いたいのか?」
ティアは意を決して、一気に声に出した。
「私、ヒースさんに好きだって言われて、お付き合いすることになったんです」
タワシの眼をまっすぐ見据え、言葉を紡ぎだす。
「ほう……それはそれは。まあ、めでたいことだな。だが、カップルっちゅうには、ちと年が離れてるのう」
さすがに驚いたようで、タワシが反応を返すまでに若干の間があったが、すぐにいつもどおり、どこか抜け目のない笑みをたたえた顔に戻る。
「よかったのう。世間様からはあまり褒められない関係じゃろうが、ワシはそんなもの気にせん。あの時助けた甲斐があったというものだな」
「……はい」
伝えたかったことを伝えた安心感で、ティアもまた、顔を緩ませる。
「んが、しかし、なぜお前さん、そんなことをワシに知らせる? あの時お前さんたちを助けてやったからと言って、そんな義理立てをしなくていいのだぞ。ワシは恩を着せたくて助けたわけでもないからのう」
話の確信に近づいてきたのはタワシのほうだった。ティアの目的は、ヒースと交際することを伝えることと、あともうひとつあるのだ。
「そ、それは、その」
「なんじゃ、さっきからモジモジして」
タワシがいぶかしむような声を出す。
ティアはぎゅっとこぶしを握り締め、叫ぶように声を絞り出す。
「わ、私、タワシさんのこと、好きだったんです!」
二人の間の空気が止まった。
「……はあ? なんじゃ?」
タワシは驚きを隠せず、口を開け放してぽかんとする。
「お前さん、こんなジジイ相手に何を……あの、ヒースっちゅう若造どころじゃない差があるだろうに」
「わかってます。だけど、気づいたら好きだったんです。タワシさんは、いつも私が辛いときに助けて、優しくしてくれるから」
言い募っているうちに、ティアの眼が潤んでくる。
「投獄されているところを助けてくれて、見送ってくれたときに『元気になったらまた来い』って言ってくれたとき、私すごく嬉しかったんです。もう誰も私のことなんて受け入れてくれるとは思ってなかったから」
本当に嬉しかった。涙が出そうだった。
誰からも見放されたときに、彼だけは、暗に帰る場所があることを示してくれた。
言わないでおこうかとも思った。黙っていればいいと思った。
ヒースよりさらに大きい年齢差がある相手に恋心を抱いてしまった自分を、おかしいと思うこともあった。
だけどどうしても伝えたかったのだ。彼に救われて、惹かれたことに。
「……困ったのう」
タワシがばつの悪そうな顔をして、ぽりぽり頬を掻く。
「ごめんなさい」
自分がこんなことを言ったせいでと惑わせてしまっている。
ティアは罪悪感をはっきりと自覚した。
「別に謝ることありゃせん」
タワシがふう、と息を吐き出し、何かを決めたようにティアに手招きをする。
「まあ、ちょっとこっちへ来い」
「は、はい」
言われるがまま、ティアは泣き出したいのをこらえ、タワシのすぐ近くまで寄った。
すると、あっという間に腕をつかまれ、毛の塊が視界をかすめた。
びっくりして眼を閉じる。唇に一瞬、何かが当たる感触がした。
やわらかく暖かい、タワシの唇。
ぱっ、とタワシがティアから離れる。
ティアは眼を開ける。目の前のタワシの顔が赤くなっている。
きっとティア自身も、同じ状態になっている。
「……!?!?」
ティアは思わず唇を押さえる。恥ずかしいような嬉しいような気持ちに支配される。
「ま、こんなもんで勘弁してくれぃ。思い出っちゅうことでな」
タワシは照れ隠しなのか、ニカッと満面の笑みを浮かべる。
顔は相変わらず真っ赤だ。
「は、はい……!」
タワシは一転して、諭すような優しい顔と口ぶりになった。
「お前さん、好きだった、と言ったな。今はあの若造を愛しているのだろう」
「はい。ヒースさんのためにも、吹っ切れたいからここに来たんです」
「これでもうふっきれるじゃろ。あとはせいぜい、あの若造と幸せにやれ」
「はい……! タワシさんは、やっぱり優しいんですね」
「よさんかい。まったくお前さんも物好きじゃな、こんな年寄り相手に」
ティアはふふ、と笑う。その様子は本当に可愛かった。
「そんなこと。タワシさんは素敵だから、好きになったんです」
彼女はふっとさびしげに、ぽつりと一言吐き出した。
「タワシさんがあと20歳若かったら……」
「……まあ、そんなこと言っても仕方ないじゃろうて」
タワシが手をひらひらさせた。あっちへ行け、だ。
「ほら、もう行け。あの男が待ってるんじゃろう」
ティアは言われるがまま、背を向けて帰ろうとする。
元気でな。達者でな。
ティアの背中に向け、タワシはひそかにつぶやいた。
と、ティアが金ぴかの部屋から抜け道への入り口のあたりで、足を止めて振り返る。
「タワシさん! また来てもいいんですよね? 今度は、彼も一緒に」
「当たり前じゃ! いつでも来いと言っただろうが」
ティアは顔を輝かせた。
「はい!」
くるりと背を向け、今度こそ彼女は見えなくなった。
タワシは金貨の山の上にどっかと腰かけ思いにふけった。
「惜しいことをしたかのう」
先ほどのティアのかわいらしさを思い出し、顔が緩む。
年甲斐もなく、手を出したい気持ちはあった。
しかし、うら若き乙女をいたずらに傷物にすることもあるまい。
「また来い。あの若造と一緒にな」
タワシは寝転がり、ティアとヒースが幸せそうにしている姿を思い浮かべる。
「まったく世話の焼けるやつらじゃ。せいぜい幸せにな……」
彼の優しさのこもったつぶやきは、誰にも聞き取られず掻き消えた。