中央砂漠。
崩壊を免れた世界を何となしにぶらぶら歩き、
ユミルは改めてこの世界の素晴らしさをその身に感じていた。
森は美しく、水は澄んでおり、人々は心豊か。
そして…。
砂漠は、暑い。
「参ったな…」
少し前に昼食を取るため、預言書からパンを取り出したのを最後に、
ユミルの魔力は尽きてしまったらしかった。
近くの町までワープすることもできなければ、
飲み物を出すことも、持ち物に氷のコードを加えて涼むこともできない。
久々に、ただの少年に戻った気分だった。
汗は止まることなく流れ続け、じりじりと照りつける太陽が体力を奪う。
先ほどからモンスターに遭遇しないのが不幸中の幸いといったところだろうか。
疲れ果てて今にも倒れそうになったとき、預言書から何かが飛び出した。
「……大丈夫…?」
氷の精霊、ネアキだった。
言い方を変えるなら、彼の恋人。
ふわふわと浮かびながら、心配そうに彼を見上げている。
「ああ、うん…何とか…」
口ではそう言うものの、そろそろユミルの体力に限界が近づいていた。
足取りも次第に重くなってゆく。
「少し、休もうか…」
手ごろな日陰でユミルが腰かけると、寄り添うようにネアキもその隣に座った。
氷の精霊である彼女の体はひんやりと心地よく、彼の疲れも少しずつ癒されてゆく。
だが、ここはまだ砂漠のど真ん中。
いくら休んでいようといずれはまた日の下を歩き通さねばならない。
「町まで、たどり着けるかな…」
「……大丈夫…。……だと思う…」
答えてはみせたものの、ネアキも自信なさ気である。
愛しい彼女を見ていれば心が癒される、なんてクサイことを考えてみるが、
愛の力でどうこうとかそんな状況でもなかった。
「…ん? 愛の…。…待てよ」
「……どうしたの…?」
何か思い立ったようにユミルがすっくと立ち上がる。
ネアキはそれを怪訝そうな顔で眺めていたが、その青白い顔はすぐに紅潮することとなった。
「………っ…!?」
ふわり。
一瞬、何が起こったか理解できなかったネアキだったが…その視点の高さでやがて状況を理解した。
ユミルに抱き上げられている。
そして為されるがまま、小さな氷の精霊はすっぽりと彼の腕に収まった。
俗に言う、お姫様抱っこである。
「ゆ、ユミル……?」
「こうすれば、涼しいしネアキとも一緒に歩けるし、いいことずくめなんじゃないかなって?」
「…え、えっと……」
「うん、これならいけそう! …愛の力ってやつだね!」
「あ、愛…って……」
もはや氷の精霊の名などどこ吹く風とでも言うかのごとく顔を真赤にするネアキを他所に、
ユミルは軽やかな足取りで歩き出した。
「…は、恥ずかし……」
「誰も見てないし、大丈夫だよ!」
「………うん…」
きゅ、とネアキがユミルの服の裾を握る。
笑顔のユミルと火照った顔のネアキ。
表情こそ違えど、二人は確かに幸せそうであった。
『誰も見てないし、大丈夫だよ!』
「まあ…見てるんだけどね」
「やれやれ…お熱いことです」
「炎の精霊の俺様も、こういう熱さにゃ参るね…」
預言書の中で、ひそひそと声が響いた。