――ローアン下町の、街の入り口に程近い質素な家。  
 夜は薄暗くおぼろな光が僅かに窓から差し込むだけの部屋。  
 
 少女の嬌声と寝台のきしむ音が、その部屋中に響いていた。  
 寝台の上で、裸身の少女は男の上にまたがり、淫猥に腰を揺する。胎内に咥えこんだ  
陰茎を熱い粘膜が包み込んでしごき上げる。  
 動きに合わせて、少女の薄茶色の髪が踊った。  
 
「ティア」  
 少女を突き上げていた男が、彼女の名前を呼んだ。  
 下から見上げるいとおしい少女の身体は絶景だ。  
 武骨な指が彼女の胸の頂を撫でれば、可愛らしい肢体はびくんと反応する。  
「気持ちいい、か?」  
「は、はい…っ、ヒースさ…ん、あ、やだぁ、いい……とっても」  
 ティアはなんとかそれだけ告げた。下半身から伝わってくる快楽のせいで、何も  
考えられなくなってくる。ただ肉体がこの悦びを味わうためにあるだけで、意識はどこか遠くに  
消えていってしまうような、そんな感覚。  
 繋がった部分から聞こえる卑猥な蜜の音も彼女の羞恥を煽った。少女はとろけた表情で、  
ただ口から甘い悲鳴をこぼすだけ。  
「くぅっ、…ああ、はぁん……、あたって、あ…」  
 もっと気持ちよくなりたい。もっとこの感覚を味わいたい。肌を上気させて快楽に酔う  
ティアの姿は、彼女のあどけない容姿のせいか背徳的で――そして淫らだった。  
 
 
 少女が体を動かすたび、膣壁が肉槍にきゅうきゅうと絡み付いた。さらに奥へと導くように。  
 お互い絶頂はすぐ近くに迫っていた。ヒースは彼女の腰を抱え込んで、下から力強く  
内部をえぐる。  
 
「いっ…ぁぁあッ、あああぁ!」  
 少女の声が喉から絞り出され、身体が震える。  
 気を遣るのと同時に、下の口が咥えていたそれを逃すまいとばかりに吸い付く。  
 内壁の締まりに、打ち込まれた楔は彼女の内で脈打った。  
「っ、ティア……!」  
 激しい勢いで、熱い白濁が注がれていく。  
 自分の中にたっぷりと出された後、少女はがくりと男の逞しい身体の上に崩れ落ちた。  
 
 
   ◇  ◇  ◇  
 
 
 窓からの日光で、ティアは目を覚ました。シーツの中でもぞもぞと動いて頭を上げる。  
 陽が差し込んで本当に暖かい。  
 冒険の途中、太陽が欠けてひどく暗くなってしまった時があった。  
 でももう、そんな思いをすることはないだろう。この世界が終わるまで。  
 
「あ、おはようございます」  
 ティアは既に起床していたヒースに声をかけて、にっこり笑った。  
「眠たいならまだ寝ていたほうが」  
「でも明かりのいらないときに寝てるのはよくないですから」  
 床から服を拾い上げて身に着けたところで、ふと窓の外が気になった。  
 正確には外ではなく、外のもっと向こうだったが。  
 
「……どうした?」  
 窓の外をじっと見ている少女に、ヒースは不思議そうに問うた。  
「旅に、出たいなって」  
「急だな」  
 ティアは彼のほうを向いて、首を横に振った。  
「前から考えてたの。魔王がいなくなって世界の崩壊が先に延びたのなら、他の国々も  
見に行こうって、預言書の精霊にも言われましたし」  
 我が家もローアンの街も嫌いではない。  
 でも、この陽の光が差す場所が世界中にはまだたくさんあるのだ。滅んでしまう前に  
できる限りたくさん見ておきたいし、預言書にも記したかった。  
 
「旅か。行き先は決まっているのかい?」  
「どこでも、まだ知らない場所なら」  
 ティアは少し迷って答えた。  
 
「いつここに帰ってくる?」  
「それも、まだ分かりません」  
 ティアは少し迷って答えた。  
 
「オレもついて行っていいか?」  
「はい」  
 ティアはすぐに大きく頷いた。そしてはたと聞き返す。  
「でもあの、いいんですか?」  
「皇子に頼んで暇でももらうさ」  
「……復帰したばっかりでもうそれかって、笑われますよ」  
 
「あてのない旅か。悪くはないな。旅支度を……と言っても、君は預言書さえあれば  
事足りるんだったな」  
「街のみんなに挨拶はしておきたいです」  
 応えながら、ティアは物語を書き散らかした紙を机の隅に寄せた。枚数が増える一方で  
完結する見込みがないのがちょっと困りものではあるが、捨てるなんてとてもできない。  
 さて……と。  
 軽く伸びをして、街の住人たちの顔を思い浮かべる。  
 今まで突然家を空けてばかりだったから改まって挨拶も少し恥ずかしいが、やっぱり  
無言でいなくなるほうがよろしくないだろう。  
 誰のところから回ろうかなと考え始め、  
「あ、一緒にグスタフ師匠の道場に行きますか?」  
 少女は傍らの男に尋ねた。二人は知り合いだと聞いたような覚えがある。  
   
「遠慮しておく」  
 一瞬の間をおいて返ってきたいらえは、少なからず複雑そうなものだった。   
 ティアが首を傾げたので、彼は付け加えた。  
「オレは四大流派のヤツらには好かれていないからな」  
「……十年前の大会、ですか?」  
 大会で優勝した後、四大流派の人間に散々追われた――以前そんな昔話を  
語ってくれたっけ。確かに、師匠も未だに昔のことが忘れられないようなふしがある。  
 ヒースは、ああ、と相槌を打って、辟易したように笑った。  
「オレが行ったらまず道場破り扱いだ。勝っても負けてもろくなことにならないだろうから  
止めておくよ。ま、グスタフのおっさんの面は拝んでおきたい気もするがね」  
 彼の言葉は、正直なところティアにはあまり納得のいかないものに思われた。  
 口ぶりからするに、心の底から憎んでいる相手というわけでもないようだから  
会わないのもなんだか惜しい気がするのだ。  
 とは言え本人が望まないなら仕方ない。一人で行こう。  
 
「ティア」  
 出かけようと戸を開けかけたところを呼び止められて、振り返る。  
「今回の武術大会優勝者、しかも同時に魔王を倒した英雄。そんな弟子がいたら相当な  
自慢の種だ。グスタフのおっさんも鼻が高いだろうな」  
 
「……そうなの?」  
 よく分からない話をするものだと思った。どうもピンと来ない。  
 意味を上手く飲み込めなくて戸惑った様子の彼女がおかしかったのか、ヒースは  
楽しげに目を細めた。  
「そういうもんだ。ほら、行って来い。お別れだからってあんまりしょぼくれた顔してると  
怒鳴られるぞ」  
「は、はいっ!」  
 ぽんと軽く背中を押されたのを合図のように、ティアは家を飛び出した。  
 
 
 
 明るいところは良い。  
 人がいるところは良い。  
 知己に一通り挨拶を済ませたあと、ティアは復興したローアンの街の中心街を  
うきうきした気分を隠そうともせずに歩いていた。  
 しかし、こんな時に限ってグスタフは外出中だった。直接会って喋りたかったことが  
たくさんあったのだが、他にも会いたい人はいた。帰宅するまで待ち続けるよりはと、  
素振りをしていたデュランに伝言を頼んで道場を後にしたのだ。  
 明るい街中は、ただ歩いているだけで楽しい。  
 商人たちの威勢のいい声に、輸入物の珍しい果物や香辛料。  
 店の軒先でおいしそうな匂いを漂わせ、ぐらぐらと煮える鍋。  
 派手な服装に身を包み、横笛で軽快な曲を鳴らしている旅の楽師。  
 店の前で足を止めたり、あるいは興味なさそうに素通りする、数え切れない人々。  
 どれも街の一角が吹き飛んだときに途絶えたものだ。  
 こうして元の活気ある様子を見ると、それだけで嬉しくなる。  
 
「ええと、何を買おうかな」  
 通りを行ったり来たりを何度も何度も繰り返す。けれどどれを買うかはなかなか決まらない。  
見れば見るほど却って迷いが増えてゆく気がする。  
 食べられるだけでいいのなら預言書から出せば間に合うが、それでは面白味がない。  
 一緒に食べてくれる相手がいるんだし、作る甲斐もある。  
 ずらりと並ぶ露天商の、籠に山盛りになった野菜や吊るされた食肉の塊を眺めながら  
ティアは財布の中の金額を思い出し、献立を考え始めた。  
 
 
   ◇  ◇  ◇  
 
 
 皇子との謁見の帰りに街の武具店を覗いた後、ヒースは中心街に近い通りを歩いていた。  
 サミアド風の織物を扱う店の隣、髪飾りを並べた露店の前で、ふと足を止める。  
 せっかくだ。ティアに何か買って行こうか。  
 店番の若い女にティアの身体的特徴を告げ、一つ、似合いそうなのを選んでもらった。  
 見立ててもらった礼にと女の言い値より多めに代金を握らせてやった後、そのまま通りに  
沿って歩き続け、商店より民家の多くなったころ。見て歩くようなものも減ってきたかと思い、  
今来た道を折り返し始めたとき。  
 ……前方からやってくる人物が、顔見知りであることに気がついた。  
 
「む」  
 そしてその人物も、こちらに気づいたようだった。  
 出来るものなら何食わぬ顔で素通りしたい気もするが、どうもそうはいかないらしい。  
 自分と相手の周りの空気が剣呑なものに変わる。  
「……奇遇、だな」  
 何と言ってよいやら分からぬ再会で、ヒースはとりあえず、そう告げた。  
 奇怪な因縁のある二刀流の剣豪――グスタフに。  
 
「おぬし、こんなところで何をしておる」  
 ことさら訝しげに、グスタフは言った。かつて散々自分を追い回しては戦いを挑んできた  
武芸家は、刃物のような鋭さを宿した目でこちらを見据えてくる。   
「見納めに歩いていただけだ。街を出ようと思ってね。ティアに聞いていないのか?」   
「ティアだと?」  
 グスタフは目を丸くした。  
 その反応に、こちらも驚かされた。確かティアは、街の知り合いに出立の前の挨拶を  
するのだと言って出かけたはずだ。あの様子で師であるグスタフへの訪問を怠るとは  
考えにくいから、他の知り合いの家で足止めでも食っているのだろうか。  
「なぜワシの弟子が、おぬしが街を出ることを伝えに来るのだ。いやそもそも、帝国に  
属しているはずのおぬしが、なぜこの街に居ついておるような言い方をする」  
 いっそう不可解であると表情に出して、グスタフはヒースに詰め寄った。  
「話せば長くなるんだが……」  
 どう説明すればこの御仁は何事もなく引き下がってくれるのかねと思いつつ  
ヒースは続けるが、しかしこちらの話の途中でグスタフの大声が遮った。  
「おぬしの考えが読めたぞ。おおかたティアをそそのかし、帝国にでも連れて行こうという  
腹づもりであろう」  
 
 ……どうやら何かをしくじったようだ。  
「おい、ちょっと待っ――」  
 止めるのも聞かず、武芸家は左右の剣の柄に手をかけ、  
「問答無用! カレイラの英雄をカレイラから奪うのなら、まずはこのワシの――  
“双剣のグスタフ”の屍を乗り越えてゆけぇ!!」  
 閃く鋭刃を抜き放った。  
 
「……ああそうかい」  
 グスタフの剣を後方に跳び退いて避けると、ヒースは腰の剣を鞘から抜き、構えた。  
 結局のところこうならざるを得ないのか。ちらりと頭の隅を掠めた自嘲じみた諦念感も、  
煽られて表に出てきた闘争心の前にいつしか消えていた。  
「戦わないと気が済まないのか!」  
 
 
 
 刃と刃のぶつかり合う音が響き渡った。   
 街の人間が、何事かと一斉にざわめく。  
 巻き添えを嫌って離れてゆく者もあったが、娯楽に飢えていた人間が多かったのか  
これは思いがけない見世物が提供されたとばかりに、たちまち二人の周囲には  
人だかりが出来た。  
 
 双剣の繰り出してきた斬撃を刀身で受け止め、押し返す。今度はヒースが斬りかかったが、  
それはグスタフの顔前で、彼の両の剣で防がれた。  
 両者は一旦跳び離れ、次の攻撃の機会を窺いつつ敵手との距離を縮める。  
 そして再び踏み込んで、斬撃の応酬を続ける。  
 互いの得物――計三本の剣が、連続する剣戟で硬い金属音を鳴らしていた。  
 
 グスタフの剣をかわす度、街の人間の冷たくぎらついた視線がヒースに突き刺さる。  
(……恨まれてるな。まあ当然か)  
 街人が自分たちの素性について話す声が聞こえてくる。剣術道場主が対峙しているのが  
実は帝国の将軍とあれば、市井の民がどちらの肩を持つかは決まっていた。  
 一般人が自分の敗北を――いやいたぶられる様を見たがっているのかと思うと、背筋が  
寒くなるものがある。  
 
「勝負の最中に考え事か? ワシもなめられたものよ!」  
 グスタフが一喝する。  
 もう何度目だろうか、互いの剣が互いの体を幾度か掠めたが、それでも未だに  
勝敗を決する時宜は訪れない。  
 
 しかし、ヒースはじりじりと後方に押されていた。囲んでいた街の人間の何人かが  
二人を避けて移動する。  
 背後には住宅の壁。前にはグスタフと、街の人間。  
 戦場で兵が死傷するのは、それが敵であれ味方であれ、そういうものだと割り切れるが、  
さすがに民間人を傷つけるのは抵抗がある。  
   
 グスタフを狙い打ち込むが、紺色の外套の端を裂いただけだった。刃を返すその前に、  
相手の右手の剣が薙ぐほうが早い。  
「……っ!」  
 打ち払われ、手を離れたヒースの剣は、石畳の上を転がる。  
 刹那、グスタフの左手の剣が、肩を掠めて背後の壁に突き立てられた。  
 
 ほんの僅か反応が遅かったら、自分の身体は後ろの壁に縫い付けられていただろう。  
 グスタフが壁から剣を引き抜く隙に、転がるように抜け出て石畳の上の剣を拾うと、  
すぐさま体勢を立て直して追撃を受け止める。  
 刃同士がぎりぎりと擦りあった。  
 
 
「あれはどうした!」  
 怒鳴るグスタフに、ヒースは苦々しく口の端を吊り上げた。  
「……何のことだ?」  
「とぼけおって。十年前の大会でおぬしが見せた技のことよ」  
 黙殺するしかなかった。こんな衆目の集まってしまったところで拳の技を使えるものか。  
 それに使えないなどと口にしようものなら、ならばなぜ十年前は大会に参加したのだと  
罵られるのが分かりきっている。  
 
 両者は間合いを取り直し、共に疲労から来る相手の隙を狙って動いた。  
 これで終わらせるのだと敵手を狙う二人の斬撃は、  
 
 ――どちらにも勝ちを与えるものにはならなかった。  
 その最中でぴたりと止まったからだ。  
 
 二人の剣は、突如間に割って入ってきた少女の頭部とそれから額に触れるその直前で  
静止していた。  
 まるで彫像のように動きを止めた両者の間、少女は両の腕を左右に広げ、  
唖然とする二刀流の武芸家を見据えた。  
 桃色の外套を羽織っていて、薄茶色の髪。今の今まで戦っていた両者を師に持つ少女。  
 
「ティア……」  
 観衆は誰一人喋るもののない、時間の止まったかのような静寂の中。  
 ヒースは少女の名を呼んだ。  
 
 
   ◇  ◇  ◇  
 
 
 少女は思った。どうしてこうなるんだろう。  
 そもそも彼は会うのを避けようとしていたはずだったのに。  
 袋一杯に詰まった食料品を抱えて繁華な区域を離れかけたとき、再び会った町長に  
君が原因らしき騒動が向こうで起こっているだの何だのと言われて、慌てて走って  
来てみれば――  
 
「こんな人の多いところで一体何をしてるんですか!」  
 良く知った人間同士の私闘の真っ只中とは。  
 
 
 予想外の形で中断させられたグスタフは、不満もあらわに弟子を恫喝する。  
「ティア! そこを退け!」  
「イヤです! ここは街の中です。道場でも戦場でもありません」  
 対するティアは額に剣先をつきつけられたまま、全く動じた色もなく言い返すと  
そこから先は黙して顔を引き締め、唇を噛んだ。  
 
 しばし師弟でにらみ合った後、  
「……三十点」  
「師匠!」  
「師に対する敬意が足らん! さぼって昼寝ばかりしておったヒヨコがいつの間にか  
いっぱしの口をきくようになりおって」  
 グスタフは興ざめがして不愉快であると主張するかのように一つ咳払いをすると、  
「ここは弟子に免じて退くとしよう」  
 くるりと剣を回し、刀室に戻す。  
 ティアの後ろでも、剣を鞘に収めた音がした。  
「だが続きはいつか必ず受けてもらう。決着はつけねばならぬ」  
 
 息の詰まるような空気の中、双剣使いの男は少女の後ろを見据えて言った。  
 
 言い終わるが早いか、二人にくるりと背を向けて、石畳の上を歩いて去ってゆく。  
終いだとばかりに左右に視線を遣ると、観衆はそそくさと退いていった。  
 
 
 
 ティアはほっと胸をなでおろした。同時に、疲労感がどっと押し寄せる。気を抜いたら  
そのまま路上に膝をついてしまいそうだ。  
 騒ぎが終息し、すっかり人の減ってしまった通りに、二人は取り残されたように  
ぽつんと佇んでいた。閑散とした道を見ると、なんとも複雑な気分になる。  
 ヒースが会うのを避けたがっていた心情は彼女にも飲み込めた。こんな一触即発の  
状態では、危なっかしくて仕方がない。  
「助かりました。師匠が引いてくれて」  
 ため息混じりで言うティアに、  
「多分、君が庇ったのがオレのほうだったからだろう」  
 返された声はあっさりしたものだった。  
 そういうものなのだろうか。家を出る前の話といい、年長者の考えはよく分からない。  
 しかし、ではもしまた同じことになったらグスタフのほうを庇うのか、と聞かれれば、  
自分は迷うことなく首を横に振るけれど。  
 
「こんなところで剣を抜くなんて。グスタフ師匠もですけど、ヒースさんも大人げないですよ」  
 呆れと疲れの混じった奇妙な心持のまま、そこにいたもう一人の顔を見る。  
 もし関係ない人間を巻き込んだらどうするのか。  
 それに……  
 もちろん自分は二人の過去がどうであったか、詳しくは知らない。お互い他人には  
口出しされたくないいきさつもあるんだろうと想像することしか出来ない。  
 ただそれでも、師匠のせいで恋人が傷つくのも、その逆も嫌だった。  
 
 ヒースを見上げるティアが今にも泣き出しそうな表情をしていたためだろうか、  
「君が来てくれて助かった」  
 彼なりに何か思うところはあるようだったが、ティアに反論するようなことはなかった。  
 先ほどまでの勇猛さの面影は消え、年齢相応のあどけない雰囲気をたたえた少女は、  
想い人に抱きついて、ぎゅっと目を閉じた。  
 柱や壁に身を寄せたときとは全く違う、血と肉を持つものの感触。  
 この世界が滅んでも失いたくないもの。  
 
「良かったです……あなたが無事で」  
 少女の震えるような、ようやく聞き取れるぐらいの小さな声が、男の耳に届いた。  
 
 
 
「……そうだ、こいつを忘れていた。うけとってくれ」  
「私に?」  
 
 ティアに手渡されたのは髪飾りだった。  
 目の前の武人が持ってきたにしては洒落た贈り物に少し驚いたが、やっぱり嬉しい。  
 早速つけてみようとして――上手く留められないことに気がついた。髪飾りを手に取り直し  
ちょいちょいと金具をいじる。  
 ちょっと困ったように笑うと、正直に結論を告げた。  
「……ええと、これ多分、留め具が壊れちゃってます」  
 先ほどの荒事の最中にどこかにぶつけたのだろうか。髪飾りとしては使えない。  
「何? そうか……すまん」  
 落胆したヒースに、ティアはぶんぶんと首を横に振った。  
「いいえ、嬉しいです。ありがとうございます」  
 手の上の贈り物をぎゅっと握ると、少女は満面の笑顔を浮かべた。  
 
 ……そしてはたと気づく。無い。きょろきょろと足元を見回すが、やはりない。  
 いろいろ買ったはずなのに。  
「どうした?」  
「全部、落としちゃった……? 作ろうと思ってたのに……あ!」  
 預言書から淡い緑色の光が抜け出ると、ふわりと空中で弧を描き、道の向かいで止まる。  
 追いかけてゆくと光は女の姿に変じた。預言書の精霊の一人、ミエリだ。  
 
「ミエリ、何かあったの?」  
「中身はなくなっちゃったみたいだけど」  
 ミエリがいるところに落ちていた袋。自分が買った食材が入っていたものだ。  
町長に言われてここに来るまでは無我夢中で走ってきたし、何度か転びそうにもなった。  
グスタフとヒースの間に飛び込んだとき以降は、手に持っていた記憶がない。無意識に  
放り投げてしまったのだろう。  
 せっかく買った材料は、残念ながら森の精霊の言うとおり、なくなってしまったようだ。  
がっくりと肩を落として何気なく袋を拾い上げようとすると、想像していたよりも  
重いことに気づく。  
 
「……?」  
 ぼろぼろになった袋の中に一つだけ。  
 傷だらけの林檎が残っていた。  
 
 
 
 それから後。  
 ティアはまた町長に会いに行き、事の顛末を伝えた。  
 話を聞いていたゲオルグはやや渋面だったが、師二人を咎めるつもりはないらしい。  
君がまたローアンに帰ってきた際には歓迎しよう、とあっさり話を打ち切られてしまったので、  
不思議に思って尋ねたところ、街を離れる者にあれこれ言っても無益だからねと返された。  
 居合わせたシルフィには「ほんっと人間って血の気が多いわよねー」などと言われたが、  
まあそれも仕方ない。適度に聞き流して、町長の家を後にする。  
 
 いつの間にかすっかり陽は傾いてしまっていた。  
 城への階段の前に来たところで、ティアはさっきの林檎を取り出す。  
 あちこちぶつけて傷だらけだが、捨てるのも気が引ける。外套の袖でごしごし擦って  
皮付きのままかぶりつくと、林檎は甘酸っぱく、しゃりしゃりしていた。  
 何口か齧ったところで、ヒースが階段を下りてきた。  
「どうでしたか」  
 再び皇子に会いに登城していた帝国将軍は、両手を広げて苦笑した。  
「叱られたよ。他国で余計な騒動を起こすなと」  
 
「……他国」  
 他国。その言葉を、ティアは頭の中で何度も繰り返した。  
 他の国。ここでないところ。  
 まだ見ていないところ。  
「あの」  
「もらおう」  
「帝国ってどんなとこ……あ、ずるい!」  
 喋り途中の少女の手から林檎をひょいと取ると、ヒースは音を立てて果肉を齧りとった。  
 ティアは取り返そうとするが、そもそも身長差がある。林檎を彼女が手を伸ばしても  
届かない位置に掲げられてはどうしようもない。無意味にじたばたさせられるだけだ。  
「なんだ、帝国に行きたいのか?」  
 
「とられちゃった……あげるって言ってないのに」  
 とうとう少女は取り戻すのを諦めて、ふて腐れた顔でそっぽを向いてしまった。これには  
ばつが悪くなったのだろう、彼女をたしなめるようにヒースは言う。   
「悪かった。そんな顔するな。何か買いに行こう。――ヴァイゼンは大きな国だ」  
「カレイラより?」  
 聞くなり瞳に好奇の色を宿して、少女はくるりと彼のほうに向き直った。  
 ぽつぽつと明かりの灯り始めたフランネル城下。ここだけでも相当な数の人々がいるのに。  
「来てみればわかる。カレイラより北にあるから、寒いと思うかもしれないが」  
「北……」  
 
 寒い、北の国。炎の精霊は氷洞に入った時のように顔をしかめるかもしれないが。  
 ティアはヒースと共に街中へ歩き始めた。まだ知らぬ北の国の街に思いを馳せながら。  
 
 
   ◇  ◇  ◇  
 
 
「これとこれと、それから……」  
 日の沈んだ街で、ティアは手ごろな食べ物を買ってもらってはつまみながら歩いた。  
 途中、建物の陰で怪しげな薬を売る露店を見かけ、近寄って小瓶や粉を眺めていたら  
売り物を見て焦ったヒースに腕を引っ張られて、比較的明るい通りに連れ戻されたが。  
 一通り遊びまわって、街の中心を通り過ぎ、橋を渡り、ティアの家の前に着くと  
少女は相手の腕に抱きついて、そのまま自宅の中に連れ込んだ。  
    
「……なあ、今日はどうだった?」  
 背中の下には寝台。身体の上にはまだ幼さの残る少女の肢体が圧し掛かっている。  
要するに裸の少女に押し倒された構図で、ヒースは穏やかに聞いた。  
「街のみんなと喋ってきました。……師匠のせいで変に疲れたちゃったけど」  
 ティアはくすくす笑うと、彼の上から唇を重ねた。少女の薄茶色の髪が男の顔にかかる。  
 少女が顔を離せば、両者の口の間を唾液が糸を引いた。  
 
「“師匠”か。そういえば、あれから腕は上がったかい?」  
「徒手流派の技のことなら、まあまあです。手合わせしてみますか」  
「それはそれで楽しいが、今家の中ですることじゃないな」  
 裸身の男は少女を抱えてごろんと転がり、少女のほうを下にする。ティアの首筋や鎖骨の  
辺りを彼の舌が這い回り、彼女の鼻にかかったような甘えた声が小さく漏れた。  
 少女の両の脚の間に手を差しこんで広げさせれば、そこはもう既に愛蜜にまみれて  
ひくついていた。少し入り口に指を入れただけで、喜んできゅうっと吸い付いてくる。  
「ひゃ…っ」  
 ティアは肩を震わせた。擦られた陰核が、そこから体中を快楽で痺れさせていくようだ。  
挿れられた指に膣内をかき回されれば、少女の体は熱を持ち、繋がるときを  
待ち望むようになる。  
 いや、もしかしたら気持ちのほうが身体以上に欲していたかもしれない。世界中で  
たった一人の相手と共有する至福を。  
 
 少女の双眸が切なげに相手を見上げた。細い指が、彼の顔の傷跡を伝う。  
いつの戦でこさえたのだろう。戦いの中に身を置くようになったのは、自分の場合は  
以前から剣を習っていたとはいえ、せいぜいが預言書を手にしてから後のこと。  
彼の場合は自分より、もっともっと長い。  
「私の知らないところで、勝手に死んじゃったりしないでくださいね。今日は何事も  
なかったから良かったけど、でも」  
 すうと息を吸い込んでから、ティアの唇は続きを紡ぐ。  
「お城の地下の、魔王の時……すごく心配したから」  
 宰相の手にかかって死んでしまったかと思ったのだ。だから、暗い墓の下から  
明るい地上に戻ってきて、生きていた彼の姿を見たときはどれほど安堵したことか。  
 相手の顔を伝っていた少女の手が寝台の上に落ちると、交代するかのようにヒースの  
手が少女の顔を撫でた。そして告げる。心配するな、オレは君を置いてはいかない、と。  
 
「……いいか?」  
 ヒースが少女の割り開かれた細い脚の間、その柔らかな部分にそそり立った剛直を  
擦り付ければ、ティアは可愛らしい声で承諾してそれに手を伸ばし、自らの入り口へと導いた。  
「ん……」  
 
 狭い淫道を押し広げられ身体の奥にまで硬く太い楔を埋め込まれていく。その圧迫感に、  
少女は自然と声を漏らした。  
 最奥までねじこまれたものを、自分の身体が締め付けているのが分かる。  
 
 少女の成長途中の胸の上を男の手が這い回り、尖り硬くなった頂上のそれを引っ掻くと  
ティアは切なげに喘いだ。  
「あ……んっ!」  
 しかしその声を押し込めるように、彼女の口は男の口に塞がれた。一度唇を振りほどいて  
息継ぎをしたあと、もう一度唇を重ねる。ねっとり舌をからませ、男女は唾液を交換する。  
 口を離したところで、ヒースは腰を動かし始めた。  
 一突きごとに溶けてゆくようだった。甘ったるい快楽に支配されていく感覚に、  
少女は下腹部をうねらせる。成熟しきっていない肢体が、徐々に官能に酔っていく。  
 子宮口を亀頭でぐりぐりと押される刺激に、痺れるような愉悦が少女の腰から広がった。  
 
 ぬるぬるの愛液を絡みつかせてに吸い付いてくる少女の女の場所は、男の側にも極上の  
悦楽を与えてくれる。気持ちよさに恍惚となった彼女の表情など、自分以外に誰も見たことが  
ないと思うだけで満たされるものがあるくらいにいやらしい。  
 もう気遣いができなくなったのか、それまでのゆっくりした調子から激しい動きへと変わった。  
 突かれ揺さぶられ、襞を擦られるたびに少女の声が漏れる。意識が飛びそうになる。  
 胎の奥から全身に響いてゆく甘い痺れ。  
 身体が傷つかぬようにと、中から愛液が際限なく溢れていた。寝台には溢れた液体で  
染みができ、ぐちゅぐちゅと性器同士のぶつかり合う卑猥な水音が大きくなる。  
 相手の背中に回された少女の細い指に、つい力が入る。  
 
「ん、っ……あぁ、はぁあ、あ…ああ……っ」  
 全身に染み渡っていく肉の悦びに、ティアは素直に嬌声をあげていた。  
 やがて迎えるそのときを求めて、二人で上り詰めていく。  
 そして快楽の高みに達したヒースは耐え切れず、少女の中に肉欲を放った。  
「やぁ、あ、あ…ああっ……あぁ――――!」  
 膣内に白濁を吐き出された少女も頭の中が真っ白になり、肉の悦びに全身をがくがくと  
振るわせる。  
 
 荒い呼吸が落ち着くまで、いや落ち着いてからもしばらく、二人は抱き合ったままでいた。  
 
 
   ◇  ◇  ◇  
 
 
 ティアは翌朝、ヒースと共にローアンを離れた。  
 昨日と同じくよく晴れた日だった。天気が良いのは助かる。  
 時には雨も降らなければ木も花も育たないが、旅をする者の立場からすれば、  
好んで雨に濡れた服でぬかるんだ道を歩きたいものではないからだ。  
 預言書の精霊たちも雨を苦手としているから、やっぱり晴れているほうが都合がいい。  
 
 北に向かう道の途中、周囲をぱたぱたと走り回ったあと、少女は連れに駆け寄った。  
「帝国に着いたらどうしますか」  
「そうだな……会っておきたい相手の顔だけ見たら、あとは君について行こう。  
君も他に行きたい国があるんだろう」  
 ティアは大きく頷いて、その後天を仰いだ。まぶしさに、ついつい目を手で覆う。  
「お日さまが暖かい」  
 足元の草花も周囲の木々も、みな天上から愛でられているかのように日の光を浴びている。  
 光は二人の頭上にも降り注ぐ。  
 彼女の外套の襟元に括り付けられた髪飾りが、天からの光を反射してきらきら輝いた。  
 
「あ」  
 少女の唇から声が漏れた。一つ、思い出したことがあったのだ。  
「書きかけの……置いてきちゃった。でもどこでも書けるし、別にいいかな」  
「?」  
「いいのいいの」  
 ティアはヒースの後ろに回って、早く先に行こうと両の手で彼の背中を押して歩いた。  
 
 
 
 
 
 主が不在となったローアン下町の我が家。  
 机の上に書きかけの物語が綴られた紙が散らばっていた。  
 二本の剣を使い、不思議な生き物と共に旅する勇者の話の続き。  
 主人公と、不思議な生き物と、そしてもう一人。  
 新しく旅の仲間が加わって世界を回る――そんな物語。  
 
 物語の綴られた紙の上に、窓の外から  
 旅立った家の主たちを照らすものと元を同じくする陽光が差し込んでいた。  
 
 
                    <了>  
 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!