キーンコーンカーンコーン、と午前の授業を終える鐘が鳴る。
それを合図に今まで静まり返っていたアヴァロン学園は途端に活気を取り戻す。
そして、アヴァロン学園二年生のユミルの教室の平穏を破ったのはとある少女の叫び声だった。
「ユミル、今日こそはわらわと一緒にお昼を食べるのじゃ!」
金髪の美しい髪をなびかせ、鐘の音と共に入ってきたのは隣のクラスのドロテアだ。
生徒会長でもある彼女は何故かユミルを気に入ってるらしく、暇さえあればユミルを己につき合わせることを一つの楽しみにしている。
一緒に帰ろう、放課後は暇か、ランチを共にしよう、――生徒会に入らないか。
最後の誘いはもう何百回聞いた気がする。
ペラペラとシェフに作らせた今日のお弁当の中身を説明し始めるドロテアにユミルは苦笑いを浮かべる。
(僕なんてあまり役に立たないと思うけどなあ……)
そうやっていつも生徒会への入会を断っているのだが、ドロテアはユミルがいれば百人力だのなんだのいって聞かないのだ。
ドロテアの説明を聞き流しながら、教室を見回すと呆れた様な顔をしたレクスが目に入る。
はやく決めろよ、とユミルにとって意味の分からない助言をくれるレクスは幼いころからの友達だ。
さらに視線をずらすと、アンワールの席からちょうど離れるティアの姿が見える。
ティアはユミルの双子の兄弟だ。このクラスの委員長でもあり、謎の転校生であるアンワールの世話をたまに焼いている。
謎、というのは彼があまりにも無口でクラスに馴染もうとしないので転校から一週間以上経つがそのままだ。
「ユミルー、どこー?」
と、考え事をしているとユミルを呼ぶ声がどこからか聞こえる。
これにはドロテアも話を中断せざる得なかった。
現れたのはマイナスイオンを発していそうな笑顔を浮かべる若い女性。
ふわふわとした足取りでユミルに近づいてきたと思ったらきゃ、と小さな悲鳴があがる。
案の定、何もないところで躓いた彼女はユミルに抱きとめられる形で、地面との衝突は免れた。
柔らかい感触と良い匂いが伝わってくる。豊満な体は健全な青少年には毒だ。
ユミルは女性の名を呼び掛けるが、女性はそのまま考え事に没頭してしまったようで反応はない。
「何かユミルに伝えなきゃいけないことがあったんだけど、忘れちゃったわ」
「ミエリ先生、またですか……」
ようやく体を起こしたミエリはまたふわふわとした足取りで教室を後にする。
ユミルはそれを思わずぼーっと眺めていると、強烈な痛みが耳を襲う。
「デレデレしちゃって……馬鹿じゃないの」
白銀の髪で表情を隠した少女は不機嫌そうな声色でユミルの耳を抓った。
一部始終を黙って見ていたエルフの少女――シルフィはその表情を崩さないまま口を開こうとして、復活したドロテアに言葉を奪われた。
「ユミル!急がないと昼休みが終わってしまうぞ!」
「ああ……ええと、」
優柔不断、とレクスに揶揄される性格を自覚してはいるがやはり断るのには勇気が必要だった。
今日は先約があるのだ。断らねばならないのにがっかりするドロテアの顔を見たくないのも事実だった。
「ダメ!ユミルは今日は私と一緒にご飯を食べるのっ!」
「なんと……またなのか!たまにはわらわと一緒に食べるのじゃ!」
駄目、としばらく口論が続くのをユミルは他人事のように眺める。
みんなで一緒に食べればいいと思うのだが、どうやらそれではだめらしいのだ。
女心って難しい、と思いながらユミルは教室の扉が開く音に気がつく。
現れたのは疲れた表情を浮かべながらもどこか誇らしげなデュラン。完全な遅刻である。
ティアが注意をしようと近づいていくが、すぐにそれは終わる。
今回もまた人助けをしていて遅れたのだろう。そんな理由をあげられてしまえば、ティアだってデュランを責めにくい。
人助けが趣味という善意の塊のような少年は、自分の机へと向かう際ちらりとユミルを見た。
大変だね、と視線で言われた気がするが人助けが好きな彼でもユミルのことは助けてくれなかった。
続けて教室の扉が開く。現れたのはヴァルドだ。
この学園の理事長の孫であり、多大な発言力を持つ彼だが遅刻は遅刻だ。
ティアは果敢に注意をしようと挑んでいくが、丸めこまれる様子がすぐに想像できる。
「……ドロテア、居る?」
そんなとき、ヴァルドが開いたままのドアから現れたのは幼女……ではなく教師のネアキだ。
天才として飛び級して教壇に立っている彼女の瞳は、ある一点で止まりそこを目指して歩き続ける。
「ドロテア」
「ん……なんじゃ、ネアキ先生か。わらわに何の用じゃ」
「今日、会議。もう始まってる」
え、とドロテアの顔が驚愕に染まる。
ネアキに引きずられながら、「明日は一緒に!」と叫ぶので先約のないユミルは頷いておいた。
「ふう……それじゃあ、ユミル…」
「もう休み時間十分もないわよ」
争いに勝利し、勝者の笑みを浮かべたファナの言葉を冷静なシルフィの言葉が遮った。
「そ、そんな……!」
「早いとこ食べちゃいましょ」
そう言いながらシルフィはユミルの机へ己の弁当箱を広げる。
結果的に、ティアやレクスやデュランまで仲間に入り変わり映えのしないメンバーと話しながら休み時間は終わった。