知らなかった。
あんな表情をするなんて。
あんな声を出すなんて。
あんなに一緒だったのに。
「……!」
カードの中、ワルキューレゼロは自分の肩を抱いて身を縮こめた。
それでも、消えない。消えてはくれない。
知らなかった、姫の表情と声が。
「……姫……」
ぽつり、呟く。思えば、そんな気はしていたのかも知れない。
魔導アカデミーに入学するため城を出たときの姫と、自分が魔導アカデミーに来たときに久し振りに会った姫。
華奢な身体も甘い髪の匂いもそのままだったけれど、格段に綺麗になっていた。
城を出た時にはまだなかった艶やかな「女」の匂いが、色香が。姫に、身に付いていた。
「………」
「……、………!」
カードに隠れても耳を塞いでも、声は容赦なくワルキューレの元に届く。
きつく閉じた自分の目から涙が零れている事に、ワルキューレはまだ気付かなかった。
呼ばないで。そんな悩まし気な声で、そんな男の名前を呼ばないで。
「私は………私、は………!」
最初は、曲者かと思った。くぐもったローザの声に、足音を忍ばせてカードから出た。
長刀を構えなおして目にしたのは、月光に輝く白い肢体。それを組み敷く、男の身体。
叩き斬ってくれようと踏み出しかけた足を止めたのは、ローザの声と表情だった。
「……好き。好きよ」
喘ぎの合間に、甘い声で男の名を呼ぶローザ。
あんな声は、聞いた事がなかった。
とろりと蕩けてしまいそうな視線は薄く開いた唇と相まって、より一層淫らに映って。
あんな表情は、見た事がなかった。
踵を返し、ワルキューレはカードに舞い戻った。
見てはいけないものを見てしまった。そんな気がした。
肩を抱いて、きつく目を閉じた。違う、あれは姫じゃない。姫じゃないんだ。
「姫………!」
薄く目を開くと、暗闇がぼんやり滲んで見えた。
目を閉じても開いても、抱かれて喘ぐローザの幻影は消えてくれない。
悔しくて、悲しくて。それ以上に、切なかった。
あの表情を見た瞬間、気付いてしまった。自分でも気付いていなかった想いに。
「………お慕い、しております………」
口に出さないと、心が潰れてしまいそうだった。
連れていかないで。置いていかないで。その娘は、私の大事なお姫様だったのに。
綺麗にならないで。私の知らない所で、そんな男の為に綺麗になんかならないで。
声が震えて、涙がまた一筋零れ落ちた。