夜遅くから降り積もった雪に覆われた庭を、和宮は見惚れるように眺めていた。  
雪に覆われただけで、見慣れた景色が昨日とは違う場所になってしまったような気になってしまう。  
紅い南天の実と、その上に被った雪の白の鮮やかな色彩に、目を奪われる。  
「…寒くはありませんか?」  
「上さん」  
夫の声に驚いて目を見開いた和宮の表情に、家茂は楽しげに声を上げて笑う。  
「驚かせてしまいましたか。  
 …それにしても、一晩で随分積もりましたね」  
和宮の横に並んで庭を見やる家茂に、和宮はこくんと頷いた。  
「昨日までとは、違うお庭みたい…」  
「私も、そう思っていました」  
笑顔を向けられて、和宮は思わず微かに目を逸らした。  
「この庭を見慣れるようになったのも、将軍職に就いて暫くしてからです。  
 ……宮様は、いかがですか?」  
家茂の問いかけに、和宮は小さく首をかしげた。  
「前までは…どこよりも、都の雪景色が一番美しいとおもうておりましたけれど」  
ほわりほわりとした白い息と共に、和宮のやわらかい声が紡がれる。  
「こちらの雪景色も、都とおんなじくらい綺麗です」  
その言葉に、にこりと微笑んだ家茂が、両の手で和宮のほんのり赤い頬を包んだ。  
「あ、あの」  
「こんなに冷たくなって」  
「ごめん、なさい」  
風邪でもひいたらと叱られる気がして思わず眉を下げた和宮の頬を、家茂の指先が優しく撫でる。  
「いえ、嬉しいのですよ。…この可愛いお鼻を赤くするくらい、宮様にも気に入って頂けて」  
家茂の悪戯っぽい表情に、和宮は慌てて鼻先を覆い隠した。  
恥ずかしさに任せて夫を睨もうとする和宮だったが、屈託なく嬉しさを滲ませた家茂の表情に、  
思わず口許が綻んでしまう。  
 
「幾ら良い眺めとはいえ、ここは寒い。中へ入りましょう」  
「はい」  
歩き出す家茂の背中を見つめる和宮が、白い息をつく。  
「…何か仰いましたか?」  
「いえ――、」  
ゆるりと首を横に振る和宮が嬉しげに微笑む。  
「ないしょ」  
「内緒?」  
「妻をからかう、いじわるなお人には教えません」  
「そんな、宮様」  
口許を袂で隠す和宮を前に、家茂はすっかり困り顔である。  
「さあ、参りましょう?」  
含み笑いを浮かべたまま、家茂を促す和宮。  
首を傾げたその後姿を、和宮はそっと見詰める。  
 
あなたがいるから――、  
 
「宮様、」  
家茂が不意に振り向いて、和宮の手を取った。  
引き寄せられるまま、よろめいた和宮の半身を、家茂が受け止める。  
「上さ…」  
「宮様はどうやら、私に言いたいことがおありのようだ」  
大きな目を瞬かせる和宮に、家茂がにこりと微笑む。  
「夫婦の間で、隠し事はいけませんよ」  
「隠し事なんて、…」  
言い掛けた和宮の唇に、人差し指がそっと押し当てられる。  
「――今宵、ゆっくりお伺いしましょう」  
「…っ!」  
家茂に囁きを吹き込まれた耳元が、真っ赤に染まっていく。  
ざわめく鼓動を感じながら、和宮はしたり顔で笑う夫からぷいと顔を背けた。  
 

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