碁石が盤に当たる音に続いて、「もうひとつ三じゃ」と家定の弾んだ声が響く。  
「ほれ、そちの番じゃぞ。……ん?」  
促されて篤姫が打った石の場所に、家定は思わず考え込んだ。篤姫が打ったのは、思い掛けな  
い予想外の場所だ。これはどうした戦略だろうかと、若干迷いながら家定がパチリと石を置く。  
だが、よく見れば篤姫はどこか上の空で、碁石も握らずぼんやりと碁盤を見詰めている。  
「御台、御台?」  
「あ、はい」  
やっと我に返った篤姫が打った石は、またも首を傾げるほど見当違いの場所である。  
「いかがしたのじゃ。そなた、先程からおかしいぞ」  
「いえ、別になんでも…」  
「なんでもない訳がなかろう。具合でも悪いのではないのか」  
そう口にしてみれば、心なしか篤姫の頬が赤いようにも見える。熱を診ようと手を伸ばしてそ  
の額に触れると、僅かに身を弾ませて篤姫は慌てて身を後ろに引いた。  
「何じゃ、どうしたのじゃ」  
「いえ、あのっ…だ、大事ございません! 本当に、その」  
しどろもどろに答える篤姫の顔は、言葉に反してますます赤みを増していく。  
「ああもう、黙ってじっとしておれ!」  
腕を掴んで引き寄せられて、小さく悲鳴を上げる篤姫の小さな額に、家定の掌が当てられる。  
「熱は…ないか」  
叱られたせいか、やっと大人しくなった篤姫が、眉を下げて小さく頷く。それでもまだ、家定  
が目を合わせようとすると、ぎくしゃくと目を逸らしてしまう。  
その様子に家定は溜息をついてから、熱を測った手で篤姫の額を軽く小突く。  
「儂に合わせて無理をすることはない」  
「いいえ、わたくしは無理など全く」  
「わかったわかった。だが今日は休め」  
篤姫の手をとって立ち上がらせると、その手を握ったまま家定は寝間へと篤姫を連れて行く。  
「あの、勝敗がまだにございます」  
「あと一手で儂の勝ちではないか。全く、そちは何を考えておったのじゃ」  
呆れたように笑う家定に、篤姫はぎこちない笑みを向けるしかなかった。  
 
灯りが消えて暫くしても、篤姫は一向に寝付けずにいた。むしろ時間が過ぎるほどに、意識は  
冴えていく一方である。  
謀るつもりは毛頭なかったものの、家定は篤姫の体調が悪いのだと心配してくれている。  
傍らを振り返ると、こちらを向いて眠る家定の穏やかな表情に、篤姫は思わず背を向けた。  
(上様に何とお詫びを申し上げれば…)  
やっと家定の顔をきちんと見られるようになったというのに、あっという間に元に戻ってしま  
った。嬉しさと気恥ずかしさで一杯だった数日前より、むしろ酷くなっているかも知れない。  
いまは家定の些細な仕草や振る舞いですら、篤姫の心を波立たせる。  
碁石を打つ指先を見ても、腕を掴まれた力強さも、篤姫の体調を案じるように向けられる視線  
も、全てがあの夜を思い起こさせるのだ。  
家定に初めて慈しまれて過ごした夜の甘やかな記憶が、嫌になるほど鮮明に蘇る。  
指先が滑るように肌をなぞるくすぐったさと、その奥に潜んだ甘い痺れ。  
耳朶に吹きかかる甘い息と睦言。  
不意に現れた箍が外れたような激しい力強さと、我に返ったときの気遣わし気に揺れる眼差し。  
考えてはいけないと、思い出してはいけないと強く思えば思うほどに、覚えた秘め事に肌が震  
えてしまう。  
(こんなことばかり考えているなんて…もう…っ)  
閉じた両の目の縁に、じわりと涙が浮かぶ。  
家定に優しく握られた手にともった、痺れすら伴う熱を隠すように、両手を胸元で握り締めて、  
篤姫はそっと震える息をついた。  
「上様…」  
 
不意に聞こえた衣擦れの音に、篤姫が恐る恐る振り向けば、家定が篤姫をじっと見詰めている。  
「―何じゃ?」  
「も、もも申し訳ございません。起こして…」  
「いや、眠ってはおらぬ」  
心の内を見透かしたかのような眼差しに、耐え切れず再び背を向ける篤姫。  
「もう遅うございます。上様もどうぞお休みくださ…」  
「つれないことを申すのう」  
(あんな声で儂を呼んでおいて…)  
家定は腕を伸ばして、背中越しに篤姫の痺れを隠した手を強く握った。  
うなじに掛かる吐息で、篤姫の肌がぞわりと粟立つ。篤姫が慌てて息を詰めた隙を狙って、家  
定は掛かっていた布団を乱雑に剥いだ。そのまま篤姫を仰向けて、白い夜着を組み敷く。  
「ううう上様ッ!?」  
驚いて目を見張る篤姫に、家定は目を細めて笑みを零した。  
「やっとまともに見てくれたな」  
「あ…」  
篤姫が横を向いて視線を逸らそうとするのを、顎に手を添えて小さな顔を固定する。  
「なぜ逸らす?」  
「それはその、何となく」  
恥ずかしくて、と蚊の鳴くような声で呟く涙目の篤姫の頬を、長い指がそっと撫でた。  
「目の前でそんな妙な態度をされては、気になって仕方ないわ」  
「もっ、申し訳…」  
「眠ろうとしても寝付けぬ」  
耳元に吹き込まれる悪戯っぽい声音とは裏腹に、繋がった片方の手の指と指が艶めいて絡まる。  
「お陰でそなたの愛い顔ばかり浮かんでな、困っておるのじゃ」  
(上様も、同じことを…?)  
秘めた心の中の驚きは、残念ながらすべて表に出てしまっていることに篤姫は気付いていない。  
その邪気のなさが可愛らしくて、家定は耐え切れずに篤姫の小さく震える唇を塞いた。  
軽く幾度も啄ばんでから、次第に角度を変えて深く口付ける。おずおずと開く唇の間から舌を  
入れて、熱い口内のあちこちを弄る。無防備な舌を絡め取ると、篤姫が繋いだ手に力を込めた。  
まだ慣れぬ口付けに、苦しそうな表情が浮かんだところで、ようやく音を立てて唇を離す。  
「はぁ…はぁ…上、様…?」  
 
家定はぐいと開いて見せた胸元に、握り合った己が手ごと篤姫の手を押し当てた。どくどくと  
脈打つ鼓動を感じて目を見開く篤姫の目を、真っ直ぐに家定が射抜く。  
「分かるか? ここに来てから、ずっとこうなのだ」  
「わ、わたくしも上様の事を考えると、その…どきどきして」  
嬉しさと恥じらいで表情をくるくる変えながらも、その潤んだ瞳はどこか誘うように揺れて。  
二十の年を過ぎても少女のような表情を残した妻が、あの一夜でこんなにもその身に色を湛え  
るなど、家定は思ってもいなかった。  
「…儂にも診せてみよ」  
「え、ええ?!」  
慌てて拒んでみたが、あっという間に家定の手は肌蹴た絹地の中に差し込まれていた。  
早い早いと篤姫の鼓動を確かめていた手は、早々に胸の膨らみを捕らえてしまう。  
「そこはまだ駄…!」  
「まだも何も」  
もう既に誤魔化しようがないほど尖っているものを擦ると、篤姫の口から掠れた声が漏れる。  
「随分と敏感じゃのう。儂とのことを思うただけでこんなにして」  
「あ、やっ、言わないで、くださ…っ」  
意地の悪い言及に反論したいが、図星を指されては言い訳すら出てこないらしい。  
睨むのも一瞬で、やわやわと淀みなく与えられる愛撫と羞恥に、すぐに眼差しは蕩ける。  
相反して、口許に手を当てて溢れる声を洩らすまいとする頑なな仕草。  
「声を聞かせよ。この前も言うたぞ、忘れたわけではあるまい?」  
眉を下げて困り顔をする篤姫の手首を、態と力を込めて外させる。  
「そなたの感じたままを聞かせよ」  
耳元に吹き込んでやれば、従順な妻の体がふるりと震える。  
乱れた帯の結び目を解くと、夜目にもくっきりと妻の白い肢体が浮かび上がる。目にするのは  
二度目だが、思わず喉を鳴らさずにいられなかった。いい加減邪魔になってきた自らの夜着も  
脱ぎ捨てて、続きをと強請る視線に微笑を返す。  
桃色の先端を弾いてやると、篤姫の体がひくんと跳ねる。間を置かずに家定はその頂を口に含  
んで、舌先で転がしてから軽く吸い上げた。  
「ひぁっ、あ、」  
片方の膨らみは手の中で形が潰れるほどに揉みしだいて、先端を指と指の間に挟んできゅうと  
締め付ける。  
快感に切なく顔を歪ませた篤姫は、思わず家定の頭に手を添えた。  
「ふふ、そんなに快いか」  
「上様に、触れていただくと…ひぁんっ」  
「うん、何じゃ?」  
「そこが、色んなところ、が、あ…熱うなって、もう、どうしていいのか」  
上擦った声で切れ切れに訴える姿に、家定も高揚感が増していく。  
「そうか、こうされると熱うてたまらぬか」  
「やっ、もう…上様ぁ」  
婚礼の夜からどれほどの月日が経ったことか。漸く知ったばかりの柔肌を存分に味わいながら、  
家定の手はゆっくりと腹部を滑り、腰を撫でて、その先の茂みへと辿り着く。  
「ならば、もっと熱うしてやろうのう」  
 
腕の中の妻が先程よりも大きな恥らいと制止の声を上げたが、それを内心で楽しみつつ、聞こ  
えぬ振りをして恥部を弄る。  
早くも滑りの良くなっている筋に沿って指を往復させると、甘やかな声が響き渡った。もっと  
乱れた声が聞きたくて、くちゅりと音を立て、蜜に濡れた秘所に指が差し込まれる。  
「あ! 上様っ」  
まだ異物が入ってくるのが辛いのだろう、篤姫の表情が僅かに歪む。それでも、きつく狭いそ  
こを解すようにゆっくりと動かすと、うっすら開いた紅い唇から、次第に熱を帯びた息が漏れ  
てくる。  
「力を抜いて…そうじゃ」  
「…はい。……ぁ、あ、あんっ」  
緊張の和らいだ中をぐるりとかき回せば、押し寄せる快楽を逃がすように、篤姫が首を左右に  
振る。逃がせるものならしてみよとばかりに、奥からとぷりと溢れる蜜を絡めながら、抜き差  
しする指を次第に増やしていく。  
「うえさま、うえさま」  
蕩けた声音で呼びながら、篤姫の手が家定を求めて伸びる。その手に己が手を重ねて、家定は  
嬉しげに笑む唇を吸い上げた。  
「んっ…ぅん」  
くちゅくちゅといういやらしい音と共に、重なった唇の間からくぐもった声が漏れる。  
蠢く家定の指がある一点に触れた時、篤姫の体が激しく跳ねた。  
「あ、あっ、…ひぁん!」  
どこよりも過敏な部分を擦り上げられて急激に高まる刺激に、篤姫の手が家定を離れ、寝具を  
きつく握り締める。  
「やっ…あ、あああ…!!」  
痙攣を起こしたように体を震わせた篤姫が、やがて反らした背をくたりと横たえた。  
乱れた息のまま、とろりとした目を家定に向けるその色香に、時を忘れそうになる。  
「上様…?」  
潤んだ瞳に吸い込まれるように、家定はその眩い裸身に身を沈めた。  
 
「まだ辛かろうが、許せ」  
きつく握り締められた篤姫の両の手をとって優しく撫でると、家定は自らの背にその手を回さ  
せた。躊躇いがちに触れる篤姫に、構わぬと頷いて優しく微笑む。  
「怖くはないか」  
「上様のお気持ちを、存じておりますから」  
首を振って微笑む妻のその愛らしさに、家定の眉根が切なく寄った。  
「御台、」  
「…あっ!」  
潤んだ篤姫の秘所に、滾ったものが押し当てられる。  
腰を推し進めれば、家定の背に浮かぶ癒えて間もない爪痕の上に、新たな赤い線が走った。  
痛みが少しでも紛れればいいと、解れた黒髪が張り付く首筋に、鎖骨の窪みに胸の飾りにと、  
唇を落としては舌を這わせる。  
やがて初めての交わりよりも早く、篤姫は甘い息を洩らし始めた。  
苦しく止めていた腰をゆっくりと動かし始めると、それに合わせて吐息が喘ぎ声に変じていく。  
嬌声に煽られるように、家定の息遣いも激しさを増す。  
「ああっ、あん!…んんっ」  
「そなたの中は、熱うて…溶けてしまいそうじゃ…」  
「わたくしも、とけて、しまいます…っ」  
力の抜けかけていた篤姫の手が、家定の背にきつく回る。  
快感に潤んだ視線がかち合った瞬間、激しい突き上げに割り開かれた足が震える。  
「ひぁ……っ、もう、ああっ、あ、ああんっ」  
再び眼前が白くなっていく中、篤姫は縋るように家定と額を合わせた。  
「…定、様」  
「御台、御台―!」  
「あ、あ、……あああんっ!」  
遂に最奥を突かれて、頂点に上り詰めた愉悦が弾ける。  
篤姫が一際高い声で啼いた刹那、その中に家定の精が注ぎ込まれた。  
 
 
力の抜けた気だるい体を寄せると、どちらからともなく照れくさい笑みが零れる。  
「明日の朝が楽しみじゃ」  
「…何ゆえにございます?」  
「そなた、儂の顔をちゃんと見られるかのう」  
両の目を覗き込みながらからかわれて、情けない表情で唇を尖らせる篤姫。  
「が、頑張ります…」  
意気込みを語る口調の弱弱しさに、家定は小さく吹き出した。拗ねた顔をしてみせた篤姫も、  
やがてつられて笑い出してしまう。  
頬を寄せ合って目を閉じれば、そのままとろとろと眠りに引き込まれていく。  
よく似た笑みを口許に浮かべて、二人はようやく遅い眠りについた。  
 
=了=  
 

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