「間違いじゃと?」
「はい。宮様はひどくお嘆きでおいでです」
「なんと…それなのに私はあのような玩具を嬉々として」
「しかしながら、間違いではどうしようもなかったと存じます」
「滝山、宮様に会いにゆく」
「なりません」
「なにより詫びねば」
「公方様がついておいでですので」
「それでもじゃ」
宮様のご懐妊で、大奥はなにやら騒がしくなっておりました。
「失礼致します」
そこには観行院の胸に顔を埋め、むせび泣く和宮がいた。
「母上様」
顔を上げた天璋院の目に、驚きの表情をした家茂が映った。
「突然の参上、まことに申し訳ありません」
和宮は天璋院の訪問など気にも止めず、今だ悲しみに暮れてる。
「この度の事、まことに御察し申し上げます。さぞや、お嘆きだろうと」
「母上様、今は悲しみに暮れるほかないと存じます」
「おっしゃる通りです。しかしお二人はまだお若い。お気を落とさず」
和宮の背中がぴくりとし、その顔を上げた。
「気を、落とさず、ですと」
「宮様」
「天璋院さん、あなたに何がわかるというのですか」
和宮は天璋院に詰め寄り、その顔には怒りがこもっていた。
「公方様」
側用人が部屋の外から声を掛ける。
「私は表へ戻らねばなりません。宮様を頼みます」
和宮の肩を抱き、慰めると、表へ向った。
「宮様、それでは私も」
天璋院は腰を上げ、部屋を後にしようとした。
「天璋院さん」
和宮の声が背中に刺さった。
「あんたさんにはわからんのと違いますか。
少なくとも…女子の悦びを知らないお方には」
その発言に驚き、口をあんぐり開けた庭田と共に、和宮は席を外した。
頭を一つ下げた観行院も、天璋院に何か申したいようなことが、
その顔には浮かんでいた。
和宮のその真っ直ぐな物言いに返す事もできず、
天璋院は拳を強く握り、立ちつくしていた。
────女子の悦びを知らないお方には────
和宮の言葉が頭の中を巡る。
庭の池に掛かる橋の上で腰を降ろし、水面に映る自分の顔を見た。
その顔は酷く動揺していた。鯉が池に落ちた虫をついばみ、天璋院の顔は波紋と共に消えた。
そんな気持ちのまま、月日は流れたのでした。
「どうなされたのです。このような時刻に」
寝間には床が敷いてあり、白襦袢に髪を下ろした天璋院がいた。
日中に見る天璋院とは幾分違った雰囲気を放っていた。
咄嗟の事だったので、思わず胸元を隠す様に半身に構えてしまったが、
公方様と知るや頭を下げた。
「酒を嗜んでおりました。少し酔ったようです」
「なれど…よくもお気付かれずに」
「ご心配なされるな」
「宮様はまだ…」
「はい。まだ臥せがちで。あれから宮様の元へは参っておりません」
「お気の毒に。時が流れるのを、待つしかないのでしょうね」
「はい。しかしながら宮様をひどく悲しませてしまいました。
私がもう少し傍にいてやれたらと」
「何をおっしゃいます。お二人はお若い。これからですよ」
天璋院は畳を一つ叩き、若き将軍を元気づけた。
「夜も更けて参りました。今宵は冷えますぞ。さ、お早くお戻りに」
月を見ていた天璋院が振り返ると、
あぐらをかいて前かがみの家茂が肩を震わせていた。
「公方様、お寒いのですか」
「母上様、あなたは何故そんなにお強いのです」
その時、家茂が自分の股間を押さえ付けていることに気付いた。
「何をなさっているのです。そこは大事な所故、そのようなことをされると」
「いいのです。きっと私が不甲斐ないから子が出来ないのです」
「なにを申すのですか。私は子を産む事はおろか、夫婦としての時間すら
なかったのと同じです。ただの一度のことで気を落とされるな。
何より、あなたさまがしっかりなさらないと、宮様はなお悲しまれますぞ」
語気の鋭い天璋院にたしなめられて、家茂は落ち着かれたよう。
「お恥ずかしい。これは失礼致しました」
「私こそ。御無礼お許しを」
「しかし、私がこのようなことを申しても仕方がありませんね。
いつか宮様に言われました…」
「何と」
「…あなたは女子の悦びを知らないと」
「宮様、なんということを」
「いいのです。過ごした時の長さや、肌のぬくもりを知らなくとも、
あの限りある時が、かけがえのないものとして心の奥に生き続けているのです。
先ほどおっしゃいましたね、どうしてお強いのかと。
あえて申すのならば、例えばそういう事です」
その真っ直ぐな二人の関係を想うと、家茂は素直に感動した。
「さぞや、大切なものなのでしょうね」
「ええ」
天璋院の目に光る雫。
沈黙が続きました。
「亡き上様を思い出してしまいました」
「母上様、私でよろしければ、亡き上様のお代わりなどを…その…」
「な、なにをおしゃっているのですか。いささか悪酔いが過ぎるのでは」
「酔ってなどおりません。今宵はそのために来たのです」
「滅多な事を言ってはなりません。聞こえますぞ」
「皆、外せ」
「誰じゃ」
「わしじゃ」
「う、上様。なぜにこのような所へ」
「下がれと申した」
「しかしながら」
「家茂の命ぞ」
「はっ」
「亡き上様に初めて御目通り叶った折、母上様にお会いになった時から、
心密かに御慕い申しておりました」
「なんということを。私はあなたさまを弟の様に、そして養子として迎え入れた身故、
戯れにそのような事を申してはなりません」
「戯れなどでは御座いません。もはやこうなる運命」
「なりません。宮様が臥せっている時、かようなことを」
「宮様は大切です。私のことを大変好いてくださっています。
それは私も同じなのですが、御所の御方故、今だ分かりかねるところもありまして」
「私とは十も離れているのですよ」
「構いません。宮様と同じく母上様も愛おしく、それでいて心配でなりません。
私も徳川宗家の長。このような事も覚悟の上」
「私とて上様亡き後、女を捨て、この大奥と共に果てる覚悟。
なれど、あなたさまと、その、関係を持つなど」
「これでも亡き上様とは従兄弟の間柄ゆえ、どこか似通う所もあるかと」
「そんな…」
「私を家定様と思ってくだされ」
天璋院は家茂の顔に、家定の面影を見たのでした。
家茂は天璋院の肩を取り、そっと横にした。
「恥ずかしゅう御座います」
髪を撫ぜ、頬に触れる。その指が唇に達する。口づけた。
どれほどの間でしょう。それはとても長くありました。
「母上様、男のモノを御覧になりますか」
「男のモノとは…そんな」
家茂は薄明かりの中、褌一丁になった。
年相応の体つきをしているが、どこか頼りない所もあり、ある種の母性をくすぐった。
「母上様、お手を」
その手を股間に持っていき、そのまま褌越しにあてがう。
私の手の上から被せられた大きな手は、まさぐる様に股間を愛撫した。
それは、幼少の薩摩で遊んだ、泥団子を捏ねているような感覚だった。
家茂は褌を解いた。
「どうです、母上様」
股に茂る陰毛の下に、小さな瓜のような物と芋のような物が生っていた。
「存じているのとは違うような。あっ、私はなんとはしたない事を」
「どういうことです」
「いえ、徳川に嫁いだ際、私の使命の一つは世継ぎを儲ける事でした。
その折に幾島という、これまた口の減らない女子がおりまして、
夫婦和合指南書という書物を読まされたのです。
そこに描かれていたモノとは…」
男勝りで勝気な天璋院も一人の女子。
緊張の裏返しか、若い男子の陰部を前に饒舌になる。
「母上様もあれをお読みか。私も大変勉強になりました。
失礼ながら亡き上様とは」
「ええ、御渡りの折は、五目並べやお話をされるのが常でした。
そんなんでしたから、私から御願い申した事さえあります。しかし叶いませんでした。
一度だけ上様は優しく抱きしめてくださいました。なんと心地の良い事でしたか。
私にはあれで充分だったのです」
「そうでしたか」
「ええ」
「では、母上様は指南書に描かれていた摩羅の張ったものしかご存知ないのでしょう」
「そのようなお恥ずかしいお言葉を…」
「今のこれは、いわば菊千代。じきに大将軍に変化して御覧にいれます。
先ほどのように触ってくだされ」
直に触るそれは温かかった。
そして手の中でこりっとした感触に代わり、やがて芯を持った。
「どうです」
「どうと言われましても、ただただ恥ずかしいばかりで」
なんと淫靡な形でしょう。
このような物が私の秘めたるところに挿し入れるとは、皆目見当もつきません。
その固く熱く滾った異様に伸びた牛蒡のようなモノは、まさに将軍でした。
「母上様」
襦袢の胸元に手を掛け開ける。
天璋院は抵抗を見せるが、小振りの乳房が露になった。
「お美しい。やはりあなたと親子の間柄とはあまりにも酷だ。
なによりこのまま老いるとはなんとも不憫」
乳房を揉み上げ、その先端を口に含む。
天璋院は口数が減り、かわりに吐息が漏れる。
そのまま腹部に移動し、しなやかな腰を抱く。
袖から腕を抜き、天璋院は一糸纏わぬ姿になった。
そこからふくよかな下腹部に、そして女の茂みの奥へ。
女陰を押し広げ舐め上げた。
「ひやぁ」
天璋院は女の声を上げた。
「く…ぼう…さっ…な…にを」
「はぁはぁ…、わたくし、和蘭から取り寄せた指南書も読んだのです。
これは向こうの作法のようです。私も初めてです」
「ならばおやめ下さい」
「私も女陰は摩羅を挿し入れる所と心得ていたものですから、
些か勝手がわかりませんが、これをすると女は大層喜ぶと書いてありました。
どうぞ身を任せてください」
執拗に舐めまわす。その度に天璋院は声を上げた。
「まるで鮑のようだ。宮様もこのようなモノで私を受け入れていたのか」
「お恥ずかしい事をおっしゃらないで下さい。
それと…宮様のことは…今は…お忘れくださっ、いっ…」
先程よりもさらに膨張した男根の先端から、雫を滴らせながら、
「母上様、もう我慢なりません。精を放ってしまいそうです。いきますぞ」
家茂の男根が、天璋院の女陰をくすぐる。そのまま腰を沈めていった。
「くっ」
天璋院は手の甲を噛み、初めての感覚を堪えている。
家茂も、ただただ腰を突き続ける。
その時は、間もなく訪れた。
一際強く腰を突き挿れると、背中を痙攣させながら天璋院に覆い被さった。
天璋院の女の中に、精を放ったようだ。
長い間そうしていたが、天璋院の傍らに横になった。
「母上様」
「…」
天璋院の頬を涙が伝った。
──女の悦び──
十も下の和宮。その女子の口から発せられた言葉。
その意味を知ると共に、若き二人の秘め事に、ある種の嫉妬を覚えた。
「どうなされました」
「いえ。嬉しいのです。亡き上様を感じることができました」
「それはよかった…」
空言のような家茂の返事だった。
「実の所、宮様の元へはまだ、数える程しか渡っていないのです」
「そうなのですか」
その告白に天璋院は、和宮への嫉妬ととも思える何かがふっと消えた様な気がした。
「今回の宮様の件、私も大変喜びましたが、疑問もあったのです」
「公方様、側室を持たれたら如何です」
「なにをおっしゃるのです。私には宮様が…いや、今は母上様もおられる。
私は幸せ者に御座います」
「なんと嬉しい御言葉を」
なんと睦まじいお二人でしょう。
「これが、私の中にあったのですね」
「何をなさるのです」
天璋院は家茂の男根を包む様に揉みしだいた。
「公方様、もう少し、もう少しだけこうさせてくださいませ」
「母上様がそうおっしゃるのなら」
天璋院はこうなることを望んでいたのかもしれない。
「菊千代様がまた将軍様になってきましたよ」
「うっくっ」
「こんなモノが私の…、挿るなんて信じられません」
「メリケンやエゲレスの男は一尺もあると聞きましたよ」
「なんと、一尺と。はらわたを掻きまわされそうですね」
「では私のは、泣き尺という事で」
「お、公方様、釣りを嗜まれるのですか」
「母上様、お分かりか。隅に置けません。しかし見ての通り私のはそんなにありませんよ」
「ですね」
「言いますな」
くくくっ、という天璋院の童のような笑顔を見ると、家茂もそれに連られて笑う。
「母上様…そんなにされると、その、また…」
「今度は公方様、あなたさまがお抱きください」
「わかりました」
「それと、“母上様”は…、おやめくださいまし」
「承知しました」
睦み合う二人。
家茂の背中にはしなやかな腕が、しっかりと抱きしめられていた。
─終─