寝室に入った帯刀は、目を疑った。普段は部屋の真ん中に布団が二組並べて敷かれているのだが、
今日は広い部屋の端と端に離れて敷いてある。床の間にくっつくほどぴったり敷いている布団の
上には、お近が背筋を伸ばして座っている。
むろん、背中を向けたままである。
あまりの子供っぽさに、思わず帯刀は自分が悪いにも関わらず噴出してしまった。
「近、まだ怒ってるのか?」
「知りません!」
いつも大人しく控えめな近が、ぷりぷりと甲高い声を出すのもおかしく、帯刀は背後から
抱きついた。
「だ、旦那さま!わたくしは怒っているのです。ごまかさないでください」
「それも、私を思うがゆえのことと、自惚れてもいいのかな?」
耳元で囁いて息を吹きかけると近は観念したように肩を落としたが、ふと振り返って
ぎろっと帯刀で見た。
「ずいぶん口がお上手になられましたのね。さすがにご家老様ともおなりになると、
色々と華やかなお話もありましょうしね。田舎もののわたくしには、お相手しかねますわ」
「まったく、そんなに意地を張らないで」
なだめるように抱きしめると、力いっぱい突っぱねて再び背を向ける。
「そうさせたのはどなたです!」
頭のてっぺんからだすような甲高い声に、帯刀は思わず噴出した。
「なにがおかしいんですかっ」
「いや、嬉しいんだよ。近がこんな風に怒るんだって、初めて知った」
帯刀の言葉に、近は怪訝な表情を浮かべる。
「結婚してから、ずっと私のよき妻でいてくれたけど、いつも穏やかに微笑んでいるだけで、
自分の感情を出したのを見たことがなかったから…。夫としては、距離を感じてちょっと
寂しかったのだ」
「でも、それは」
初めて知る夫の心中に、近は驚きをもって言葉をかみ締めた。帯刀と向かい合って正座をする。
「だって、あなたは小松家の跡継ぎになる条件にわたくしを押し付けられたんだわ。年上で、
病弱で、あなたの子供も産めないような、そんな女を」
「違う。それは違う。自分のことをそんな風に貶めてはいけない」
「だってあなたは於一さまを…」
「あのかたとのことは、もう終わったことだ。もともと身分が違う。私の一人相撲だったのだ」
帯刀は近の手を取り、優しく包み込んだ。
「よく聞いてくれ、近。跡目相続とそなたとの結婚は別問題だ。押し付けられたわけではない。
私はそなたの思慮深くて、たおやかながらも強さを秘めているところを若い頃から
尊敬しておった。結婚相手がそなたでよかったと思っている」
「旦那さま」
「だから、もっといろんな近を見せて欲しい。笑ったり泣いたり…」
言葉は最後まで声にならず、吸い寄せられるように唇が重なった。もつれ合って
布団の上に倒れこみ、今まで交わしたことのない濃厚な口付けを交わす。
「あ…」
近の頬が桃色に染まり、吐息のようなかすかな声が漏れる。今までは感じていても
歯を食いしばって耐えていた近だったが、今日は枷が外れたかのように激しく反応する。
舌を絡ませると、自ら積極的に絡ませ、唾液まで吸い取るように深く深く求めてくる。
帯刀はせわしなく近の寝巻きをはだけさせ、豊かな乳房にむしゃぶりついた。
子を産んだことがないせいか、いつまでも若く張りのある乳房で、上を向いても
形を崩すことはない。桃色の突起がすでに充血し、天を向いている。
「あ…っ!あ、や…」
突起を口に含むと、か細い声をあげて仰け反る。構わず激しく吸いたてると、
いっそう声は高くなる。
開いた手を体の線に沿ってなぞりながら下ろして行き、すでに若干潤んでいる
秘所に触れた。
「近、もう濡れている。まだ触れていないのに」
「そ…っ、それは…っ!」
「こんなにいやらしい体だったのに、今まで貞淑なふりをするのは大変だっただろう」
わざと意地悪く耳元で囁くと、近はきゅっと目を瞑って顔を左右に振った。
「違います…っ!だ、旦那さまが、すごいから…あうっ!」
指が一本、中に入ったので、近は呻くように喉を鳴らした。枯れることを知らない
泉のように、秘所からは後から後から愛液が溢れ、帯刀の手を濡らした。
指は強弱をつけながら抜き差しし、そのたびに淫猥な音が静まり返った部屋に響く。
「あぁ…、あぁ、あ…、だめぇ」
近の哀願も聞かずに、指を二本に増やし、先ほどより激しく指を抜き差しする。内部で
角度を変えると、びくん!と近の体が跳ね上がった。
「そっ、そこ…っ!あー…っ」
かすれた声をあげ、そのままぐったりと弛緩してしまう。生まれて初めて高みを味わい、
近は衝撃のあまり言葉も出せずにただただ荒い息を吐くのみだった。
放心しきった近がまた艶かしく、帯刀は我慢できずに足を開かせ、猛ったものを突きたてた。
「……っ!」
先ほどとは全く別の質量を持ったものが体を貫き、近はかすれた声をあげ、白い喉を反らせた。
「こんな、の…、あ、あぁ…っ!」
激しく挿入を繰り返し、一際深く貫いて、ゆっくりと引き抜く。
「え…?」
高みに向かいつつあったところを中断され、近は朦朧としつつ怪訝な顔をする。
帯刀は近をうつ伏せに倒し、背後から一気に貫いた。
「ぁあー…っ、っ、あ…ぅ」
朧な月明かりのもとで交わることすら恥じていた近が、髪を振り乱し、
獣のように四つんばいになって貪欲に己を受け入れている、そんな状況に
帯刀は鳥肌が立つほどの興奮を覚える。
「あぅ…っ、だめ、だ…」
夢中で腰を打ち付けていた帯刀は、己の限界を感じ、一際深く己を貫いた。
「……っ!」
最後の瞬間は、二人声を出すことすら出来ず、繋がった場所に焼けるような
熱さを感じるだけであった。
翌朝、帯刀の腕枕で目が覚めた近は、自分が一糸まとわぬ姿であることを確認すると、
キャッと叫んで小さく飛び上がって慌てて寝巻きを羽織った。
そのドタバタに目を覚ました帯刀は、まぶしそうに目を細めながら近の手を引く。
もつれるように倒れこんだ近を背後から抱きしめ、再び体をまさぐる。
「もう着替えるのだから今更寝巻きなど良いではないか」
「いけません。けじめが大事です」
胸に伸びた手をぴしゃりと打って、近は起き上がった。
甘やかで情熱的で悩ましげだった昨夜の近とはまた別人だが、それがいかにも近らしい。
「…相変わらずだな、近は」
「旦那さまは…ずいぶん変わられました」
「なんだ、まだイヤミを言うのか?」
子供っぽく口を尖らせた帯刀に、近は小さく笑う。
「違います。一回りも二回りも、大きゅうなられました。小松家の跡取りではなく、
薩摩のご家老として、ご立派に成長なさいました。斉彬さまと兄がご覧になったら、
さぞお喜びになるでしょう」
「……」
あまりにも早く逝った、敬愛する二人の人物を思い浮かべ、帯刀は深く頷いた。
近も穏やかに微笑み返し、改めて身づくろいを始めるのだった。
「だからって」
「ん?」
「お琴とやらの存在を、認めたわけではありませんからね」
「………はい」
おわり