薄暗い仏間に力なく座り込んで、天璋院は中空を見詰めていた。  
じんじんと痛みを伴い赤く腫れた目は、ただ虚ろに見開かれていた。  
「何故です、何故公方様が」  
家茂薨去の知らせを受けてからというもの、答えのない疑問と家茂と和宮の睦まじい  
姿ばかりが思い浮かんでは、天璋院の胸を痛めつける。  
薄闇の重さが迫ってきて、天璋院は胸元をきつく握り締めた。  
「上様…っ、私はまたひとりになってしまいました」  
家定が残してくれた希望を、失ってしまった。  
不意に優しい微笑みが蘇ってきて、疾うに枯れたと思っていた涙が零れ落ちる。  
「どうして、どうして」  
連れて行ってくださるのが、  
わたくしではないのですか。  
「あなたのおそばに…っ」  
 
ふわりと懐かしい匂いが鼻腔をくすぐって、天璋院は顔を上げた。  
眉を下げて困り顔をした家定が、そこにいた。  
「うえさま」  
家定の手が篤姫の両の頬を包んで、伝う涙を優しく拭う。  
懐かしむ様な、愛おしむ様な眼差しで見詰める家定の手首を、篤姫は夢中で掴んだ。  
「お願いでございます、わたくしを」  
―ならぬ  
家定は悲しみを滲ませて妻を窘める。  
―ほら、そちを呼んでおる  
 
思わず指差された方を振り仰いだ篤姫の耳に、愛しい声が吹き込まれた。  
 
――――。  
 
先程より少し濃くなった薄闇が広がる仏間に、天璋院の手が畳に落ちる乾いた音が響いた。  
 
 
どこからか、すすり泣く小さな声が聞こえる。  
天璋院は立ち上がると、背筋を伸ばして仏間を後にした。  
 
「『頼むぞ』」  
そっと呟いてから、何人をも拒むように閉じられた障子を、静かに力を込めて開け放つ。  
 
 
「……宮様、」  
 

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