家茂薨去の知らせを受けた日から、どうやって過ごしてきたのか
悲しいのに涙が出ない、泣くことができない…現実感のないまま
日々が過ぎていった。
悲しいという言葉では言い尽くせないような、空虚感と絶望感と息苦しさだけを
感じて時が過ぎた。
都に帰りたい。心から慕っていた家茂がもう戻らぬ江戸になどもう居たくない。
無意識のうちにそんな思いが心の片隅に沸いていた。
髪も下ろさず、京に帰ろうとしている、と江戸方からの雑音が聞こえてくるが
上様がいない今となっては自分とはもう関わりのないことだ。
「宮様、宮様」
「公方さん…。なんでそんなところにおられるのですか。なんで先に逝っておしまいに。」
と涙が溢れてきた。
「宮様、出陣以来長い間、寂しい思いをさせた。申し訳ない。
そなたとの約束は果たせず、江戸には戻れなんだ」
「公方さん、攘夷と開国の間に挟まれてさぞお辛かったことでしょう。このような時世
にお若くして将軍になられたばかりに。。。」
「宮様、たしかに政では苦難の道ばかりであった、しかし平和な時世であれば、
公武合体などありえなかった、さすればそなたとの縁もなかったであろう」
「公方さん、私がここに居ながら、何のお役にも立てず、おつらい思いばかりで」
「宮様、そのようなことはない。そなたに会えてよかった。そなたには許婚もおられ、
江戸降嫁を固辞されたことは存じていた、私はそなたを幸せにできるのか
不安であった。しかし、そなたは私を慕うてくれたではないか。短い時間であったが
帝からそなたとのご縁を賜り私には望外の幸せであった。」
「公方さん、それは、それは私のほうにございます。しかし、公方さんのお子も
授かりませんでした、公方さんがもうおられぬ世に何の未練がありましょう、
私はもう生きては行けませぬ。」
「宮様、そのようにお泣きになるのはもうお止めください。これから世は開国に
向けて大きく変わることでしょう、それでも宮様にはお強く生きていただきたい、
志半ばで諦めねばならぬ私の分まで。私が見守っています。」
「公方さん、、、行かないで下さい、公方さん!!」
涙にむせて夢から覚めた和宮は、涙が枯れるまで泣きはらした。