家茂が老中から血統の良い馬を譲り受けたとかで、大奥に連れてきた。
狩姿の家茂はいつもの貴公子然とした姿とはまた違って、精悍な男らしさに溢れており、常とは違う様子に和宮はどきどきする。
一通り乗りまわしたあと、家茂は和宮の前まで馬を連れてきた。
遠目から見たことはあれど、こんな間近に馬を見るのは初めてで和宮は後ずさってしまう。
そんな彼女の手を家茂はそっと取ると、馬の胴に触れさせた。
初めは恐る恐るだったが、美しい毛並みと馬の優しい眼差しにだんだん恐怖心がなくなってくる。
「きれい…」
うっとり呟く和宮を優しく見つめていた家茂は、ふと呟く。
「母上にもお見せしよう。さぞお喜びになるだろう」
ご自分も乗りたいなどと言い出しかねないなあ、と楽しげに話す家茂とは逆に、和宮は内心おもしろくなかった。
(また“母上”…)
まだ若い天璋院を母としてとはいえ慕う夫に複雑な気持ちが芽生える。
それが愛ゆえの嫉妬とは気がつかなかったが。
「そうですか。ではお早く連れていかれればよろしやろ」
つんとそう言って足早に立ち去る。家茂の呼びかけにも立ち止まらなかった。と、突然力強く後ろから抱き寄せられた。
「あ…」
馬に乗っていたからだろう、男臭い汗の香り。細いが筋肉を感じる腕が身体に回されている。
日々愛されている女の常として、和宮の身体は自然と夜の交合のことを思い出し、ぞくりと反応した。
「そうつれなくするな。今日はまだそなたに触れていなかった」
そう言って愛おしそうに首筋に顔を埋める夫に、和宮は身体を震わせた。
その夜の和宮は珍しく自分から夫を求め、激しく乱れたとかそうでないとか。
END