「上様…つ、妻を苛めるのにも限度というものがございます!」
恥ずかしさに顔を赤らめながら篤姫が吼える。
「はて、苛めてなどはおらぬがな…」
「こ、このような恥ずかしきことをお尋ねになるなど…これを苛められていると言わずして何と申しましょう!」
膝の上に置いた手をぎゅっと握り締めながら家定を責める。
「怒るな怒るな。しかし御台、やはり侍女たちは恥ずかしい勘違いをしておるということか?」
口元に笑みを浮かべたまま意地悪そうな表情で篤姫の目を覗き込む。
「それは…その…恐らく…は、そういうことだと勘違いしておるのではないかと…」
「ん? そういうこととは何じゃ? はっきり申してみよ」
動揺する篤姫の様子を楽しみながらもう一度聞く。
「もう…武家の棟梁ともあろうお方がそのようにおなごにおしつこく…」
「しつこいのではない。わからぬから聞いておる。ほれ、申してみよ」
許してくれそうにない家定を睨みつけ、そのまま視線を逸らせる。
「淫らなことをしていた…と…」
篤姫の顔が一段と赤くなる。
「淫らなことのう…」
二人の間に一瞬の沈黙が流れる。
「夫婦が仲睦まじく戯れることが淫らなこと…かのう?」
「えっ…!?」
家定の表情から笑みが消える。
白装束から覗く篤姫の喉元がごくりと動く。
「あのあと表で執務を続けておったのじゃが…先ほどのことが頭から離れぬ」
「く、公方さま…。あの時のお話はおやめ下さい…恥ずかしゅうございます…」
俯き、声も小さくなる。
「長らく目にはしておらなかったからな…。いや、その…美しかった」
「そ、そんな…」
最も大切な部分を美しいと表現してくれた夫に対し、様々な感情が篤姫を支配する。
「では、何故公方さまはあの時走ってお逃げあそばされました…?」
視線を合わせぬまま、拗ねたような可愛らしい声で問う。
「あれは…すまぬ。その…どうしてよいかわからなかったのじゃ。余りに…余りに…」
「余りに?」
今度は少し篤姫が口元に笑みを浮かべながら。
「うう…。御台…。淫らなことを想い浮かべるのは悪いことであろうか…?」
家定の声も心なしか上ずっているように聞こえる。
「悪い…とか、良いとか…そういう…きゃっ!」
家定が篤姫の手を握り締める。
「御台…。そなたの膝を借りて眠りながら、世は気づいたのじゃ…」
「気づいた…?」
「そなたが愛おしい…。愛おしくてたまらぬ…。あの折も、どうすればそなたが傷つかずに済むか…わからなかったのじゃ」
家定を見つめる篤姫。
「それに…」
「それに…?」
「余りに可憐であった。そなたの…その…」
「公方さま…」
二人の視線が熱く交錯する。
「侍女たちには勘違いさせておけばよい。世はそれでよい…」
「………」
言葉を紡ぐかわりに、篤姫はそっと体を家定の胸の中へと任せていく。
「御台…いや、篤姫…」
家定の手が優しく伸びる。
心から、そして体から、温かい何かが溶け出していくのを篤姫は感じていた…。