晴天広がる昼下がり
部屋の主はいつものように書を読み耽る
ぱら、と次の頁をめくり終えると
バタバタバタ…と、奥にしては珍しく騒がしい足音が廊下に響く
「何事ぞ」
少し眉をひそめ、主は近くに控える侍女に問う
「!・・・」
その足音の出所を見つけた侍女は目を見開き、その口は『みだいさま』と音を出さずに形を成す
「?」
声にならぬ声で呼ばれたその人、篤がつられて障子の影に視線を注ぐと、周りの侍女たちは一斉に伏して居住まいを正した
「みだーい!御台はおるかー!」
「うえさま?」
篤が目を丸くさせ、まるで譫言のようにその名を呼ぶと、それまで響き渡っていた足音がぱた、と止まる。
と同時に、障子の影から無遠慮に現れたのは、篤がよく見慣れた姿だった
「いかがなさいました?」
前触れも無くはしたない、と窘めつつも篤が嬉しそうに笑う
一方のその人、家定も、そなたに言われとうないわ、と微笑みを浮かべながら篤の側へ腰をおろした
「とゆーわけでわしはこれから昼寝をする」
よく通る声でそう宣言すると、家定は篤の膝近くにごろん、と横になりゆっくりと目を閉じた
「昼寝・・・て・・・こちらで、ですか?」
たいへん、と少し慌てた様子で篤は侍女に床の支度を指示した
自らはそれまで読んでいた書を片付ける為、書台を除けようと手を伸ばす
「・・・よい」
篤のその手を、寝入り始めたはずの家定の長い指が遮った
ゆらり、と再びその黒い瞳が揺れる
「そなたはそこにいてくれればよい」
そう静かに呟き、ふ、と家定は目を細めた
その顔を篤がいつもの真っすぐな瞳で見つめ返す
「うえさま」
真意を問うべく篤がその名を呼ぶ
家定は一言ずつ確認するかのように、ゆっくりと静かに答えた
「書を読んでいたのだろう? そのまま続けよ」
「でも・・・」
篤が遠慮気味に言うと、触れていただけの指が、家定の指にしっかりと絡めとられる
「ただ儂が『ここ』で休みたいのだ」
そなたの近くで、と呟くようにそう続けると家定は、すっと目を閉じ静かに寝息を立て始めた
家定の言葉を反芻しつつ篤はしばらくぼんやりと手元をみつめた
家定が寝入ったのを確認すると両手でその大きな手をそっと包んだ
そして小さく呼吸するその肩に静かに布団を掛けると、嬉しそうに目を細める
花咲く庭からは心地よい風が吹き込み、柔らかな陽光が二人を包んでいた