夜。
いつものようにお渡りがあった。
和宮は昼間拾った紙を懐に忍ばせて家茂を待っていた。
自分でもどうしてそうしたのかわからない。
あの方は大切にしたいと言ったのに。それなのに―。
和宮は悲しくて仕方なかった。
寝所に入ってきた家茂に頭を下げ、部屋に二人きりになっても和宮は下を向いたままだった。
「どうしたのですか?」
いつもと変わらず優しく問いかける夫に和宮はいたたまれなくなった。
どうか否定してくれますように―。
そんな思いを込めて拾った紙を家茂の前に差し出したのだった。
家茂は妻の懐から出た紙をしげしげと眺めた。
チビで色気のない御台?
大人で色気たっぷりのご内証?
いったいこれはなんだろう?
家茂の頭に「?」が浮かぶ。
「上さんに、そない艶かしいご内証さんがいらしゃいましても構いません。でもこのチビで色気のないはあんまりではありませんか」
すべて吐き出すと和宮は涙を浮かべながら袖で顔を隠した。
思い当たることがないにしても、どうやらこれが妻を塞ぎこませてるらしい。
家茂は妻を鎮めようと言葉を紡ぎ出した。
「宮、私にそのような方はおりません。それに宮はチビではありませんし、その…」
家茂は最後まではっきり言えずに少しだけ頬を染めた。
一方の和宮は、夫から聞きたかった言葉が聞けたことで泣くのを止めた。
でも最後が気になって、「その…」の続きを促すように、潤んだ瞳で和宮は家茂の顔を覗きこんだ。
そんな顔をされた家茂は理性を抑えるのに精一杯で、もちろん答えないわけにもいかず、最後のほうはほとんど聞こえないくらい小さな声で言った。
「その、宮は十分色っぽいです」
言い終えた家茂の顔は真っ赤だった。
和宮の顔もやはり真っ赤だった。
後日。
家茂は件のチビで色気のない御台が天璋院であることを知ったのだった。