「宮さんはお着替えの最中でございます」  
 
 
政務の区切りがついたので妻に会いに行ったら、彼女の母上からそのように言われた。  
 
妻の母……観行院殿。  
 
とりあえず待たせてもらうことにしたが、この沈黙…気まずい。  
つんと前を向いてこちらに目もくれない観行院殿とこの沈黙を分かち合うくらいなら、今はこの場にいない庭田殿にぽんぽん嫌味を言われてた方がまだマシなくらいだ。  
 
 
とにかく話を振ってみる。  
 
 
「あの…江戸での暮らしにはお慣れになりましたか?」  
「ちっとも!食べ物は味が濃くて食べられたものではありませぬし、お江戸の女中のみなさんはとにかく意地が悪うて」  
 
 
撃沈した…  
 
 
 
 
観行院は観行院で、娘の夫を観察していた。  
第十四代将軍、徳川家茂。  
娘と同い年のこの若き将軍は、誠実な人柄ではあると思う。目元涼やかで、娘と並ぶと雛人形のようにしっくりくることも認めよう。  
夫婦仲も良好なようだ。お渡りは頻繁だし、こうして時間が空けば昼間でも会いに来る。  
 
 
なにより、娘のあの幸せそうな様子を見ていれば、この青年に母として感謝すべきかもしれない。  
けれど、けれど。  
 
 
かわいい一人娘を取られた気がして面白くない観行院は、自分とのこの空気に青息吐息の娘婿を見て、にんまりと意地の悪い笑みを浮かべるのであった。  
 
 
 
END  
 

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