「公方さま、今宵お渡りにございます」  
 
 
滝山がそう告げたときの娘の表情を、観行院は驚きをもって見つめていた。  
うれしそうな、幸せそうな。愛し、愛されている女の表情だった。  
 
 
京にいたときから、表情の乏しい子であった。己がそうさせたのか、環境がそうさせたのかはわからないが。  
しかし嫌々江戸に嫁ぎいくばくかの時が流れ、娘は変わった。  
あの青年を見つめるときの、甘く、優しく、幸せそうな表情ときたら!  
 
 
 
 
「まったく、またお渡りですかいな。少しは宮さんのお体のことも考えてくださらんものかの」  
 
 
 
 
庭田のその声で、はっと意識を戻す。  
なおも庭田の言葉は続いた。  
 
 
「だいたい、宮さんのご意思は無視かいな。東の代官ごときが宮さんを、」  
「お止め!」  
 
 
凜とした声が庭田の言葉を絶った。庭田や他の女官たちは驚きのあまり目を丸くしている。  
観行院は、はあっとため息をつきながら、言葉を発した我が娘を見つめた。  
 
 
「そのようなこと、言うのはお止め。………優しい御方です。」  
 
 
強い意志を持って女官たちにそう告げる娘の顔を見ながら観行院は改めて、娘は変わった、と感じた。  
娘を変えたあの青年が恨ましくもあるし…どこか、礼を言いたい気持ちも、あるのであった。  
 
 
END  
 

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