これまで何度も“母上”と呼んできた。  
どう頑張っても姉くらいにしか見えぬ姿を目にする度に、  
半ば自分に言い聞かせるように言い続けた。  
だが初めから無理な話なのだ。  
呼べば呼ぶほど、見れば見るほどに、その娘御の様な姿が際立つ。  
“母上”などと本気で思えるはずがなかった。  
ましてやこんな風に、目の前で無防備に涙を見せられては。  
たった今まで、いつもの様に熱心に政の話をしていたのだ。  
ふと黙り込んだ矢先、“母上”の瞳が潤み始めた。  
何を、誰を思い出しているかなんて、聞かなくても判る。  
 
涙など見たくなかった。誰であろうと何であろうと、  
あなたを辛くさせるものは全て消し去りたかった。  
“母上”に涙を零させるものは、この自分でありたいとすら思う。  
気がつくと、その手を力任せに引いていた。  
呆気なく腕の中に収まったあなたが、この身に縋り付く力の強さが、  
創り上げてきた“母上”を粉々に壊す。  
 
そうやって人の所為にして、心の中で言い訳をして。  
正当化など出来る訳もないのに。  
「私が居ります。――あなたが」  
歪み切った愛情。汚れた欲望。  
感情のままにきつく抱き締めた。  
言葉の代わりに唇を重ねた。  
 
この愛しい人を自分は、道連れにするのだろうか。  
赦されぬところまで堕ちるのだろうか。  
 
―――。  
 
「今日も良いお天気でございますね」  
微笑むあなたを、真っ直ぐ見られない。  
「如何なさいました?」  
聡いあなたでも、お分かりになりますまい。  
あなたの“子”が、どんな形相で飛び起きたかなど。  
どんな浅ましい願望を抱いているかなど。  
 
 
 

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