道理とか理屈とか感情とか、今まで私が頼りにしてきたものでは、結局どうにもできないのだ。
多分、そういうものを超えてしまっている。
頬に掛かる息の熱さに、思わず顔を伏せてしまう。
まるでその熱が移ってしまったように、顔中が火照りだしていた。
少し上の辺りから、ふふと小さく笑う声が落ちてくる。
――私の好きな、優しく響く声。
口に出したことはないけれど、きっと見透かされている気がする。
言葉も出て来ず、上手く目も合わせられず、どうしていいか判らなくなっていると、
いつもこうして、耳元で私を呼んでくれるのだ。
甘い声音に入り混じる愛おし気な吐息が、残響のように絡みついて、肌が粟立つ。
その痺れにも似た感覚に思わず目を閉じると、瞼に指先がそっと触れた。
滑るように、頬から顎先へなぞられる。
そろりと目を開けると、目を細めて微笑む貴方がいた。
優しい眼差しの中で見え隠れするものに、鼓動が呼応するように跳ね上がる。
指が触れるだけで、その眼差しを受けるだけで、こんなにも身体が心が震えるのに。
視界が僅かに滲む。呼吸すらままならなくなりそうな気がした。
耐えられなくなって、貴方の袖口を握ると、やさしく腕の中に包み込んでくれる。
触れ合う首筋から、胸元から、高鳴りが直に伝わってしまう気がする。
恥ずかしいのに、身を捩ることもできない。
誰かの、否、愛しい人の腕の中が、こんなにも心地良いなんて。
いっそこのままずっと――
不意に腕が解かれて、見詰められて、唇を吸われる。
「愛している」
離れたくない。
貴方となら、夜明けなど来なくて構わない。
道理も理屈も感情も、どうでも良いとすら思う。そんなものは役に立たない。
多分、そういうものを超えてしまっている。
直向にこちらを見詰める瞳に、思わず吸い込まれそうになる。
それがふと伏せられたことで、このまま自分がしようとしていた事に気がついた。
恥ずかしそうな仕草、染まる頬と首筋。
いつになっても初々しい反応はそのままだ。
何度となく、こうして夜を過ごしてきたというのに。
その表情がもっと見たくて、あやすように呼ぶのもまた、いつものこと。
待ちきれずに、きゅっと閉じられた瞼に触れる。
指先を頬へ顎先へと滑らせて、そのやわらかな肌の質感を楽しむ。
触れた肌の熱と向けられた双眸に、胸がざわついた。
愛らしい表情が見たかっただけではないのだと、気付かされる。
深い眼差しに、そなたの心に、どこまでも捕われてしまいたいのだと。
潤む瞳と浅い息が、健気さを一層際立てるようだった。
衝動のまま思いをぶつけてしまいそうになるのを、袖口を引かれて留まる。
これでは苛めてしまうようではなかったかと、今更ながらに気がついて、
その分やさしく震える身体を包む。
小さく囁くように、呼ぶ声が聞こえた。
首筋に触れる吐息の熱に、痺れたような感覚が全身を貫く。
さっきから煩いくらいに鳴る心音も、荒れるような胸のうちのざわめきも、
全て聞こえてしまえばいい。包み隠さず、全てを与えたい。
いっそこのままずっと―
しどけない程にとろりとした眼を見詰めて、唇を奪う。
「愛しています」
離したくない。
そなたとなら、夜明けなど来なくて構わない。