「ん、はぁっ…」  
漆黒に艶めく解れた濡れ髪が、白い寝具に乱れ散っている。  
その寝具の絹の色に負けぬ、透けるような白い肌は桜色に上気し、  
肢体をなぞる手のひらにしっとりと吸い付いた。  
肌を染めるのは、湯上りの火照りだけが故ではない。  
「…ゃん、うえさ、ま…ぁ」  
手が指が唇が触れ、這い回る度、甘い声が部屋に響き渡る。  
いつもの大奥の一室とは違い、広さも天井の高さもない場だが、それが却って嬌声を反響させ―。  
「ひぁあんっ」  
「どうした、今宵はいつにも増して」  
 
乱れておるではないか。  
 
ニヤリと笑えば、腕の下の妻は羞恥の表情で首を横に振る。その仕草すら、扇情的だった。  
男の広い手は染まる頬を包み、もう片方の手は首筋から撫で上げるように黒髪の中に埋められ、  
すっかり女の身動きを取れなくしたまま、紅く色づく唇を貪る。  
舌や唾液が絡み合う、卑猥な水音すら部屋中に響き渡るようで――。  
 
◇◇◇  
将軍としての顔を覗かせ始めた家定の評判は、あっという間に江戸城を飛び出し、  
各地の諸侯へと瞬く間に広まった。  
人が変ったかのような豹変振りに周囲は驚愕しつつも、執務を的確にこなしていく姿勢に、  
次第に賞賛と人望が集まっていったのである。  
折も折、徳川幕府が始まって以来の未曾有の危機に、家定はあっという間に激務に飲まれていた。  
おちおち奥渡りしている余裕などなく、妻の顔もろくに見れぬ日が続いた。  
 
「上様、」  
「何じゃ、聞いておる」  
家定は鈍く疼くこめかみに手を当てたまま、堀田の見飽きた困り顔に視線だけ向けた。  
「は…恐れながら、ここの所お疲れのご様子」  
「大事無い、構うな」  
「なれどこの幕府の、いや、国の一大事の今、上様のお体に障りが出ましては」  
苛立ちを込めてもう一度口を開こうとするのを、堀田が必死の面持ちで言葉を続けて遮る。  
「大奥の…御台所様からも、上様のお体を案じておいでのお言葉を頂戴しておりますれば」  
「御台が?」  
「はい。政は我々にお任せ戴いて、せめて一日だけでも、お体をゆるりとお休め下さい」  
“御台所”の言葉に、今まで無理に押し込めていた思いが顔を覗かせる。  
―御台の顔が、見たいのう…  
 
◇◇◇  
 
ぱちぱちと爆ぜる篝火の揺らめく炎が、山吹、朱、紅と色づいた木々を闇夜に浮かび上がらせる。  
見事な趣向が凝らされた庭園を前に、篤姫はうっとりと目を細めていた。  
 
市中から幾分離れた閑静な場所に、ひっそりと徳川御用達の湯治場がある。  
堀田は疲労の色濃い主のために、この場所と三日の休暇を用意していた。その周到振りと献身さに、  
まさか儂を遠ざけて己が羽を伸ばしたいのではあるまいな、と将軍は戯れを口にした。  
折角の休息で気疲れしたくないのだろう、家定は共に行きたいと強請る本寿院すら、  
「奥を統べる者が居なくなる」と宥めてしまうほどに、この外出に人手を割くのを嫌った。  
羨ましげな義母の視線に後ろ髪を引かれつつも、篤姫は家定と共にごく少数の供だけ連れて、  
この風光明媚な地へとやってきた。  
 
「本寿院様にも、ご覧いただきとうございますね」  
そう言って、庭を眺めていた視線を向けると、家定は眉を顰めて不満そうな表情を見せた。  
「何のために、母上を苦労して宥めすかしたと思うておる。  
こうして、そなたと二人きりでゆるりと過ごしたいからではないか」  
「私と?」  
「そなたの傍が一番、気が休まるからのう」  
優しく微笑む家定の言葉に、篤姫は嬉しさで胸が熱くなるのを感じた。  
激務に追われる中の貴重な時間を無駄にせぬよう、夫の安息のために尽くさねばなるまい。  
 
食後の酒を楽しんでいた家定は、酔いが回らぬうちにと呟いて杯を置いた。  
「御台、参るぞ」  
「参るとは、どちらに?」  
首を傾げると、その顔が可笑しいのか夫は笑い声を上げた。  
「ここを何処だと思うておるのじゃ」  
「温泉に…ございます」  
「だから、湯に浸かりに参るぞと言うておるのじゃ」  
ここの露天風呂は格別でのうと続く言葉に、やっと意味するところを悟って、思わず声を上げる。  
「わ、私もご一緒するのでございますか」  
何をしておる支度じゃ、と楽しげに言って部屋を後にする家定。その後姿を、篤姫は呆然と見送った。  
 
◇◇◇  
 
天を仰げば、降るような満天の星空。浮かぶ月は満月には程遠い三日月だったが、それでも  
湯煙の中で濡れたように輝きを増していた。  
「本当に、良いお湯でございますね」  
「ああ、疲れが溶け出すようじゃ」  
星空を見上げたまま溜息と共に返せば、傍らの妻はふんわりと微笑を浮かべた。  
「それは良うございました」  
「堀田から聞いたぞ。心配を掛けたな」  
「暫く、お顔を拝見できなかったものですから…」  
家定がこうしてゆっくりと篤姫の顔を見るのは、実にひと月振りといったところだろうか。  
気が緩んでしまうのではと、よぎる気持ちを無理に押さえて仕事に没頭していた頃、  
妻は健気に自分を想っていたのかと思うと、何とも言えない愛おしさを覚える。  
「寂しゅうさせたのう」  
「私のことなど、お忘れになられたのかと思うておりました」  
行灯の灯りが、口を尖らせて拗ねてみせる横顔を照らしている。  
「――それは、済まないことをしたな」  
言いしな、湯浴み着を纏った細い肩を引き寄せれば、湯の波打つ音と共に小さな悲鳴が上がる。  
 
「んっ…ふ」  
無防備な唇を奪い、舌を絡めとると、力の入っていた肩がゆっくり弛緩していく。  
肌に張り付く湯浴み着は、そのたおやかな体の線をくっきりと際立たせた。  
湯船の縁に追い詰め、自由を失わせた胸元を強弱をつけて揉めば、その不規則な刺激に体を震わせる。  
「ぁ…」  
指先を使って、ツンと上向く頂の固さを布地の上から愉しむと、篤姫は身を捩じらせて抗議する。  
「お戯れは、いけませぬ。ひ、控えて居る者に、気取られます…っ」  
「そうじゃのう、それはまずい」  
口ではそう言いながらも、羞恥に掠れた声で窘められて、止める気など起ころうはずもない。  
 
その汗ばむ首筋に、頬に、目元に視線を這わせて、家定はゆっくり囁く。  
「だがそれは、そちの“心掛け”次第じゃ」  
「あんっ」  
二本の指を使って、挟み込むように擦り上げると、開いた口から抑え切れない声が漏れる。  
「ほら、そのような声では―」  
 
奥の者に届いてしまうぞ  
 
快感と嬌声を抑えようと歪む表情が、男の中の加虐心を煽るなど、篤姫は知りもしないだろう。  
「も、う…」  
妻は両腕を家定の首筋に回すと、その肩口に顔を埋めた。  
その体の線を、背中からくびれた腹部、腰へと撫で下ろし、湯の中で乱れた足元の合わせ目から  
忍ばせた手は、ふっくらとした腿に触れる。  
家定の背中に回された篤姫の手が、ぎゅっと握り締められた。  
構わず内腿をじっくりと緩慢な動きで撫で上げ、やがて過敏な場所へ辿り着く。  
「や、うえ、さま…」  
篤姫は必死に嫌々をするように、汗に濡れた額が肩口に擦り付ける。  
その息がすっかり上がってしまっているのに気付いて、家定は漸く愛撫の手を止めた。  
「このままでは、体が持たぬな」  
力の抜けかけた体を湯船から引き上げて、その赤い顔を覗き込みながら、  
「おお、茹蛸のようじゃ」  
「ひどい…っ」  
珍しく声を荒げる元気さを笑って確かめて、家定は頬に張り付いた髪を払ってやる。  
 
「――続きは後じゃ」  
 
少し夜風に当たってから戻るが良いと言い残して、家定は浴場を後にした。  
 
◇◇◇  
 
襖を開けると、支度の整った寝所が現れた。その上座に座していた家定が、微笑を浮かべて手招く。  
夫を直視できずに、篤姫は僅かに俯いて近づいた。  
「御台、近う」  
「…はい」  
「顔を見せよ」  
顎に指が掛かり、くいと上向かせられ、まともに目が合う。  
「上…様」  
いつもの穏やかで優しい眼差しとは違う、情欲を色濃く宿した瞳。  
胸の奥底に巣食う、淫らな思いを見透かされるようで恐ろしいのに、目を逸らすことが出来ない。  
「のう、御台よ。…儂がどれだけ、そなたを想っておったか」  
身に纏ったばかりの夜着に、手が掛かる。乾いた音を立てて衣が滑り落ち、背をぞくりとしたものが走る。  
「教えてやらねばなるまい」  
 
逆上せてしまう程に与えられた快感は、そう簡単に体から引くものではない。  
尖った胸の頂を口に含んで転がされて、篤姫は嬌声を上げて身悶えた。  
はしたない事と頭では解っていても、どうしようもなかった。  
音を立てて吸い上げられる一方、もう片方は指を使って甚振られる。  
「ああん……うえさま、ぁ」  
二つの頂を同時に責められた快感のあまり、白い手が敷物をきつく握る。  
暫しの間、飽くことなく胸の膨らみを弄んでいた手は、ゆっくりと下りて行き、やがて閉じた膝頭に掛かった。  
既に上手く力が入れられなくなってきている足の間に、家定は苦もなくその身を割り入れた。  
「嫌ぁ…っ、みないで、くだ、さ…」  
弱弱しく悲鳴を上げる篤姫に、家定はニヤリと意地の悪い笑みを零す。  
「まだ触れておらぬというに…」  
耳許に、吐息と共に甘く痺れさせるような声音で囁かれて、熱を帯びたそこが浅ましくも疼く。  
「もう、いやぁ…!」  
とろりとした蜜が溢れるそこへ、長い指が差し入られ、ゆっくりと動き出す。  
蠢く指の数はすぐに二つに増やされ、いやらしい音と共に出し入れを繰り返し、中を擦り、掻き混ぜる。  
「っ、あ……あぁんッ」  
知り尽くしていると言わんばかりの、確実に狙いを定めたその動きは、容赦なく篤姫を責め苛んだ。  
その責め苦と相反するような優しさで、幾度も幾度も口付けが降る。  
やがて家定は、篤姫を淫らに責めた指を音を立てて引き抜いた。  
その不意の動きに熱い息を漏らす眼前で、夫はてらてらと光るその指を口に含んだ。  
濡れた指を舌でねっとりと根元から舐め上げる様を、見せ付けるように。  
「御台の中は、甘いのう」  
「――っ!!」  
「もっと味わわせよ――」  
 
どうにかなってしまう。身も、心も。  
 
◇◇◇  
 
お止め下さい上様という声も、滴る蜜を直に味わう水音と共に、いつしか濡れた甘い声に変じた。  
とろとろと止むことなく蜜を零す秘所は、まるで熟れた果実のように甘く濃厚で、家定を夢中にさせる。  
「あっ、ああ…上様…!!」  
切迫した声と共に、篤姫が上半身を弓なりに反らした。そろそろ、家定自身も限界が近い。  
蜜で濡れた口許を拭うと、快楽の坩堝に耐え切れず潤んだ瞳を覗き込んだ。  
「よいか」  
「……くださり、ませ」  
吐息混じりに呟いて、篤姫は双腕を家定の首に回した。  
それが合図かの様に、家定は己の怒張したものを埋め込んだ。  
腰を動かす度に響く卑猥な音、荒い息遣い、苦しげに漏れる声が支配する。  
淫らな欲望のままに激しく打ち付けて、  
身を焼き尽くす愛情のままに、二つの唇を重ね合わせる。  
 
「あ……、うえさま…っ」  
「御台…ッ」  
数え切れぬほどに互いの名を呼んで、その身を床に浮かせては沈める。  
幾度も幾度も、高みに上り詰めては果てを繰り返す。  
秋の夜は、まだ長い――。  
 
◇◇◇  
 
飛び込みの休暇を終えた家定と篤姫を出迎えて、瀧山は慌てた。  
数日前とは打って変わって、家定がすこぶる元気そうなのは良いが、  
傍らの御台所はどう見ても疲弊している。  
「御台様、お加減でも…!?」  
顔色を変える瀧山の耳元で、篤姫は囁いた。  
「堀田殿に伝えよ。上様に決して根を詰めさせてはならぬと」  
「…は、しかと承知いたしましたが…」  
「良いか、決してじゃ」  
その勢いに、瀧山は無言で頷いた。  
「これでは私の身がもたぬ…」  
「は?」  
首を傾げる瀧山に、御台所は弱弱しく微笑んだ。  
 

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