表で家定の棺を見たその日から、篤姫は鬱々と涙にくれていた。  
食事を取らなくなり、寝込むようになってしまった。  
『御台様、水菓子(果物)だけでも・・・』と勧める幾島。  
「・・・いらぬ。何もいらぬ・・・このままこうしておれば、そのうち上様の元に・・・  
 上様・・・上様に早くお会いしたい・・・」  
 
御台所が生きる気力を失った状態を危惧し、滝山に相談する幾島。  
“そのようにお嘆きとは・・・失礼ながら意外に存じますが、  
 でしたら、私が密かに懇意にしております表の役人に、上様が存命中に何か  
 御台様にお言葉かお品を遺されていないか、内々に聞いてみまする。”  
 
滝山が何か御台の喜ぶものを持ち帰ることを期待する幾島であった。  
 
翌日の夜−  
寝所で、かつて家定にもらったネズミの玩具を手に家定に語りかける篤姫。  
「上様・・・早う迎えに来て下さりませ・・・ネズミの夫婦は一緒におりますのに・・・」  
 
“・・・御台様。”  
「・・・滝山?・・・このような所へ、しかも夜中に1人で参るとは、何事じゃ」  
“じ、実は、御台様に重要なお話、と申しますか、ございまして・・・”  
「もう重要な話は聞いたではないか。幾島にでも申しておくがよい。」  
“いえ、幾島殿にも誰にも、内密の話でして、・・・、あっ・・・”  
「?」  
 
何か気配を感じ、滝山の方へ視線を向ける篤姫。  
と、そこに・・・  
 
「上様!・・・・・・お会いしとうございました・・・やっと迎えに来て下さったのですね・・・」  
【みだい〜久しぶりじゃのぅ〜 なんじゃ、ちと痩せたか?】  
「上様・・・相変わらず、そのような申されよう・・・  
 わたくしがどれだけ寂しく辛かったか、おわかりになりませぬか・・・?」  
 
いつも元気だった御台所の憔悴した様子に、家定も真剣なまなざしを向けた。  
 
【御台よ。正直、そちがそこまでになる程、わしは自分が想われているとも思っていなかった。いや、自信が無かった。  
 今こうして、この目でみて、間違いなく愛されておったと、確信して、嬉しく思っておるぞ。】  
「酷うございます。私はちゃんとお伝え致しました。上様は私の日本一の男であると・・・」  
【わかっておる。忘れておらぬ。許せ。】  
「・・・はい、とにかく上様がこうして迎えに来て下さったのです。嬉しゅうございます。」  
【う〜ん!御台よ。それがのう、迎えに来たことは来たのじゃが、あの世へでは、ないぞ〜?】  
「・・・?」  
【御台よ、まだ夢を見ていると思っておるか?これは現実ぞ。夢ではないぞ。ほれ、そこに滝山もおる。】  
「・・・?」  
【実はなぁ、御台よ。それがしが薨去したというのは・・・嘘なのじゃ。】  
 
「!!?」  
一瞬、家定が何を言っているのか理解できなかった篤姫だが、その意味を理解し、とっさに家定に抱きついた。  
【これこれ〜、どうした、御台よ】  
「上様。あたたかい・・・(触れることを確認し、)では上様は生きてらっしゃる・・・?」  
“恐れながら御台様、滝山からご説明申し上げまする”  
【よい、滝山。そちも今日知ったばかりではないか。わしから話す。】  
「上様っ!!いったい・・・」  
【すまぬ御台。敵を欺くにはまず味方から、とな・・・そちをも欺くのは心が痛んだのじゃが。  
 今からとんでもない話をするので、落ち着いて聞くがよいぞ。】  
 
家定の話はにわかには信じられぬ、驚きの連続であった−。  
 
篤姫との最後の夜の翌朝、倒れたこと。  
お毒見役が数時間後に死亡したが、家定の食事に間に合わなかったこと。  
ただ、昔から毒に慣らされた家定の身体には即効性はなかったこと。  
寝込んでいた家定に、内々に紀伊の江戸家老が時期将軍継嗣の挨拶に訪れたこと。  
そこで、つい自身の命の危うさと、もっと生きながらえたいと洩らしてしまったこと−  
 
【で、御台よ。わしは、そなたと、新しい人生を生きる道を選んだのじゃ。】  
 
衰弱している家定を哀れに思い、紀伊徳川の江戸家老は妙案を思いついた。  
今回、紀伊徳川家の当主がめでたく時期将軍と決まり、  
大変誉れな事とはいえ、紀伊徳川家の跡取り問題も発生する。  
加えて、現在紀伊徳川家の分家は、かつての3家から2家が疫病で途絶え、1家に減ってしまっている。  
そこで亡き先代の、既に出家しているご落胤を還俗させ、分家当主とすることが決まっている。  
そのご落胤を、1名を2名にし、分家も2家にするのは、うまくすれば自然なこと・・・。  
そのもう1家の当主に、家定を、というのだ。  
 
【紀伊の人間は、わしの顔を知らぬしな。先代に邪険にされた庶子の子、  
 というわけじゃ。まぁ先代には不名誉なことであるがの〜】  
 
篤姫は、家定が何を言いたいのか、頭がぼんやりして飲みこめていない。  
 
【わからぬか?わしは、分家の人間として、紀伊で生きて行こうと思う。  
 そなた、ついてきてくれるか?わしの、正室として、な。】  
 
「分家の・・・上様の・・・正室・・・?」  
【そうじゃ。もしや、御台所にまでなった身が、分家の正室では不満か?】  
その答えが分かっている家定は、いたずらな色を含んだ目をしながら尋ねた。  
 
「つまり、家定公は薨去したと世間を欺き、上様は紀伊に下ると・・・?」  
【そういう聞こえの悪い言い方・・・ま、そうじゃ!わはは!】  
 
「上様っっ!!」  
【んっ?!御台の怒った声も久々じゃのう!】  
 
一瞬張り上げた声の篤姫も、次には顔を柔らかくさせ、家定の目をひたと見据えてこう言った−  
「わたくしは上様の妻にござりまする。分家の妻でも、農民の妻でも、  
 上様と共に生きてゆけるのであれば、どのような身分になりましても厭いませぬ。  
 ・・・一番・・・辛いのは・・・上様と離れ離れになってしまうこと・・・このような辛い思いは、二度と・・・」  
 
最後は涙をこぼし訴える篤姫の痛いほどの想いに、家定も胸があつくなった。  
 
【とにかく、江戸城内で信じられる者は・・・堀田は・・・あいつはイイ奴じゃが。  
 頼りないが、堀田以外に真実を話せる者はおらぬしな。  
 その堀田が、滝山が御台所の衰弱した様子を表に知らせに来たのを耳にしてな。  
 このままではその、御台がわしの後を追ってしまうのではないかと、言いに来てな。  
 それで、急いで真実を話しにこうしてやって来たというわけじゃ。】  
 
その後の手筈はこうなっていた。  
上様薨去で体調を崩した御台所は、子もおらぬことから、薩摩に返される事に。  
帰路、突然具合が悪くなり、近くの紀伊徳川家に寄って養生するも甲斐なく他界。  
そこからは、新しくできた分家に入り、分家の人間として生きていく−。  
 
「上様。私は、元々は島津の分家の娘にございます。  
 分家の人間の生き方なら、十分に承知しております。  
 今のような窮屈な日々ではなく、外に出ることも、野山を駆ける事も出来るのでございます」  
【野山を駆けるのは、そなただからであろう〜?分家の姫といっても、そこまではすまいぞ?笑】  
「まっ、上様。でも、おっしゃる通りにございます。紀伊で養生なされば、上様のご健康も回復なされましょう。」  
【そうじゃな。わしも丈夫になって、そなたを思いっきり・・・】  
「思いっきり?」  
【いや。思いっきり、五目並べがしたいの。】  
「!楽しみにござりまする!」  
【 (楽しみは、他にもあるがの・・・) 】  
「何か申されましたか?」  
【いや。なんでもない。】  
と言うや、家定はあの夜と同じように、篤姫を抱き寄せた。  
「上様・・・」  
今生でまた家定と触れ合うことができ、喜びの涙が篤姫の頬をつたった。  
【 (御台。今はここまでじゃが。そなたを思う存分、抱く日もそう遠くはない。その日が待ち遠しいの・・・)】  
「上様?」  
【御台よ、薩摩に発つ日までの別れになる。じゃが、信じて待っておれるな?】  
 
その後は堀田−滝山経由で連絡をとりあい、篤姫は憔悴した態度をとり続けた。  
家定はお志賀はもとより、生母本寿院にも真実を話さず発つという。  
それだけの覚悟なのだ。  
ならば、自分も周りの誰にも打ち明けるわけにもいかない。幾島にも。  
事実を打ち明けなければ、この先会うことは叶わぬだろう。  
だが、自分にとって一番大事なことは、大事な人は、家定なのだということを  
身に染みて痛感していた篤姫にとって、迷いはなかった。  
 
後日−  
手筈通り江戸城を出る篤姫。  
滝山に後を任せ、篤姫そしてひっそりと家定も紀伊へ向かった。  
紀伊には新しい夫婦の人生が待っている。  
誰にも邪魔されぬ、何にも煩わされない、ただの夫婦としての幸せな人生が待っていた−END  
 

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