パラレル+史実無視しまくり作品です。  
エロも無し(-.-;)  
御台様が先に亡くなったら......な話です。  
 
――――――――――――  
 
「えぇい、忙しいのう」  
 
あまりの忙しさに家定は悲鳴をあげた。  
申し訳ないとは思ったが、後継を慶福に決め、井伊と堀田に御台を後見とするよう言い含めたが、嫌な予感がしないかと言われれば嘘になった。  
 
「どうしたものかのう...」  
 
と思わず声に出してしまうと、すかさず堀田に  
 
「はっ、何がでしょうか?」  
 
と返された。  
 
その問いには応えず、庭に出てみると、牡丹が見事に咲いていた。  
 
「これは見事じゃのう」  
 
「はい、ちょうど咲き頃ですので」  
 
「鋏を持て」  
 
今宵御台に持って行ってやることにした。  
喜んでくれるかのう...。  
 
「かわゆいのう」  
 
その頃御台様は大奥の庭に出て、小さい花を眺めながら、昨日のお渡りのことを思い出していた。  
 
『―――わしもわしで良かった。  
そちに逢えたからの』  
 
―――抱きしめてもらった暖かさがまだ残っている。  
 
御台は幸せに包まれ...思わず花を引っこ抜いてしまった。  
 
「わっ」  
 
慌てて植え直そうとすると、「私どもが!」と初瀬達が慌てて植え直してくれた。  
 
しっかりせねば、と思ったその時...  
 
―――ドクンッ  
 
「!!!」  
突如心の臓が跳ね上がる。  
「が、がはっ」  
 
「御台様っ!どうなさりました!?」  
 
初瀬達の叫び声が遠くなってゆく......  
 
―――その晩。  
昼に切った牡丹を手に奥に来た家定を待っていたのは、御台ではなく瀧山達年寄とお志賀だった。  
 
「御台はどうしたのじゃ?」  
 
またか。という思いを隠さずに瀧山に尋ねる。  
以前にも母上の心配性でこのような手を使われたことがあったからだ。  
 
案の定、瀧山は  
 
「御台様は体調が優れませぬゆえ、今宵は奥にてお休みにございます」  
 
と応えた。  
 
さすがに呆れ返ってしまう。  
 
「そちらももっと気の利いた嘘はつけぬものか。  
何度も同じ手にかかるわけがないであろう」  
 
と、御台のいる奥に行こうとしたら、瀧山は慌てて  
 
「お待ち下さい。此度は真にございます!」  
 
と、奥への道を塞いだ。  
 
その瀧山の目は必死でとても嘘をついてるようには見えない。  
 
「私どもが信じられぬお気持ちも、御台様をお見舞いなさりたい気持ちも御察しするに余りあります。  
ですが、今宵だけは何卒、御遠慮下さい。」  
 
そう言われてしまえばどうしようもない。  
 
「では、せめてこれを御台に渡せ」  
 
と、瀧山に牡丹を預けると、表に帰ることにした。  
 
「御台様、公方様より御渡し頂いたものです」  
 
「う、うえさまから...?」  
 
無理に起き上がろうとする御台を制し、幾島は牡丹の花右手にそっとのせた。  
先程瀧山より届けられたものである。  
 
「これを、うえさまが......?」  
 
右手を静かに上げ、眺める。  
 
「うつくしいのう...」  
 
上様の届け物に力無く、しかし嬉しそうに笑う御台の顔を見た幾島は、  
 
「御台様、そろそろお休みになられて、早く御養生下さい」  
 
と休むよう促した。  
しかし御台は眠る前に一言だけ言った。  
 
「いくしま、ひとつたのみごとをしてもよいか?」  
 
「何なりと」  
 
―――翌日の晩。  
 
奥泊まりを命じたものの、相も変わらず待っていたのは瀧山とお志賀だった。  
今朝、御台は仏間にも来ていなかったゆえ大体予想はしていたが...。  
しかし、気になったのは此度の御台の病気は真であるらしい、ということである。  
仏間で母上にそれとなく聞いてみたが、嘘をついているそぶりは見られなかったのだ。  
 
「御台様は今宵も体調が優れませぬゆえ、奥でお休みとのことにございます」  
 
瀧山が決まり文句を言ってくる。  
こうなったら...  
 
―――自分の目で確かめる他ないの。  
 
この考えも御台譲りだ。  
わしともあろう者が、誰かに影響されるなど考えたこともなかった。  
 
―――御台に会うまでは。  
 
「では、見舞に参る」  
 
とだけ告げると、瀧山に道を塞がれる前に奥へ急いだ。  
後ろから皆の慌てる声が追いかけてくるも、気に留める気もない。  
 
......しかし、その途中で待っていたのは意外な者だった。  
 
「公方様、御台様は御体調がよろしくありませぬゆえ、もうお休みになられておいでです。  
恐れながら申し上げますが、今宵はお引き取り願います」  
 
と言ったのは何と、御台付きの年寄、幾島だった。  
この瞬間、御台の病気は真であるに相違ないとはっきり分かった。  
よもや御台付きの年寄が母上の嘘に協力するとは到底思えぬゆえだ。  
ただ、それゆえ気になるのは病状である。  
 
「何じゃ、御台はそんなに悪いのか?」  
 
「いえ、ただ公方様も御承知の通り、御台様は近頃心労が重なっておりまして。  
心労からくる軽いものにございます。  
御心配には及びませぬ。」  
 
「心労、じゃと?」  
 
「はい。  
ですので、御台様はお休みになられるのが第一と、医者も申しております」  
 
「......そうか」  
 
公方様はそれ以外一言も発することなく奥を去った。  
 
―――あれから十日近くが経った。  
 
相も変わらず御台は仏間に姿を見せない。  
しかしこの十日間、一度も奥泊まりを命ずることはなかった。  
わけとしては、御台がいない奥に行っても仕方ないというのも一つあったが、それ以上に御台の年寄に言われたことが響いていた。  
 
―――御台様は心労が重なってますゆえ......  
 
むろん、自分も政が忙しく近頃は心労が重なっている。  
しかし、御台のあの笑みを見れば心労など消し去ることができたのだが...  
 
―――そう思っていたのはわしだけだったのじゃな...  
 
あの屈託のない笑みも、無理して作りだしていたのだろうか?  
そう考えると、最悪の御台の負担にしかなっていなかった自分が情けなくなってしまったのだ。  
しかし、それもそろそろ限界だった。  
瀧山を呼びつけると、命じた。  
 
「今より、御台の見舞に参る」  
 
すると、何故か瀧山の顔がさっと青くなったように見えた。  
そして、  
 
「申し訳ございません。  
しばしお待ち頂けないでしょうか」  
 
とだけ言うと、返答も聞かずに表に飛び出して行った。  
 
......やがて、瀧山とともにやってきた堀田はとんでもない『嘘』を付いた。  
 
両名が座につくと、堀田が重そうな口を開いた。  
 
「......実は...御台様、御持病の御養生叶わず......薨去あそばされました...」  
 
「......は?」  
 
堀田が何を言ったのか理解するのにしばし時を要した。  
持病?薨去?  
 
―――御台が...死んだ......?  
 
「う、嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃーっ!  
だって御台はあんなに元気で...」  
 
その時、はっと気付いた。  
―――そうじゃ。  
『嘘』なのじゃ。  
 
「呆れたな。  
そちら御台の病気の嘘が通じなくなったゆえ、そんな嘘を...。  
さすがに嘘が過ぎるぞ!」  
その言葉を聞いていた瀧山が顔を覆ってくぐもった声をだした。  
堀田も唇を震わせ、やっとの思いというように、  
 
「嘘でありましたら、どんなにようございましたか...」  
 
と絞り出し、一筋の涙を流した。  
......っ!猿芝居がっ!  
 
「そもそも御台はわしに持病があるなど一言も言うておらなかったではないか!」  
 
わしが激昂して言うと涙に頬を濡らした瀧山が応えた。  
 
「それは...口止めされてたのでございます」  
 
「誰にじゃ!!」  
 
「御台様ご本人に、でございます」  
 
―――十日前の晩。  
 
幾島は御台様をご心配なさってわざわざ奥までやってきた公方様に、恐れ多くも『拒絶』の言葉を投げかけた。  
落胆した様子で表に帰ってゆく公方様を見届けた後、幾島は御台様のお休みになっている奥に入った。  
 
「あれで...よろしかったのでございますね?」  
 
「ああ...」  
 
御台様の力無い笑みを見て、思わず涙を零しそうになる。  
その日の前の晩、幾島は御台様に頼まれていたのだ。  
 
―――うえさまがいらしても、おとおしせぬように...  
 
こんな弱った自分を見せたら、公方様にご心配をおかけするから、と。  
 
そして、そのまま目を閉じ、永遠の眠りに就いたのだった。  
 
 
「......嘘じゃ嘘じゃ!  
わしは騙されぬぞ!!」  
 
瀧山の話を聞き、公方は更に声を荒げる。  
 
「そうじゃ!  
なきがらを見せよ!  
そちらの嘘もこれではっきりしようぞ!!」  
 
「それは...「承知つかまつりましてございます」  
 
言いよどんでいる堀田と対称的に、瀧山がはっきりとした声で言いはなった。  
驚いた様子の堀田を尻目に、瀧山は涙混じりの、しかししっかりとした声で言った。  
 
「御台様のもとへご案内致します」  
 
公方が通されたのは公方自身も知らなかった小さな部屋だった。  
障子の前に二人の家臣がいた。  
 
「開けよ」  
 
家臣は「はっ」とも応えず、静かに障子を開けた。  
そしてそこには...  
 
―――白い棺が安置してあった。  
 
「......ほう。  
母上の嘘に付き合うためとはいえ、ここまでするとはのう。  
だが棺の中まではな...」  
と言い放つと棺の蓋を思い切り開けた。  
そこには...  
 
―――安らかに眠る御台がいた。  
 
「...御台、何を眠っておる。  
目覚めよ」  
 
と言いながら頬に触れると.....  
 
―――恐ろしく冷たかった。  
 
「!!!!!」  
 
思わず手を離す。  
これは御台ではない。  
先日抱きしめたときにはとても暖かく...そうじゃ。  
 
「これは、人形じゃな?」  
 
そう言う公方を堀田と瀧山が悲しそうに見つめる。  
 
「御台はどこじゃ?  
御台を呼べ!  
御台を呼ぶのじゃ!!  
御台を、御台をわしに返せ!!!  
返すのじゃーーー!!!」  
 
と言って堀田に掴みかかろうとするのを家臣に止められ、そのまま公方は気を失ってしまった。  
 
「御台、みだい...」  
 
―――騒ぎから数日の後。  
 
遂に御台の葬儀の日とかいう日になった。  
堀田に再三説得されたが、聞く気はない。  
まったく、嘘とはいえ、ここまでするかのう...。  
わしは騙されておらぬというに...。  
 
「公方様、堀田様がいらしておりますが」  
 
突然家臣がそう告げた。  
 
「またか。  
追い返せ」  
 
「それが...亡き御台様お付きの年寄からの預かりものがあるとか...」  
 
「何っ!?通せ!」  
 
と命ずると同時に堀田が入ってきた。  
 
「公方様。  
御台様お付きの年寄、幾島が亡き御台様より預かったものだそうにございます。  
お渡しする機会がなく、このように遅れてしまって申し訳ないと言っておりました」  
 
「よいからよこせ」  
 
すると堀田は包み紙のようなものを懐から取り出した。  
そうか、手紙か。  
きっとそこに『私は元気にございます』と書いてあるのだろう。  
そう思い、堀田から紙をひったくると急いで開けた。  
...しかし、紙には何も書いていなかった。  
そのかわり、紙を開くと同時にあるものが勢いよく転がり出た。  
それは...  
 
―――白い碁石だった。  
 
「......っ!」  
 
公方は自分の中で何かが弾けるのを感じた。  
特に何を取り決めた訳でもないが、二人だけに通じる会話。  
いつも御台が打っていた、白い碁石。  
 
「......御台は、死んだ、のじゃな......」  
 
と言うと同時にぽたっ、と目から雫が墜ちてきた。  
 
―――これが、涙?  
 
世を捨てた自分には無縁だと思っていたもの。  
しかし今は、愛する喜びを知り、それを失う悲しみを知った。否、  
 
―――御台が、教えてくれた。  
 
その後暫く公方は白い碁石を握りしめたまま、声を殺して涙を流し続けた。  
 
―――あれから一年が経った。  
 
朝の仏間。  
母上は相も変わらず次の御台がどうとか世継ぎがどうとか言うておるが、聞く気はおこらぬ。  
 
御台以外を妻におく気は、ない。  
 
そして今朝も先祖の御霊、否、御台の御霊に手を合わせる。  
 
―――御台、そちらは変わりないか?  
 
すると、一年間、肌身離さず持っている白い碁石が、ほんのりと暖かくなったような気がした。  
 

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