今宵も五つ並べに興じる将軍と御台所。
楽しげに会話しながら碁盤に石を並べてゆく。
「ほれ3じゃ。儂も強うなったじゃろう。」
「ほんに強くなられましたなあ。」
「好きこそもののなんとやらじゃ。」
「でも、上様?ひとつ疑問に感ずるところがありまする。」
「なんじゃ、申してみよ。」
ぱちりと黒い碁石を置いた後、篤姫は向き直り言った。
「このように強うなられたのになぜいつもお負けになられるのですか?」
「それは・・そちが強すぎるのじゃろう」
長い指で碁石をもてあそびながらにやりとして答えた。
「いえ、上様はいつもわざと負けておられているのでは?」
「なにゆえ儂がそのようなことを。」
「私をわざと勝たせて喜ばせていただいているのでは・・・と。」
「考え過ぎじゃ。儂とて負けたい訳ではない。」
「ではこの勝負は賭けを致しましょう。もし上様がわざと負けているのではないとすれば
今日も私が賭けに勝つはずでございます。」
「将軍を試すとは、困った御台じゃのう・・で、何を賭けるのじゃ?」
「はい、それは・・・お耳をお貸しください。」
篤姫は家定の耳元でこそっとささやいた。
「・・・ほう。なるほどのう。よし、承知した。早速始めよう。」
「はい。では上様から。」
勝負がついて、ふくれて文句を言っている篤姫であった。
「・・・やはりわざとだったのですね〜・・」
「言いがかりじゃ。たまたま調子が良くてのう。」
(勝負に勝った方が相手の願う事をなんでも叶える事。)
賭けに勝った家定はその日は一日中篤姫を後ろから抱きかかえながら
仕事をこなしたのだった。
「上様、恥ずかしゅうてたまりませぬ・・・」
「儂は仕事がはかどるがのう。」
そういって不敵な笑みを浮かべ篤姫を見る。
その日一番同情すべきは目のやり場に困り果てた老中堀田であったことは
間違いないのであった。