ある夜の夫婦の会話。  
床についてからもなかなか眠れず天井を見上げる二人。  
「静かじゃのう」  
「はい。上様も眠れないのでございますか?」  
「五つ並べで目が冴えてしまったのじゃ」  
「それは・・楽しみすぎるのも考えものですね。」  
くすりと笑う篤姫。  
「御台はいつから囲碁を嗜むようになったのじゃ?」  
「幼少の頃からにございます。兄上とのお遊びで。」  
「そちはそういえば薩摩の話をあまりせぬのう。」  
「薩摩を出るとき誓ったのです。薩摩を思い泣かぬと。  
思い出話をすればどうしても涙がにじみますゆえ」  
「なるほどのう」  
篤姫が少し涙声になったのを敏感に察知した家定は  
薩摩から話題をそらそうと思った。  
「・・・そちは囲碁が強いが、いつも相手を負かしておるのか?」  
「いえ、それは負けることもございます。」  
「兄上にか?」  
「いえ、友に薩摩を出るとき負けましてございます。」  
「ほう、友に。それはおなごにか?」  
「いえ・・肝付尚五郎様と申すものにございます。」  
一瞬沈黙したのち、家定が体勢を変えてこちらに向き直った。  
「・・親しくしておったのか?」  
「はい、生まれたときにお父上から頂いた揃いのお守りもございます。」  
懐かしそうに微笑む篤姫をみてぷいとまた天井を仰いだ。  
「随分、楽しそうじゃのう。」  
「はっ?」  
「・・なんでもない。もう寝る。」  
「・・・上様?」  
返事はない。  
 
「もう寝てしまわれたのですか?」  
「・・余計目が冴えてしまったわ。」  
拗ねたような口調でぷいと背中を向けて寝ている。  
「まさか、公方様ともあろうお方が・・・」  
「なんじゃ?」  
「妬いてらっしゃるのでございますか?」  
「なんじゃと〜!?」  
「しかも拗ねておいでです。」  
笑いを堪えながら篤姫は家定のほうににじりよる。  
「そちは、儂をからかっておるのか?」  
「上様、可愛らしゅうございます。」  
「・・・やはりからかっておるな」  
篤姫はますます拗ねてしまった背中に寄り添った  
「上様。誰よりもお慕いしております。」  
その言葉を聞くと体を起こして篤姫の体に覆いかぶさるような体勢になった。  
目を丸くする篤姫ににやりと笑ってこう言った。  
「将軍をからかうとは許せぬ。覚悟しておれ」  
 
その翌日の朝の参拝は、将軍も御台も姿を見せず  
瀧山は深いため息をついたのだった。         
 

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