「御台は元気じゃのう……布団を蹴ってしまうとは。」  
 
(夜目でもわかる白さじゃ。)  
公方は女体を知らぬ訳ではなかったが、激務の後である。  
夜のお勤めも立派な仕事ではあるが…………  
言葉を選び抜き、聞き耳を立てる周囲を謀りつつ、しかも子を成さぬようにしなくてはならなかった。  
事を成そうとすれば、細心の注意が必要なのだ。自らの命を縮めるも同然であった。  
 
(いつの頃からか、うつけ者の振りをして、女人と交わらなくなってしまったが。)  
公方は今日も疲れていた。  
だが、くっきりと浮かびあがるあの眩しさは何なのだといぶかしんだ。  
心を偽らず、真っ直ぐに自分の瞳を射抜く者の力なのだろうか。  
さきほど触れた手の柔らかさが胸をくすぐる。……ふと家定にいたずら心が沸いた。  
 
緊張で表情を固めながら、目は異様に光かり、嫌でも御台の肌に釘付けになる。  
(御台が男ならば…いっそわしと代わってくれんかのう)  
「んっ…わかっておる」  
突然の寝言に驚いて、御台の顔を見る。  
顔を見てしまうと、公方の目が再び光る。  
(わしに子はできぬ。それは要らないと言うことか?)  
そう脳裏で考えながら、いつぞやの日くらいに、御台に顔を近づけた。  
 
子供のようだと、思っていた。  
かつて共に家鴨を追いかけた時も、五つ並べをしている時も。  
利発なところを見せながらも、明るくて、無邪気で。  
実際一回りも年下なのだ。どちらかと言えば妹のような距離感だった。  
 
なのに、今。  
公方の真下にある顔は紛れも無く――女、だった。  
微かに震える、長い睫毛。僅かに開いて息を漏らす、唇。  
ごくり。  
気が付けば喉が、鳴っていた。  
 
早く寝ろ、という声が心中でしないわけではなかった。  
御台は眠っているではないか、今まで何も無かったのに今さら、と。  
しかし。もう一つの声が囁く。夫婦なのだ、一度くらい何かあっても良い。  
そう、一度だけ。その声に負けるように、御台の傍に手を付く。  
少しずつ、ほんの少しずつ、距離を縮めて。  
そっと唇を相手に重ねた。  
啄ばむように、少しだけ口を吸う。  
これだけ、これきりだ。言い聞かせながら顔を離す。  
すると、大きく目を見開いた御台と視線が合った。  
 
いつ。  
まず思ったことが、それだった。  
いつのまに、目を覚ましたのか。口付けするまでは、確かに。  
呆然としたような御台の視線から目を逸らせぬまま、  
公方は内心かなり混乱していた。  
どういう顔をしていいかわからない。いや、そもそも今どんな顔をしているのか。  
寝込みを襲ったも同然だった。本当に、一体を何をやって。  
 
その時。  
 
ふわり、と御台が微笑んだ。嬉しそうに目を細めて。  
うえさま、と眠気を引きずったようなあどけない口調で囁く。  
 
愛らしい声音だと思った。  
そこからはもう、箍が外れたとか糸が切れたということでは無く。  
自然と、御台の耳の傍に顔を寄せていた。  
「御台」  
「はい」  
呼べば、いつもより柔らかい声が返ってきた。  
そのまま耳朶を甘く噛む。と、ぴくりと身体に緊張が走るのが伝わった。  
唇を首に滑らせ、舌を這わせれば慣れない感覚なのか詰まった声を出す。  
それでも抵抗は見られない。安堵しながら、夜着の袷からするりと手を差し入れた。  
 
御台の肌は 今まで触れてきたどの女人の物より、しなやかな張りがあった。ただ柔いだけでなく 確かにその下に、力強い心の臓があると感じられる、そんな弾力。今まで嫁いできた深窓の姫君にはないそれに 儂は息をのんだ。  
 
「うえ さま…」  
 
耳に 御台の声が響いた。なんて甘美で可憐な声だろうと 深く思う。多分、この世で一番 愛しい声だ。  
ふと見た御台は、初めて こんな思いを持った手で触れられたのにも関わらず、どこか凛としていた。勿論 その若い桃にも似た丸みを帯びて 赤く染まった頬には、確かに恥じらいが浮かんでいた。けれどそれでも尚、彼女の目は 顔は、男に征服される女のそれとはかけ離れていた。  
――奥の女達は 皆『将軍』に気に入られようとしていた。お手付きになれば、ずっと寵愛を受けようと様々な策を張り巡らせ 他の者を蹴落とそうとする。そして…好きでもない『将軍』に好かれる為に その体を開くのを、儂は 幾度と無く見てきた。  
 
けれど この娘は違う。  
 
あの、心をひた隠して 男に征服される為に足を開いた女達とは違う目を、御台はしていた。  
熱い 視線。  
潤んだ目は 確かに、自分が御台に向ける物と同じ熱を孕んでおり、それを感じるだけで 体が融けそうだった。  
ともすれば暴走してしまいそうな欲を抑えながら夜着の帯を引けば、それは微かな音をたてて抜け、同時にするりと白い衣が御台の肩から滑り落ちた。  
白い首筋。華奢な肩。若々しく ツンと上向いた形の良い乳房。その頂にそっと口付けると 御台の体がピクリと震えた。  
 
「っ、ッん・・・」  
 
恥ずかしげに目を臥せ 白い指で口元を押さえる御台。キラリ。短く丸く切り揃えられた爪が 灯りを怪しく映しているのが見えた。常ならば気にもならなかったそれが 今はやけに目に残った。  
唇を塞ぐそれを取って そのまま指先を口に含む。舌先で触れても 全く角を感じない爪。将軍に傷を負わせないようにと切り揃えられたそれは 女の戦支度なのだとふと思った。  
 
「っあ、んン・・・」  
 
声を漏らすまいと唇を噛み締める姿さえ、可愛らしくて。空いた方の手で 歯形の残るそれを撫でた。  
 
「良い。声を聞かせよ」  
「…っ」  
 
小さく息を飲んでから 御台は小さく、恥ずかしゅうございます と呟いた。その赤らんだ目元が愛しい と、思う。  
―――愛しい、と言う感情が こんなにも暖かい物だと 初めて知った。  
 
改めて乳房に触れれば、どんなものより滑らかで、また熱かった。  
御台を味わいたい。その欲の赴くまま、片方の頂を口に含み、吸い上げる。  
「ん、あぁっ」  
直接的な刺激に驚いたのか、御台は一際高い声を上げた。  
思わずと言ったように口を塞ぎかけた手は、しかしすんでで拳を握る。  
羞恥を堪えてでも、自分の言いつけを守ろうとしているのか。  
そう気付けば、一層御台への愛しさが募った。  
唇を離して耳元に近づけ、囁く。  
「愛いやつじゃ、御台……すぐに、気持ちようしてやる」  
「……う、うえさま、んん」  
御台の言葉を待たず、深く口付ける。  
唇の隙間から舌を入れ、歯列をなぞり、御台の舌と深く絡ませる。  
「ふ、んん、」  
暫くして声に息苦しさが混じりだしたのを感じ、舌を強く吸って離した。  
御台の息が荒い。されど呼吸が整うのを待つ余裕も無く、  
再び頂を口にし、今度はもう片方の乳房も手で揉み始める。  
口では頂とその周囲を存分に舐り、手では痛みを感じないように気をつけつつ、  
指の腹で肌の弾力を楽しみ、指の先で頂を軽く弾いてやる。  
「ん、はあっ、あ……んん、っあ」  
御台の口からは嬌声が途絶えることが無い。  
 
いつもは真剣に政を語るその口から、今はこんな声がでているのだと思うと  
ちょっとした悪戯心が湧く。  
「のう、御台」  
「あっ、んん……はい、うえ、さま」  
片方口は離れても、相変わらずの手での胸への刺激に必死に耐えながら  
御台が答える。その声に耳が蕩ける様な思いを抱きつつ、目を覗き込む。  
「随分淫らな声を出すものだのう……政を語るこの口で」  
わざと意地悪く言ってやれば御台は眉根を寄せ、ひどい、と呟いた。  
「うえさまの、せいに、あぁっ……ございま、すのに……」  
「わしのせい?」  
「うえさまが、こんな……、っよい、こと……」  
わざと聞き返したつもりだったのに、思わぬ言葉が真っ直ぐに来て肩が跳ねる。  
「よい? まこと、気持ちよいのか、御台」  
普通の女子ならそう簡単には答えぬ問い。  
さすがの御台も恥ずかしいのか、ずっと小さな声で、しかし一つ頷き囁いた。  
「よう……ございます、うえさま……」  
「…………そうか」  
御台を悦ばせたい、と思った。自身の欲よりもまず、御台をと。  
いつの間にか胸への愛撫が止まっていた。  
再開はせずに、そっと手を胸から腹へ、さらに先へと滑らしていく。  
「もっと……ようしてやれるからの」  
呟くと同時、指先が秘所に辿り着いた。  
 
そのまま割れ目を探って触れれば、僅かだがぬるりとした感触。  
御台が感じている。その確かな証に触れたことで、一層愛しさが募った。  
御台の足に手を掛ければ、あっけなく両足が開かれる。  
その間に体を滑り込ませると、もう一度指を割れ目に当てた。  
そして、指の腹を使って一気に擦り上げる。  
「っああ、はあっ、ん、あ、んんっ」  
敏感な箇所への強い刺激に、御台が一際高い声を上げた。  
時折引っ掻くような動きも交えながら、暫し機を見る。  
「ふ、ん、ああ、あっ」  
御台の嬌声が強まり、じわりと滲み出るものを感じた瞬間。  
つぷり、と指を一本御台の中へ潜らせた。  
 
「あっ……」  
御台が驚いたように身を固まらせる。  
安心させるように空いている手で髪を撫で、見開かれた瞳を覗き込んだ。  
「今……儂の指がそちの中にある。わかるか」  
指摘すれば、意識が強まったのか僅かに中の指が締め付けられる。  
「……は、い」  
気恥ずかしげに目を逸らす御台に微笑ましい気持ちになる。  
指一本でもわかる。御台の中は、熱くて気持ちが良かった。  
早く自身が入りたいという欲を押さえ込み、今度は脈打つ内壁を擦る。  
「んああっ、んん、っはあ、ん……」  
内側からの刺激など今までなかった所為だろう、御台の体は大きく刎ねた。  
指の動きを継続しつつ、少しずつ本数を増やしていく。  
一本から二本、二本から三本。  
指の数を増やせばそれだけ動きも増える。中をばらばらに動く指の刺激に、  
御台の嬌声はますます大きくなるばかりだった。  
「ああ、んっ、はあっ、あ、っあん」  
とろりとろりと止めどなく流れる蜜が、御台の感じる快感を何より物語る。  
響く淫猥な水音と御台の嬌声。それを出させているのが己なのだと思えば、  
一層引き出したくなる。  
気持ちよかろう、御台。ならばもっと声を聞かせよ。そなたの愛らしい声を……。  
 
「はあっ、んんっ……」  
不意に耐え切れなくなり、ぐるりと中で円を描くような動きを最後に、指を引き抜いた。  
指からは蜜が濡れぼそっている。  
口元に近づけ舌で掬ってみると、どんな果実より甘い味がした。  
そのまま舐めつつ、御台を窺い見ると、体を震わせ、肩で息をしている。  
なるべく優しく扱ったつもりだったが、愛撫が激しすぎたか。  
それでも指はまだ良いのだ。問題は、昂っている己自身だった。  
 
元々御台の白い肌を見た時から情欲は燻っていたのだ。  
その上己の愛撫によってこれほどまでに乱れる様を見れば、盛るなという  
方が無理というもの。  
しかし女人と肌を重ねるのが久方ぶりにも関わらず、この昂りには  
我ながら苦笑が零れる。  
さりとて、実を言えばそこまで余裕の状態でもない。  
「上様……? っあ」  
愛撫が突然止んだのを不思議に思ったか、声を掛けようとした御台の  
内股に自身を押し付ける。  
そして御台の頬を撫でながら、言葉を紡いだ。  
「御台……儂と夫婦に、一つになってくれ……」  
御台はゆっくりと目を閉じると、手を重ねてきた。  
「どうか私を……まこと、上様の妻にしてくださりませ」  
ほんの少し掠れた、柔らかな声。この世で一番好きな声だと確信する。  
その声の発せられる唇を己のものと重ね、舌を深く絡ませる。  
その間に自身を御台の秘所に宛がい、一気に貫いた。  
「――っ……」  
塞いだ口から嬌声とも悲鳴ともつかぬ声が上がる。  
十分に慣らしたとはいえ初めての御台のそこは狭く、強く締め付けてきた。  
痛みは当然あるだろう、一時意識を他へやるために唇を離し、胸へ降ろす。  
頂を舌で転がしつつ、乳房を揉んでやれば再び御台の喉から声が漏れた。  
「あっ、はあ、ん、あぁ、」  
十分に御台が感じていることを確認して、静かに腰を動かし始める。  
痛みなどではなく、ただただ快楽を感じて欲しい。  
そう願いながら浅く付く動きを繰り返していると、中の熱さが身に沁み込む。  
 
「熱いのう……御台の中は」  
からかいでも何でもなく、率直な感想として呟く。  
「はあっ、んん、うえ、さま」  
「なん、じゃ」  
さすがに恥ずかしかったかと思って返事をしたが、御台は何か  
言いたいことがあるわけでは無いようだった。  
「上様、あぁ、う、えさま、んあっ、ん、うえさまっ」  
先程の己の言葉に中への意識を募らせたせいか、ただただ箍が外れたように  
己の名を呼び続ける御台の姿に、どくり、と自身が脈打った。  
「う、あ……」  
思わず声が漏れた。己自身が大きくなったのがはっきりとわかる。  
さらには、これに驚いたのか御台が中を締め付けたせいで一層昂りが増した。  
もう、耐えられぬ。  
御台の腰を掴むと、奥深くへ激しく突き入れる動きに移行する。  
「んあぁっ、っん、あっ、あっ、うえさ、ま、んん」  
御台の声にも煽られ、もうどうにも止まりようが無い。  
自身を熱く包み込み、締め付ける内壁。堪らなかった。  
「はあ、んん、うえ、さま、あぁ、も……もう、ああ」  
喘ぎ続ける御台の声に、切迫したものが混じり始めた。  
己自身も限界が近い。  
「御台……」  
囁いて、最奥を強くついてやれば、御台の体は大きく震えた。  
「うえ、さま、あぁぁ……」  
御台が達すると同時、自身が今までにないほど締め付けられる。  
「……っ、」  
呻きながら、己も達して精を放つ。  
その全てが注ぎ終わるまで、御台の震えは止まらなかった。  
 
ことが済み、愛しい御台は腕の中にいるのに、ほんの少しだけ心が晴れない。  
「……上様、いかがなされました」  
その気配を敏感に読み取ったのだろう、御台が不安げに見つめてくる。  
行為自体は幸せだった。心と体を夫婦として繋げたのだ。ただ。  
「……子のこと、考えておらなかったでのう」  
御台の中へ入った時には、子を作らぬようにする余裕などとっくに無かった。  
だからこそ、済んでしまった後で気にする事になっている。  
「上様は、何故お子をお作りになさろうとされなかったのですか」  
静かに訊ねる御台の口調は、どことなく寂しげで申し訳ない心地になった。  
「子が出来ても……儂や儂の兄弟の二の舞になるやもしれぬ、そう考えるとな」  
ぽつりと呟いた言葉に、御台は一瞬はっとした表情になり、しかし決然と言い放った。  
「私が守ります。もし上様と私のお子が授かった時は、必ず守り抜いて見せまする」  
行為の最中の声とはまた違う、力強い声に安堵の気持ちが広がる。  
「……そうか。そちが守ってくれるか」  
「はい」  
腕に力を込めて御台を抱きしめた時、ふと気付いた事があった。  
「そういうことなら……御台」  
「はい……上様?」  
何やら悪戯めいた気分が声にでてしまったのか、御台の声も訝しげだ。  
「これからは、存分にそちを抱くことができるのう……」  
「……っ、そのような、」  
「なんじゃ、嫌であったのか」  
そう問えば小さく嫌ではございませぬと呟いて胸に顔を埋める。  
照れ隠しとわかれば可愛いことこの上ない。その背中を撫でていれば、  
やがて静かな寝息が聞こえてくる。そっと微笑を浮かべつつ、  
己もまた波のように寄せてくる眠気に意識を手放した。  
 
 

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