――ガシャン!
「っ!! 申し訳ございませぬ!」
夜の静寂に響いた派手な音に、ハッとして姫は手を止めた。目の前には枕元の刀に頭をぶつけた夫の姿がある。僅かに赤くなった額を撫でる様子に 血の気が低く気がした。
「だ、大丈夫でございますか 上様…っ」
いくら夫婦の褥の上での戯れとはいえ、上様に怪我を負わせるような事があれば一大事。何より、自分の夫を傷付けたのではないか と言う恐れが姫を苛んでいた。
「…大事ない。
それより 耳元で騒ぐでないわ。頭に響くであろう」
「っすみませぬ…」
慌てて口元を手で押さえると、公方はそれを見てクスリと笑った。人払いをしておいて良かったな、と言う夫に 姫は眉を少し寄せて、お命を頂戴する気など毛頭ございませぬ!と僅かに頬を膨らませた。
「知っておる。…ただの戯れ言じゃ」
「上様…」
「それより御台。悪いと思うなら 少々頭を摩ってはくれぬか?
どうも匙医を呼ぶ気にはなれんのでな」
「!! はい、わかりました」
手招きする夫の方へにじると、彼は自分の首の下にあった枕をポンと布団の外に放った。高い音を立てたそれに目を丸くしていると、もっと近ぅ寄れと手を引かれた。
そのまま彼の側に座ると、驚いた事に 公方はその白い夜着に包まれた姫の膝に頭をトンと置いたのだった。
「!!? う、上 様…ッ」
「どうした?摩ってはくれぬのか?」
平静な顔で言われれば、意識しているのば自分だけなのだと頬を染める姫。赤くなる顔を元に戻そうとつとめながら夫の額を撫でていると、ふとその手が男の指によって掴まれた。突然の事に首を傾げる姫を余所に、公方は姫の白い手をまじまじと見てから 微かに息を吐いた。
「…御台の手は 柔いな」
「そうでございますか?」
「あぁ。儂のとは大違いじゃ」
自らの手に触れる夫に、姫は笑みを零した。公方の骨張った手の甲に華奢な指先を重ねて、静かに目を閉じる。
「――上様は殿方でございますもの。おなごの私とは違いましょう」
「…そうか」
「はい」
微笑む妻を目線だけで見やってから、公方は もう良いと言って起きあがろうとした。が。
「っあ…!!」
「? 御台?」
妻の微かな声に眉を潜めてから…公方はそれに隠れた快楽の色に はっと息を飲んだ。よくよく辺りを見て見れば、起き上がろうと身じろいだ拍子に引っ掛けたのか、姫の夜着の裾が乱れ 白い足が覗いているのが見えた。