パチパチパチ・・・。
野営の火の爆ぜる音だけが、へーベル湖畔に響き渡る。
息苦しさを覚えてリリーは仰向けに寝返りをうった。
目を開くと満天の星が優しく瞬いている。
ふぅ。
額に手をやり、一つため息をついて、リリーはそっと焚き火の反対側を見やった。
眠れない原因はわかっている。そこで人の気も知らずに寝ている存在。
いつもいつも人を小ばかにして、つっけんどんで気まぐれで・・・。
そのうちいつの間にか自分の心の多くの部分を占めてしまった人物。
アカデミー建設という大きな目標のためにがんばっているけれど、リリーだって年頃の女の子だ。
好きな人が距離は離れているとはいえ、視界に十分入る位置で寝ていたら、どうしてもそっちが気になってしまう。
もう一度ごろんと横向きになったものの、千々に乱れる心は収まらず。
逡巡した後、きゅっと口を結んで一つ頷くと、ゆっくり体を起き上がらせた。
「あ、リリー、どうしたの?」
「うん・・・ちょっと眠れなくって・・・。湖畔まで散歩してくる」
「わかった。でも気をつけなよ。ぷにぷに位しか出ないけど、危険なのには変わりないからね」
「うん。すぐ戻ってくるね」
焚き火の脇で番をしているカリンに声をかけながら、さりげなく向こう側にいる人物を見やる。
(ヴェルナー・・・)
細い目を閉じ、いつもと同じ厳しい顔で寝ている彼。
(どんな夢を見てるのかしら・・・)
あたしの夢でも見ててくれないかな、でもそんなわけないよね。
自分で自分の想像を否定し、そのことにほんのわずか落ち込む。
誰も知らない、小さな片思い。
へーベル湖の冷たい湖水を手でもてあそびながらも、ため息は途切れることがなかった。
「ヴェルナー・・・好きよ」
湖畔の大樹にもたれ、自分で自分の体を抱きしめる。
誰にも言えないから、もちろん本人にも言えないから、いつもこうして一人でつぶやく。
「少しはあたしのことも見て。ほら、もうこんなに・・・」
誰にも見られていないという事実がリリーを大胆にし、ゆっくりと胸をまさぐる。
工房には厳格な師と、年端も行かない少女二人と。
自らの手で快感を生み出す行為を覚えた後も、自室でそれを実行するわけにはいかなかった。
「んんっ・・・はぁ・・・ああん・・・」
服の前の紐を緩め、下着の奥へと指を沿わせる。リリーの大きくて形の良い胸がやわらかく形を変えてゆく。
そろそろと下へと手を伸ばしていくと、熱を持った場所へ突き当たる。
びくんと体が一つ震え、リリーはたまらず根元へ座り込んだ。
「やっ・・・あん・・・ヴェルナー・・・」
もぞ、と一つ寝返りをうって、ヴェルナーは目を覚ました。
ぼんやりした目に焚き火の前でひざを組んで座っているカリンと、その向こうで寝ているリリーが・・・
いねえ。何やってんだ、あいつ。
「おい、カリン」
「ああ、ヴェルナー、起きたのかい?」
「何となく・・・な。それより、どうしたんだ?」
くいとあごをしゃくって、持ち主のいない寝袋のほうを指し示す。
「リリーかい。散歩するって言ってそのまま帰ってこないんだよ」
「何だって?まったく変なことばかりやる奴だな。・・・俺が探しに行ってくるか?」
「頼むよ、ヴェルナー。大丈夫だと思うけど、万一ということもあるしね。湖の方へ行くって言ってたから」
「ああ、わかった。湖な」
まったく、世話のやける奴だな。
湖畔へと続く道をたどりながらヴェルナーはつぶやく。
いつもこちらの予想がつかねえことばかりしでかして。しっかりしてるかと思えば肝心なところが抜けていたり。
時々こちらがどきっとするほど女らしい表情を浮かべるくせに、その次の瞬間子供みたいに怒ったり。
ほんと、見てて飽きねえぜ。
・・・そういうところ全部含めて魅力的なんだよな、あいつは。
ま、本人の前では言わねえけどな。言うとしたら当分先、あいつが男と女のことをわかってからだ。
一体いつになるんだか。あいつんとこのガキ二人の方が、よっぽどそのへんの話がわかりそうだぜ。
いつもの皮肉な笑みを浮かべるヴェルナーの耳に、微かな声が届いた。
「リリーか?」
ガサ、と茂みを掻き分けたヴェルナーの目に飛び込んできたものは、今まさにヴェルナーが考えていたことを裏切るリリーの姿だった。
「ん・・・やっ、あああっ!」
自分の想い人が信じられないものを見る眼差しで自分のことを見つめていることに全く気づかず、リリーは自らの指で絶頂を迎えた。
「ヴェルナー・・・好き」
うつむいていた顔を天に向け、思いつめた表情でぽつりとつぶやく。快感からか、切なさからか、リリーの頬に一筋涙が伝わった。