「相変わらず意味不明かつ身も蓋もない名前ね」
ビオラの店の新レシピ。
持ち合わせの材料で作れるので試してみたら、
出来たのは『毒にも薬にもならないくすり』
それはないんじゃないかと思いながら、説明に耳を傾けた。
「効果がわからないからとりあえず。でも毒じゃないのは確かだから安心して」
「まあ、香りはいいよな……」
クレインは呟きながら試飲用カップの中身を口に注ぎ込んだ。
「ちょ、ちょっとクレイン! そんな効果のわからないもの飲んで!」
「ビオラが毒じゃないって言ってるから大丈夫だよ。……うん、美味しいな。口当たりもいいし。これなら薬じゃなくても、お茶として売り出せるよ」
「ありがと、クレインくん」
「何かあっても知らないわよこの馬鹿ぁッ!」
この店に興味がある人間の実に3割が、名の知れたガルガゼットである常連客2人と店主の痴話喧嘩を目当てにしているという噂の真相は定かではない。
とにかく、クレインたちはいつものやり取りを終えて、拠点へと戻ってきた。
「ん〜、何だか妙に眠いな……」
「ノルンと一緒だニャ」
「久々の家ってェんで気が抜けたンだろ。お子様は早く寝な」
「子供扱いするなよ」
「そういう台詞は背を伸ばしてから言うんだな」
「身長は関係ないだろ!」
男性としては低めの身長は、童顔とあわせてクレインのコンプレックスだった。
顔と違いこれ以降も改善の見込みがないから余計である。
ぶつぶつ言いながらアーリンの床に直接寝るなという忠告に生返事をして、半ば倒れこむような形で眠りについた。
体内のマナの乱れに、気付くことなく。
クレインは寝ぼけ眼を擦って身を起こした。
どうやらあれからずっと眠っていたらしい。
窓からは朝の光が差し込んでいる。
リイタやノルンはまだ夢の世界で、アーリンは鍛錬に行ったのか姿はない。
デルサスはと言えば、アイテムを丁寧に整理している。
それにしても、あれだけ寝てもまだ足りないのだろうか。
身体全体が妙にだるかった。風邪でもひいたのかもしれない。
寝るのが一番だが、手っ取り早く処理するには。
「デルサス」
栄養剤を取ってくれ、という声は続かなかった。
一言いうだけで、何もかもがどうでもよくなってしまった。
出た声は彼のものでありながら、そうではなかった。
視線を下にやると、高い声にふさわしい胸のふくらみが目に入った。
反射的に股間に伸ばした手は、彼の身体に触れることはなかった。
「……………………!!」
頭が真っ白になる瞬間というものを、クレインははじめて経験した。
「何だよまったく……あんまりふざけてんじゃねぇぞ?」
呼ばれて振り向いたデルサスは一部始終を目の当たりにして呟いた。
クレインが悪ふざけをする性格でないのは充分にわかっていたが、そうとしか考えられなかったのだ。
故に彼も悪ふざけに乗るつもりで、ためらうことなく胸に手を伸ばした。
やわらかな、感触。
「……本物! しかも張りがある!!」
サイズは小さいが、形と質感はなかなかのものだ。
デルサスは反射的に鑑定して、驚きのあまり手に力を込めてしまった。
「ッ! 痛い、痛いからはなせよデルサス!!」
「あ、ああ……すまねぇ」
叫ばれて、慌てて手を離した。若干、名残惜しげに。
改めて目の前の少女(?)を眺めた。
背は並か少し高いくらい。声は高いが落ち着いている。
若干童顔、深青の眼、メッシュの入った髪。
服の上からだが、スタイルがいいとは言えないが、バランスは取れているのはわかる。
「…………んで、嬢ちゃん。クレインはどこだ?」
少女はクレインの服を着ていたし、髪の色、そして先程の反応を見るに間違いはないのだが、聞かずにはいられなかった。
「オレが、オレが…………」
いつしか涙目になっていた少女が、肩と声を震わせた。
「オレがクレインだよ!!」
「うるさぁぁぁぁぁい!! もう、何の騒ぎよ! こっちは寝ているんだから静かにしてよね!」
「リイタもうるさいニャ……」
3つの姦しい声が拠点に響き渡った。