「見えてるんでしょ?」
声をかけられても、アーリンは気付かないふりをして瞳を閉じた。アーリンの座るソファの正面、シルウェストが泣きそうな顔をしてアーリンを見つめている。
「ねえ、私には判るよ。あなたも、私の事見えてるんでしょ?」
「………俺には、何も見えない。何も聞こえない」
「嘘つき! 見えてるじゃない、聞こえてるじゃない!!」
シルウェストの視線には気付いていた。クレインの指事通り、空のマナである彼女が自分を守護するようになった、その時から。
熱視線。慕情のこもったそれは、リイタやビオラがクレインに向けているものと同じ。まさか、マナであるシルウェストがよりによって自分へその想いを向けてくるとは思いもしなかったけれど。
「私、どうしたらいいの? こんな気持ちになった事、いままでないよ」
「…………」
「ねえ、返事してよ! ……声、聞かせてよ。名前、呼んで……」
シルウェストの声は段々と消え入るように小さくなり、ついにはその気配までもが薄くなっていった。クレインの元に戻ったに違いないと自己完結し、アーリンは短く息を吐く。シルウェストが最後に見せた泣き顔が、心の底にこびりついて消えなかった。
「……触れあう事なんか、許されてないんだよ。俺には……俺達、には」
自嘲気味に呟く。姿を隠したままのラプラスが、アーリンの影で気の毒そうに肩を竦めた。
「シルウェスト」
抱き締められて名を呼ばれ、シルウェストは何も言えずに涙を零した。誰もいない静かなキャンプ、聞こえるのは焚火の爆ぜる音と、アーリンの声だけ。
アーリンの肩に突っ伏すようにして呼吸を整えると、シルウェストはアーリンへ向って笑ってみせた。
「……だから、言ったじゃない。見ようと思えば見えるし、触ろうと思えば触れるの」
「ああ、そうだな」
「アーリン、私に触りたいって……思ってくれた、んだよね?」
シルウェストがアーリンの瞳を覗き込むのと、唇が重なるのはほとんど同時だった。唾液の絡まる音が、僅かに開いた唇の隙間から零れ落ちる。口内を蹂躙されたシルウェストは、瞳を熱っぽく潤ませて身を震わせた。
「触れたいと思うだけなら、前からずっと思っていた。自分には許されないと、そう思っていただけで」
ぽつり、アーリンが呟く。……それじゃ、どうして、今? そう問おうとしたシルウェストの台詞は、キスで封じられた。睫が触れあうくらい間近で見たアーリンの瞳に、シルウェストは質問をする事をやめようと思った。アーリンが触れてくれた、今はそれだけでいい。
「凄いな」
アーリンが呟いた言葉に、シルウェストは顔を赤らめた。確かめられるように触れられた秘所は、アーリンの指はおろか掌を濡らす程に潤っていた。妄想で濡れるなんて人間のようだと、シルウェストは苦笑する。
「ねえ、アーリン……えっと……もっと、アーリンに触れたい」
身体の外も中も、アーリンが触れていない所などあって欲しくない。シルウェストの言葉に、アーリンが照れたような顔で笑う。初めて見るアーリンのそんな表情に、またシルウェストの芯が疼いた。
「あ、ああっ!」
大きく開いた足の間、アーリンがゆっくりとシルウェストの体内に沈み込んでいく。ぐちゅりと響く水音に、アーリンの分身が溺れてしまうのではないかと、シルウェストはまた頬を紅潮させた。
爪の先から髪の先までまるで炎に包まれたように熱くて、気怠さで身体がいつもの倍くらいに重く感じる。縋り付いていないと崩れ落ちそうで、シルウェストはアーリンの首筋に腕を絡めた。
「アーリン、好き。……すき」
喘ぎ声の合間に伝えると、アーリンはまた照れたような、そしてどこか困ったような表情でシルウェストに笑いかけた。返事を返す代わりに、アーリンはシルウェストの額と指先、最後に唇へとキスを落していく。シルウェストの嬌声が高まり、アーリンの肩に赤い爪痕が残った。
「シルウェスト」
耳元で名を呼ばれ、背筋がゾクゾクと戦慄く。鼓膜に心地よく響くアーリンの声、それすらに感じてしまうのは、自分が空のマナだからだろうかと、シルウェストは思考処理速度の落ちた頭でぼんやり考えた。それとも、女の子はみんなこうなるの?
「……シルウェスト」
いつもとは違う、熱っぽい余裕のなさが見隠れするアーリンの瞳を覗き込んで、シルウェストはこくりと頷いた。自分も、限界なんてとうに越えている。アーリンが触れた、その時から。
「アーリン、いいよ。アーリンだから、私は大丈夫」
シルウェストを抱くアーリンの腕に力がこもって、そう時間もしない内にアーリンの体液がシルウェストの中に流れ込む。シルウェストは声を上げ、身体をガクガクと震わせる。それでも、アーリンが心配そうに頬に触れると、しっかりとした笑顔を返してきた。
「手後れになる前に触れられてよかった」
そう呟いたアーリンの台詞を、シルウェストは夢現つで聞く。手後れって何だろうと、ぼんやり思った。アーリンはムルを倒すと言っていたから、自分の手が血に染まる事だろうか。それとも、もっと別な事?
どっちでもいいや、とシルウェストは思う。今の自分は、アーリンの傍にいる事を許されたのだから。
「……終わったか?」
「……ラプラス。……気を使わせたか? 済まなかったな」
「いや、いい」
シルウェストがすっかり眠りこんだ頃、ラプラスは音もなく姿を現した。いつもよりも穏やかな表情のアーリンに、苦笑しつつも安心する。
永い時を生きるマナにすれば、人間の一生なんて瞬きをするくらいに短い。アーリンは、きっとそれ以上に。
シルウェストは、それを知った時に泣くだろうか。シルウェストの寝顔を見つめて、ラプラスは思考を巡らせる。時のマナと呼ばれる自分が、なんだかとても役立たずに思えた。
「……アーリン。もうすぐ、アバンベリーだな」
「……ああ」
「……賢者の赤水晶、完成させられるといいな」
「……………ああ」