その日、リリーはウルリッヒ副騎士団長に与えられた、小さな一軒家を一人で訪ねた。
普段は子供たちや冒険仲間に囲まれているリリーが、こうやってウルリッヒの元へ一人で訪れることになったのには理由がある。
以前、ウルリッヒは、リリーの工房を訪ねた際に彼女が作ったという菓子と茶をご馳走になった。
既に彼女に心惹かれていたウルリッヒとしては、意中の彼女が作った菓子を口に出来たことはとても嬉しいことであったし、
彼女が淹れてくれたお茶を飲み彼女と言葉を交わした時間は心安らぐものでもあった。
だから、そんな気持ちにさせてくれたリリーに対して、ウルリッヒとしては単に礼をしたかっただけなのだ。
そして、今まで特に女性に関して無頓着で過ごして来たからこそ、その礼の範囲が良く分からなかっただけだ。
手作りの菓子とお茶の礼に。と記したカードを付けてウルリッヒがリリーの工房に自分で届けたものは、
セットでいくらと値をつけることすら憚られるような、豪華ではあるが派手ではない洗練されたティーセットだった。
王宮でも見かけることの無いようなそのティーセットを見て、リリーは明らかに動揺していた。
だからウルリッヒは、それをリリーの工房に届けた際、彼女から何か言葉が発せられる前に工房を後にしたのだ。
それは、彼女がそこまで驚いた顔をするとも思ってみなかったし、
あの様子では自分が彼女に捧げた品が巡り巡って戻って来てしまう危険性を感じたからだ。
それから数日は、特に何も変わらない日々が過ぎた。最初は、微妙な顔をしたリリーのことが気にかかっていたウルリッヒだったが、
毎日の生活に終われ、その気がかりはどんどんと小さなものになって行っていた。
ところが、明日は久々の休日だという今夜、体を休めていたウルリッヒのところに、リリーが一人で現れたのだ。
「あんな高価なもの、頂くわけには行きません」
どうやってウルリッヒの屋敷を知ったのか、リリーは部屋に通されると開口一番、そう言ってウルリッヒを睨みつけた。
「君が淹れてくれたお茶が美味しかったから、その礼だと思ってくれればいい」
ウルリッヒが答えると、リリーは唇を尖らせる。
「思えるわけありません! あたしだって分かります! あのティーセットとあたしのお菓子なんて、比べること自体が間違ってるんですからっ」
リリーは、かなり昂ぶっているようだった。言っているうちにどんどんと声が甲高くなっている。
だが、彼女がどうしてそんなに怒っているのか、ウルリッヒは理解することが出来ない。
自分は、彼女にあの品物を使ってもらいたいと思っただけなのに、という気持ちは、彼女の前にティーセットを差し出した瞬間からずっと、ウルリッヒの心に燻っている。
「あたし、あんな高価な品、いただけません。……お礼だって出来ないし」
黙ったままのウルリッヒを前に、リリーは言いたいことだけを言うと、
足元に置いたバスケットを机の上に置いた。中が見えないようにかぶせられていた布を上げると、そこにはウルリッヒが届けたティーセットがある。
「だから、お返しします。もう絶対に、こういうことはなさらないで下さい!」
そう言われた瞬間に、ウルリッヒの中で何かが壊れた。
「きゃっ!」
リリーの口から短い叫びが上がったが、それを気にすることなくウルリッヒはリリーの手首を掴んで、足早に歩き出した。
そして、もつれる足のまま自分に引きずられているリリーを連れて、寝室の扉を開ける。
白いシーツに覆われたベッドの他には何も無いこの部屋に入った瞬間、リリーの体が強張ったことは掴んでいる手首から分かった。
だが、ウルリッヒは躊躇することなくリリーをベッドの上に投げ出した。
「ウルリッヒ様っ?」
スプリングのきいたベッドの上で、リリーの体は軽く弾んだ。その目は、怯えの色をもってウルリッヒを見上げている。
まさかこんな風に彼女と向き合うことになるなんて。
と、心のどこかが言っている気がしたが、ウルリッヒはそれを無視してベッドの上で身動きすら取ることを忘れているリリーにのしかかる。
「そんなに礼がしたいなら、これでいい」
これでリリーとはおしまいだ。
このまま進んでしまえば、彼女が自分を頼ることの出来る存在として見ることは無くなり、彼女との交流も断たれることになるだろう。
そう思ったが、だからと言ってウルリッヒはここで止めてしまう気は無かった。
ティーセットを拒否された瞬間、自分さえも彼女から拒否されてしまったかのように、ウルリッヒは錯覚していた。
拒否されてしまっているのなら、何をしても同じだ。
目を開いたままのリリーの唇をウルリッヒは強引に奪う。
リリーは勿論抵抗したが、普段から鍛え上げているウルリッヒには、リリーの抵抗など抵抗のうちに入らない。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
原因は全て自分であるというのに、彼女を責めてしまう自分を心の中で罵りながら、ウルリッヒはリリーの唇を貪った。
彼女の力が抜けるまで。丹念に。丁寧に。
「ウルリッヒ様……」
時間にしては長いものでは無かったと思う。しかし、リリーの唇を解放するまでの時間は、ウルリッヒには途方も無く長いものである気がした。
自分にこんなことをされて、苦しいのはリリーの方だというのは分かっているのに、自分が情けなくて仕方無かった。
「……すまない」
潤んだ目で自分を見上げるリリーに告げると、ウルリッヒはうな垂れた。
普段、厳格な騎士団に属している自分が、こんな風に若い娘の前でうな垂れ居ているなどと誰が信じるだろう。
それ以上に、リリーを無理に自分の物にしようとした自分への自己嫌悪が心を蝕む。
いてもたってもいられないというのに、何をすべきかの判断すらつかない。それがもどかしく、情けなくもあった。
すると、リリーの柔らかな手が頬に触れた。
「あたし、ウルリッヒ様のこと……。嫌いだからあんなこと言ったんじゃないよ?」
ウルリッヒが視線を持ち上げると、体を起こしたリリーは真っ直ぐにウルリッヒを見ていた。
「むしろ好きだから。好きだから。好きだから、お礼も出来ないようなもの貰っちゃって……、どうしていいのか分からなくて……」
言っているうちに感極まったのか、リリーは涙ぐんでいた。その可憐な様にウルリッヒの目は奪われる。
「もう一度言ってくれないか」
掠れる声で求めてしまうのは、自分がずるいからなのか。
ウルリッヒの願いに、リリーは素直に答えていた。
「ウルリッヒ様が好きなの」
ウルリッヒはリリーの顎に手を添えると、彼女の唇に自分の唇を重ねた。
重ねるだけの口づけに、リリーは大人しく瞳を閉じる。
ウルリッヒの唇はひんやりと冷たくて、それが心地良かった。
二度、三度と繰り返していくうちに、だんだんと頭の芯が熱くなって来る。
彼はどんな風に感じてこのくちづけを与えているのだろうか。
リリーの頭にそんな疑問が頭に浮かんで、閉じていた目を開けようとした瞬間、リリーの唇をこじ開けてウルリッヒの舌が忍び込んできた。
ぬるり。とした感触に、リリーの背に自分でも理解出来ない感覚が走る。
ウルリッヒは、そんなリリーの様子に気付いているのかいないのか、的確な角度でリリーの口腔を自らの舌で辿る。
舌先をくすぐるように撫でられて、ためいきが出てしまいそうになった瞬間、舌をそっと甘噛みされる。
かと思えば、敏感になっている上あごあたりを撫でられ快感に溺れそうになるというのに、落ちる前にウルリッヒの舌は別の部分をくすぐっている。
淡白に見える彼が、こんな口づけをするなんて……。リリーはそう思いながら、漏れてしまいそうな喘ぎを抑えながら、必死で彼の口づけに応えていた。
「んぁっ……っ」
まるで追い詰めるような口付けから解放されると、リリーの口からは抑えていた喘ぎが漏れていた。
自分の声ではないかのような甘い声に、リリーが口に手をあてると、ウルリッヒの手がそれを追いかけて来て剥がしてしまう。
「あっ、いやっ」
「駄目だ。君の声を聞きたいんだ」
そう告げるウルリッヒには、リリーの羞恥心を理解する気は全く無いらしい。
彼はリリーをじっと見つめながら、低く確かな声でそう告げる。そして、リリーの胸の下で結ばれている組み紐に指をかけた。
「あ……、やっぱり……」
ウルリッヒの大きな手が組み紐にかかった瞬間、リリーの口からはその言葉が漏れていた。
どうしてこんな風になってしまったのか分からない。このまま進んでもいいのか分からない。
短い言葉ではあったけれど、リリーの胸中を伝えるのには事足りる訴えであったが、ウルリッヒは応じる気は無かった。
こんな状態の彼女を目の前にして、これから先に進まない男がいるのだろうかと、ウルリッヒでさえそう思う。
彼にそう思わせるだけの艶やかな魅力が、今のリリーには存在していた。
組み紐を解くと、白いシャツに包まれた柔らかな胸が零れた。
見ただけで豊満であると訴えていたリリーの胸は、横になっているというのに脇に流れることも無くこんもりと盛り上がっている。
その胸に顔を埋めると、ウルリッヒは丁寧にシャツの釦を外した。
一つ外すごとに、リリーは大きくためいきをつく。それがいとおしくて、ウルリッヒはことさらゆっくりとボタンを弄った。
長い時間をかけて素肌に触れると、ウルリッヒはそれに唇を擦りつける。
普段は空気に触れない胸の下の柔らかい部分に鼻を寄せると、リリーの香りがする。
そっと噛みつけば、リリーの体は面白いほどに反応した。
わざと触れないでいる胸の頂点にある飾りは、予想通り淡い色をしている。
白い胸に浮かぶ尖りを見つめながら、ウルリッヒはリリーの胸を愛撫し、空いている手では下半身を包む着衣を取り払う準備をする。
「んんっ」
最初は声を抑えようとしていたリリーから、少しではあるが甘い声が上がり始めていた。
それは、ウルリッヒが胸の頂点に唇を進めようとすると大きくなり、そこからずれると収まっていく。
リリーの体が、確実に自分を求めはじめていることを確信しながら、ウルリッヒはやっと、胸の尖りにくちびるを這わせた。
首を左右にいやいやと動かすリリーの姿に、ウルリッヒは己の中の欲望が育って行くのを実感する。
他の部分とは全く違った感触を持つ胸の尖りを、ウルリッヒは強く吸い上げる。
「あんっ!」
軽く歯を立てられることがリリーの快感をさらに引き出すらしい。
それに気付いたウルリッヒは、焦らすように首をもたげる先端を避けて舌を這わせ、
リリーが自らを落ち着かせようと大きく息を吸い込んだ瞬間に、それに歯を立てることを繰り返した。
胸の下の部分から、振動を与えるように触れる愛撫とそれを繰り返すと、リリーが漏らす声はますます艶を増して来る。
「……あっ。ウルリッヒさまぁ」
決して媚びるつもりは無いのだろうが、はっきりと発音されない自分の名前は、ウルリッヒをますます煽るだけだ。
ウルリッヒは体を下方へと移動させると、リリーの下肢を覆っている履物を一気に引き抜いた。
「……はずかしい」
抵抗することが億劫になったのか、リリーはそれだけ言うと首を片方に曲げて瞳を閉じた。
普段は布に覆われている白い太腿はすんなりと伸びている。両足の間に足をこじ入れると、ウルリッヒはリリーのショーツを脱がせた。
こんな風に性急な行動に出たことは、今まで一度だって無かったはずだ。だが、今は抑えることが出来なかった。
長い愛撫の成果なのか、リリーのそこは既に湿っていた。
ウルリッヒは指を伸ばすと、スリットのようにぴったりと閉じられた部分を静かになぞる。爪がリリーが零す愛液で濡れ、くちゅりという音が響いた。
「……ああっ」
リリーの反応をじっと見つめつつ、ウルリッヒは愛撫の手を休めない。
スリットの間からひとさし指をそっと差し入れつつ、その上にある肉芽を親指の腹で押しつぶしてやると、リリーは片足を曲げて背中を反らした。
指を差し込んだ部分に、ぎゅっと力が入っているのを確認して、ウルリッヒはそれをほぐすように指を動かす。
水気のある音はどんどん大きくなり、それに呼応するかのようにリリーが発する声も艶を増した。
「ウルリッヒ様。ウルリッヒさまぁ……っん」
白い腹を上下に揺らして自分の名を連呼するリリーに、さすがのウルリッヒも自らの限界が近いことを感じていた。
このまま一度、彼女の気をやってからと考えていたが、それよりもリリーと体を重ねることへの欲望の方が強い。
その部分から指を引き抜くと、ウルリッヒはリリーの耳元に口を寄せて低く聞いた。
「お前の中に入ってもいいか?」
くちびるを噛み締めるようにして頷いたリリーが、ますますウルリッヒを煽っていたことを彼女は知らない。
充分濡らしていたからだろうか、頭の部分はきつかったが、ウルリッヒのそれはリリーの体に時間をかけてぴったりと収まった。
繋がった部分では、リリーの愛液が二人の体を濡らしている。その上にあるリリーの腹は、快感のためか薄桃色に染まっている。
その扇情的な様に、思わず早くなってしまう動きを抑えながら、ウルリッヒはリリーの体を味わっていた。
腰を動かすと共に胸に触れれば、リリーは普段見せることの無いような熱っぽい瞳でウルリッヒを見上げ、
彼の体を掴もうと必死に腕を持ち上げる。その手を掴んで指先を口に含んでやると、リリーはしゃくりあげるように喘ぎを大きくする。
どうしようもないほどに熱く、どうしようもないほどの快感を与えてくれるリリーに、ウルリッヒは溺れていた。
挿入の時を思い出すに、リリーはこういった行為をすることは初めてなのだろう。それが分かっているというのに、欲望を抑えることが出来ない。
「あんっ。……ああっ……っ」
出し入れに合わせて肉芽をいじってやると、リリーの内壁が強く震えた。
「だ、だめ……っ。ウルリッヒさまぁ、あ、たし。イッちゃうよぉ……」
ウルリッヒを抑えようと告げられた言葉は、彼を煽るだけで止めることは出来なかった。
「えっ、嘘っ。……んぁっ」
片方の足を曲げられて、挿入がますます深くなる。二人の動きに合わせて上がる水音は、じゅぶじゅぶといやらしくリリーの耳をくすぐる。
「あっ。あああ……っん!」
体の奥に感じる楔の熱さと、それを打ち付けられる強さに、リリーは大きな声を上げて達した。
ひくひくと痙攣する締め付けに、ウルリッヒ自身はますます大きさを増し、リリーが達して少ししてから己の欲望を吐き出した。
「えっ……?」
喉が痛くて目覚めるなんて、風邪なのだろうか。
ぼんやりする頭でそんなことを考えていたリリ−は、見上げた天井がいつもの見慣れたものではないことに気付いて、
ベッドの上に体を起こそうとした。しかし、負荷がかかっているかのように重い体は、起き上がることすら出来ない。
どうしてだ? そう思って隣にあるはずの、イングリドとヘルミーナの体を引き寄せようとすると、彼女たちとは全く違った感触がてのひらに触れた。
「そうだ……。あたし……」
恐る恐る視線をずらすと、そこにあるのは今まで見たことの無いウルリッヒの寝顔。瞳を閉じて穏やかな顔をした彼に、リリーは思わず赤面した。
(昨日、しちゃったんだっけ……)
まさかまさかの連続で、何故か自分の気持ちを口に出してしまっていた。
そしてその後、リリーはウルリッヒと結ばれたのだ。……こんなことが本当にあることだなんて、リリーには想像も出来ないものだった。
今だって昨夜の出来事が本当のことだったのかまだ良くわからない。
けれど、服を着ていない自分とウルリッヒが同じベッドで寝ていること、ものすごく体がだるいこと、
そしてとある部分がずきずきと痛むことからすると、昨夜の出来事は本当だったに違いない。
気恥ずかしくなって服を着ようとリリーがごそごそと体を動かすと、ウルリッヒの眉間に皺が寄った。
「帰らないでくれ」
ウルリッヒは目を閉じたまま、そう呟いたのだ。
「えっ?」
と思わず問い返すリリーに、ウルリッヒはゆっくりと瞳を持ち上げながら囁いた。
「リリー。私は分からない。何をしたらお前が喜んでくれるのか」
そんなの何もしてくれなくたって! とリリーが口にする前に、ウルリッヒは言葉を続ける。
「順番が違ってしまったが……。私もお前のことが好きだ。いや、好きというよりも愛しているという言葉の方が相応しいだろう。
だから、私のような男がこのような言葉を口にすることが、決して好ましいことではないのは分かっているが……、
お前に嫌われたく無いのだ。ティーセットのこともそうだ。ただ、お前に喜んで欲しかっただけだ」
ウルリッヒはそう言ってから、リリーをじっと見つめた。
寝起きの彼は、いつものようにぴしりとした彼とは言い難かった。
けれど、リリーにはそんな彼がいつもよりも何倍も素敵に見える気がした。
「もう、あんな風に無理にしたりしないって約束して下さいます?」
「ああ」
「じゃあ。あたしのために高価な物を買わないっていうのも?」
「……ああ」
「だったら。許してあげます」
……だって、あたしもウルリッヒ様のこと好きだもの。凄く好きだもの。
リリーがそう告げると、ウルリッヒはかすかに微笑んだ。
その笑顔を忘れることは出来ないだろうと、リリーは頬を染めながら思っていた。