「急げ急げ急げ! あー、ヤバイって!」  
声の主…彼女は周囲の目も気にせず声をあげる  
もっともこれは独り言だし本人も気にしてはいない  
それに、周囲の目はたった1つ 彼女パートナーしかいなかった  
パートナーもいつもの事、と 彼女と同じように気にも留めてない  
「で…依頼の品は見つかったわけだし 口じゃなくて、足を動かしたら?」  
パートナー…これも、女性の声  
彼女は大声の主に声をかける こちらはどうやら落ちついているようだ  
 
「もう夕暮れまで間に合いませんって! あー、どーしよ!」  
「どうしよう、って…間に合わせるしかないでしょう?」  
「それはわかってますけど、走っても絶対間に合いませんって!」  
「アナタの、空飛ぶほうきは?」  
「それが使えてたら間に合ってますって!」  
「魔力切れ…?」  
「はい、そのようで…」  
ここは深い森の中 依頼の品の調達にパートナーと来てみたものの、  
まさかこんな奥深くにまで足を運ぶ事になろうとは…  
甘く見ていた、といえばそれまでだが どうやら計算違いだったらしい  
納品の時間までもう間もない 森の奥深くで途方にくれるしかない、のか…  
 
「しょうがないわね…あたしの使っていいから、先に行きなさいな」  
「え…? それだと、私1人しか…」  
「あたしは歩いてでも帰れるわよ それとも、依頼者を待たせる?」  
「ん…さすがに、そういうわけには…」  
「じゃ、さっさと行きなさい」  
「あ…んー…じゃぁ、ヘルミーナさんのお言葉に甘えます!」  
声色がネガティブじゃなくなってきたかしら…?  
自分の空飛ぶほうきを手渡しつつ まぁいいか、とヘルミーナは思った  
 
「それじゃ、ごめんなさい 先に行ってますねー」  
ほうきに跨るとみるみるうちに上昇していく  
小さく手を振るヘルミーナの姿があっという間に小さくなり…  
彼女を乗せたほうきは、上空で急発進した  
「ちょ、ちょ、ちょっと! 速いって!」  
自分が乗り慣れてるほうきとは比べ物にならないほどのスピード  
これが単純に、錬金術士としての腕の差なのか…  
それとも、ヘルミーナ独自の仕様なのか…  
 
「速すぎる、って…もう! 抑えられないの!?」  
ほうきは彼女の言う事も聞かない  
風が強く身体に当たる ほうきは彼女を置いていかんばかりのスピード  
手でほうきの柄を強く握ってはいるが、気を抜いたら振り落とされかねない…  
彼女はほうきに覆い被さるように、決して振り落とされないように、  
跨った太股でほうきを強く挟み込む  
(んっ…やだ、揺れてる…)  
上空の強い風のせいか、柄の先から根元まで強く揺れている  
それが彼女の太股…更に、その根元までしっかり伝わってきた  
(こんなの…当たっちゃうじゃない…)  
ほうきを押さえ込んではいるものの、自分の身体だけは抑えられない…  
太股から、その付け根 しっかりと離れないように、離さないように…  
 
「こ、れ…結構、いいかも…」  
今度は、声が出た ネガティブでもない、違った声が出た  
街はもう目の前なのに  
彼女は森の入り口、人目につきそうにない場所でほうきを降ろさせた  
 
タイムアップぎりぎり  
依頼の品を依頼人に手渡し 一仕事終えた、といったところだろうか  
報酬を受け取る際に変に気遣われてしまった、が  
それも、大きく息を荒げる彼女を見たら仕方の無い事だろう  
 
「それにしても、ほうきがあんなにいいなんて…」  
また、人目のつかないところで独り言  
自分のほうきに跨ってもああはならない  
ヘルミーナ仕様のほうきだから、あそこまでの振動が…?  
「随分と遅かったわね? ほうきに乗っても道に迷うものなのかしら…」  
唐突な、ほうきの主の声 彼女ははっと振り返る  
「いいい…いえ、ちゃんと届けられましたし、大丈夫です、はい!」  
「ふぅん…それならいいけど あたしのほうきで先に行って正解だったわね」  
「そ、その通りでした あ、はははは…」  
 
ふと、思った  
(ヘルミーナさん…自分のほうきに跨ってる時、いつもあんなのが…?)  
「じゃ、あたしも帰るとするわ 今日はお疲れ様、ね」  
差し出される手にほうきを手渡す  
いつもは気にも留めてなかったけど…  
ヘルミーナがほうきを操る様を、じっと見つめる…  
「あたしの顔に、何かついてる?」  
身体に対して垂直にほうきを倒し、自分のお尻に柄を当てて  
ヘルミーナは、ほうきの柄に『座った』  
ホウキに対して正面からではなく、横から  
「あー…」  
今度は、感心と恥ずかしさが入り混じった声  
その気の抜けたような声 ヘルミーナは見逃さない  
「ユーディー…あたしのほうき、乱暴に扱ってない?」  
ほうきに座ったヘルミーナの声にドキリとしてしまうユーディーだった  
 
<おしまい>  

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